44 お客さんからの手紙
お店の扉がカラカラと鳴る
「いらっしゃいませ…」
ちょうどオーブンが鳴り、フィナンシェを取り出しラックにすぐ差してお店に出る。
「すみません…お待たせしました」
30代前半くらいの男性が立っていた。
ニコニコしながらショーケースをみている。
「ふふ、ママ何が良いかなー」
(ん…?独り言?)
「これもーいいねーうんうん…そうだねー」
(独り言かな……変わったお客さんかも……)
「どうしようかなー」
(おすすめしようかな……)
「なっくんどれがいい?」
(ん…?)
マナはそっとショーケースを横から覗く。
小さな指が、ショーケースのガラスにぴたっとついていた。
1歳くらいの男の子が黙ってケーキを指さしている。
パパの横に、ちょこんと立っていた
(わぁ……全然子供さんの姿みえなかったー!1人だと思ったー!!パパさん…心の中で、変わった人って思っちゃってごめんなさい……)
───
休憩から戻ってきた松永に話す。
「あぁ……よくある……こっち側からだとショーケースに隠れて子供さんの姿見えないんだよな。これがいいって指差しされても見えないしな」
「……はあ……私、まだまだですね。接客、もっと頑張らないと」
マナは以前の詐欺師以来、接客に苦手意識を持っていた。
少し肩を落としながら言うマナ
ふと、前から気になっていたことを思い出すように尋ねた。
「そういえば……このお店って、パティシエが接客するじゃないですか?松永さんって、もともと接客得意だったんですか?」
「俺が?」
松永がふっと眉を上げて、小さく笑う
「見えるか?」
「……いえ、見えません」
「だろうな」
そう言ってから、少しだけ表情を和らげる
「名古屋の店では夏の皿盛りデザート以外は、ずっと厨房の中でお客さんの顔見ることなんて無かった。けど販売員からお客さんから手紙って渡されてさ」
「俺が作ったキャラクターのホールケーキで、5歳の男の子の誕生日のケーキだった」
「最初なんとかレンジャーの青い奴って、画質の荒い画像がプリントされた紙を販売員がいきなり持ってきて」
「『どのレンジャーだ?分からんぞ』ってパティシエの皆で検索して、なんとか探し出して俺がチョコプレートに描いたやつで」
笑いながら話す
「俺からすると毎日作るホールケーキ十数台の1つだったが、その男の子のお母さんからの手紙……」
松永は自分のレシピの手帳をゆっくり開き、便箋を取り出しマナに渡す
「えっ…?」
「いつも持ってる大切な手紙、初心を忘れないように常にレシピ本に挟んでる」
マナは便箋を広げる
───
『キャラクターケーキを作って頂いたパティシエさんへ
先日は父が不慣れなガラケーで印刷したキャラクターの画像から綺麗なケーキを作ってくださりありがとうございました。
画質が荒くご迷惑おかけしました
ケーキを受け取って帰ってきた父は『すごく綺麗なケーキだった!絶対喜ぶぞ』と、ずっと笑顔でとても満足そうでした
息子はケーキを箱から出すと、
「青レンジャー!かっこいい!じぃじありがとう!」と、とても喜び、皆でケーキを囲って笑顔で写真を撮り、息子が好きなおかずとケーキを皆で食べてとてもいい思い出になりました。
しかしそれから一週間後、父が急に亡くなり、
遺影の写真を皆で探してたら息子の誕生日ケーキを囲んで撮った家族写真が今までで1番幸せそうな顔をしていました。
皆で「お父さんこの笑顔がいいね」と決まり、それを父の遺影にしました
父との楽しい想い出、幸せな時間を、そして綺麗な美味しいケーキをありがとうございました。
きっと父も画質の荒い画像から、あんなに綺麗なキャラクターケーキを作ってくれたパティシエさんにお礼が言いたかったと思い手紙を書きました。
父も天国で喜んでいます
本当にありがとう
お身体大切にして下さい 』
───
「本当に嬉しかった。もっとお客さんと関わりたいと、自分で接客したいって思った…」
「えっ……なんで泣いてる?」
「いやーなんか、いい話だなーって……おじいちゃん……お孫さんの為に、慣れないガラケーでプリント頑張ったんだなって想像したら…」
「ケーキは誕生日やお祝いには欠かせないからな。俺は天職だと思ってる。本当に幸せな仕事だ」
「そうですね…」
「涙拭いて」
手拭き用のペーパーを渡す松永
「私も…人を幸せにするケーキ…作れるパティシエになりたいです」
「マナちゃんなら、優しいからなれる」
松永は手紙を受取り大切にレシピの手帳にしまう。
言葉は少ないのに、
その一言でマナの胸の奥がふわっと温かくなった。
次回へ続く




