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千年鎮魂歌  作者: もなか
6/6

波瀾の幕開け 1


――ガラッ。


タイミングが良いのか、悪いのか。


最初よりは幾分明るい母さんと、その後ろに黒髪をオールバックにして纏めた白衣を着た医者と思わしき人が入ってきた。

俺としてはさっさとカインにあれは何だったのかを聞いて、すっきりしたいとこだったが。


俯くように溜め息吐き、頭の片隅でふと考えが過ぎった。


それにしてもカインの声は俺にしか聞こえないのだろうか。

そういえば、マトモな人間の前で会話をしたことはない。


『あの医者、ヤクザみたいな外見してるね』


まるで心を読んだかのように絶妙なタイミングで声が聞こえた。


一瞬で俺の体が凍りつく。


おそるおそる俯いていた顔を上げれば、母さんが不思議そうな顔で首を傾げていた。

瞬間、ほっと力が抜ける。


……よかった。

多分、聞こえてない。


医者の方に目をやると、どこからか椅子を取り出してきて俺の前に座った。

真正面から見られて俺は少したじろぐ。


なるほど。

確かにそうだ。


さっきはちゃんと見てなかったからカインの言葉に反感を持ったが、確かに医者というよりヤクザのほうがシックリくる外見をしている。

その目つきの悪い切れ長の瞳に昔、柔道でもしてたのかと思うぐらいがっしりとした体型。

しかも髪をオールバックなんかしてるから、余計だ。

白衣がただのコスプレに見える。


「服を上げてくれますか」


ハッと我に返った俺は慌てて服を持ち上げる。

意外と穏やかな口調に少し驚いた。

まぁ、医者だし口調まで悪かったらダメだろう。


そこに聴診器を当てられて、次に同じように背中にも当てられた。

それをはらはらとした面持ちで見る母さんに笑いそうになる。


『キヨのお母さんって心配性なんだねぇ……』


断じて違う。


即座に否定したが、心の声は聞こえないようだ。

もどかしい気分になる。


てか、いつの間にか俺はカインと親しい仲になったらしい。

俺もカイン、と呼び捨てにしてるがカインもカインで早くも愛称で呼んでいる。

まぁ、呼び捨てだろうが愛称だろうがどっちでもいいんだが。


俺の体から聴診器が離れ、耳から外して白衣のポケットに直すのを確認する。


「特に異常はありません。今日中に退院しても問題ないでしょう」


にっこりと温和な笑顔で告げてくれて、俺の中で印象が変わった。

母さんが先生に丁寧にお辞儀する。

先生が笑顔のまま、そんな母さんに向き直った。



――ガラッ。



先生が口を開こうとした瞬間、突然病室の扉が開いた。

一斉にそちらに視線を向けると、黒いスーツを着た大柄な男と紺色のコートを着た小柄で丸々とした男が入ってきた。

対称的な二人は並んで軽いお辞儀をすると、小柄な男がスーツの中に手を突っ込んでゆっくりともったいぶるように何かを取り出す。

俺は取り出したものを見て、息を呑んだ。

母さんが困惑した顔で二人の男を交互に見る。


その手には警察手帳が握られていた。


俺が緊張した面持ちでゴクリと息を呑むと、あの時と同じように場違いな声が聞こえた。


『なに、このチンドン屋みたいな二人』


俺は危うくずっこけそうになる。


「警察の方がなにか?」


気を取り直してカインの返答と共に小柄な方に声を掛ける。

これでカインの奴も警察ってわかるだろ。


『けーさつぅ?』


間の抜けた声。俺はずっこけた。

我慢できずずっこけた。

おかげで周りの人達に怪訝そうな眼で見られたが、笑顔で何とかやり過ごして再びベットに座る。

コホン、とその際空咳をしといた。


こいつは警察も知らないのか。

知能は三歳児以下か。


俺は一種の不安を感じた。


「出来れば、医師の方には御退出お願いしたいのですが」


唐突に切り出した小男は、先生にちらりと視線を送る。

それだけで緊迫な雰囲気に変わるが悲しいことに、俺の頭の中では軽快な鼻歌が聞こえているせいで、場の空気に乗れない。


KYめ。

とっとと出て行け。


「そのご希望には承諾しかねます。事情聴取を行う際、医師の人間を一人付けることが条件だったはずでは?」


小男が大男に目配せする。

大男はコクリと頷いて、それを見て小男が大袈裟なぐらい溜め息を吐いた。

それを見て二人の上下関係がはっきりと分かる。

どうやら立場上、小柄な方が上らしい。


「わかりました。今回は、その条件を呑みましょう」


今回は、の部分を強く強調してコホンと軽く咳払いをする。

それでその人の空気が変わったことに気づくが、それと同時にカインの音調も変わったことにげんなりする。


まだ終わらないらしい。


「実は今、私達はある事件を調査しています」

「事件……?」


小さく反応した母さんが動揺した様子で聞き返す。

俺も内心動揺していたが、それ以上にカインの鼻歌にイライラしていたため顔には出なかったらしい。

小柄な方が眉を顰めているのが見えた。


まぁ、事件と言われて顔色が変わらない方がおかしいか。


今さらながらに自分の失態に舌打ちしそうになる。


これも全部カインのせいだ。

俺が犯人候補にでもなったら今すぐ追い出してやる。


……追い出す?


ふと気づいた。


――カインはどこにいるんだ?


今さらながらに気づいた事実に愕然とする。

自分の頭の回転の悪さについ疑いそうになった。


頭の中で聞こえる声。

もしかしてそれは、俺の妄想で作られたものなんじゃないのか……?


未だ歌うカインの鼻歌に、俺は薄気味悪いものを感じた。





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