34 口調の変化
松永の過去編が終わり
マナとの日常に戻ります
仕込みの材料を確認しながら、マナはふと松永の声を聞いた。
「マナちゃん、今から仕込むのココア生地だな。いつものスポンジ生地より手前で混ぜるの止めた方がいいぞ」
(……あれ?)
マナは、一瞬だけ手を止める
(そういえば松永さんの話し方最初に会った時より変わった気がする…)
───
仕事終わり、マナはアイスコーヒーを手にしながら
「そういえば松永さん」
「ん?」
「最近…うーんとコンクールの試作してた時期…?ぐらいから話し方、最初の頃から変わりましたよね?」
松永は眉をひそめる
「話し方?」
「最初働き始めた時は『~よ』とか『〜ね』って言ってたのに、最近は『~だな』って」
松永は少し考えたが、すぐに首をかしげる
「……そうだったか?」
「気づかなかったんですか?」
マナはくすっと笑う
「最初の方はもっと優しく話しかける感じですかね。今は職人っぽくなってる気がします」
松永は少し考え込む
(そういえば、最初は10歳以上離れてる子とどう話していいかわからなかったんだよな……)
(俺口調きついし…すぐ辞められても困るって思ってたな…)
松永はカップを手にしながら、ゆっくり息を吐いた。
「マナちゃんがこの店に来たばかりの頃、パティシエの世界に疲れてただろ?」
マナは少し驚いた顔をする
「……え?」
「だから、最初は少しでも気を楽にしてほしいと思って、優しく話そうとしてたんだろうな。俺元々口調きついからな」
マナは、その言葉をじっとかみしめる
「じゃあ、今は?」
松永は少し笑いながら答えた
「今は……普通に仕事仲間だと思ってる。
気を使わなくても、もう辞めることはないと思っている」
「……そうですか」
マナは、ふっと微笑む
「なんか嬉しいです。気を使われるより、ちゃんと仲間として見てもらえてる気がして」
松永は、納得したように頷く
「言われるまで気が付かなかったな」
「私、全然口調きつくても大丈夫ですよ
おばあちゃんなんて方言がすごくて、『〜だらー』とか、聴き取れないと『あぁん?』って毎日言ってますし」
マナは明るく笑い、カップを握り直した
「それ、三河弁だな」
松永は、ははと笑う
───
「さて……帰るか」
「また休み明けに」
ふと、松永は思う
(何ヶ月か一緒に働くうちに、子供扱いしなくなったのか……マナに対して変わったのか)
夏の生ぬるい風が吹く
遠くで響く蝉の鳴き声は、夏の始まりとは違う音色になっていた
松永は車のエンジンをかける
次回へ続く




