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千年鎮魂歌  作者: もなか
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始めの一歩



ピッ、ピッ……



ぼんやりと意識を取り戻したとき、最初に聞こえたのはどこかで聞いたことがある、機械的な電子音だった。

続いてゆっくりと目を開けて、視界に入ったのは真っ白なもの。


それが天井だと気づくのと、自分がベットの上にいることを認識するのに少し時間がかかった。


「ここは……?」


ゆっくりと起き上がって無意識に呟く。

きょろきょろと辺りを見回せば、ここが病院だというのは誰の目から見ても明白だった。


そして、思い出す。

あの化け物のことを。


瞬間、自分の体から血の気が引いたのがわかった。

背筋に冷たいものが走る。


逃げないと。


それだけが頭を支配する。

気づけば布団を蹴飛ばして、腕に繋がっている点滴を乱暴に引き抜いて、部屋のドアに手を掛けていた。


――ガラッ。


俺はドアを開けていない。

勝手にドアが開いたのだ。

一瞬の緊張のあと、ひょっこり顔を出したのは母さんだった。


俺を見て目を丸くする母さんに、俺も同様に驚いていた。


「母さん、なんで……」


なんでここにいるんだ。


続く言葉を言う前に、母さんに遮られた。

ぎゅっと、俺より小柄な母さんが抱きついてきたからだ。


え、なんで?


混乱する俺をよそに母さんは涙目で見上げてくる。

父さんはこれにやられたのかな、と思った。


「どこも痛くない? 大丈夫?」


これは夢なのか。


そう思うぐらい母さんが珍しく俺を本気で心配していると、声を聞いてわかった。

そして俺の体を探るように触る母さんは少しこしょばい。

正直やめてほしいと思うけど、俺の腕を見てさっと顔色を変えた母さん。

不思議に思って視線の先を辿れば、さっき乱暴に引き抜いたからか少量の血が腕から溢れ出している。


「ナ、ナースコールッ……!!」

「待てい!」


半泣きでコールを押そうとベットに近寄る母さんを、腕を掴んで慌てて止める。


俺は極めて健康だ。

いつもなら「唾でもつけときなさい」とかいう母さんなのに、今日はどうもおかしい。


「どうしたんだよ。母さんらしくない」

「それはこっちのセリフよ! 電話が来たと思えば病院からで、キヨが血を流して路上に倒れてたとか言われて……」


ちょっと待て。


ぐずぐず鼻を啜る母さんには悪いが、思考が追いつかない。


つまり、整理すると。

意識を失った俺はあの後、病院に搬送された……?

何事もなく?本当に?


「何か異常とかは……」

「軽い貧血を起こしてるだけだって」


ふと頭に手を当てれば、包帯が取り付けられている。


あの時か……

不意に思い出した出来事に、気分が悪くなる。


本当に、俺の体に何も異常はなかったのか。

あのまま意識を失った俺はどこからどう見ても、無防備だったはずだ。

それをわざわざ見逃すようなマネをするか?普通。

アレは俺を狙っていて……待て。


そもそもあの時、何で俺は狙われたんだ?


そういえば不可解な点はいくつもある。


あそこは住宅街で、少なくとも俺が大声を出せば気づくはずの異変を、誰も気づかなかった。

もし家に誰もいなかったとしても、普段からあそこまで人気が少ないものだろうか。

車一つ、人一人も通らなかった。


ぶるりと、改めて身震いする。


よく生きてたな、俺。


「大丈夫?」

「あ、うん」


俺の顔を心配そうに覗き込んでくる母さんに、慌てて笑みを浮かべる。


やっぱり、母さんらしくない。

こんなに心配されると調子が狂う。

あの時だって、パシリにしたくせに……っていうか。


「今日って何日?」

「11月2日。とりあえず目も覚めたんだし、先生呼びに行ってくるわね」


昨日は11月1日。

まさか引越したその日に事故(?)するとは思わなかったけど。


俺が幾分か元気があるのを見てほっとしたのか、慌てて部屋を出て行った母さんを見送ってベットに腰掛ける。


母さんもいるんだし、ここは普通の病院だ。

起きた当初はどこかの研究所にでも隔離されたかと……漫画の読みすぎかな。


『気分はどう?』

「まぁまぁかな」


頭の中で聞こえた声にすんなり返答している自分に驚いた。


あんなことがあった後だから、どうやら警戒心が薄れてしまったらしい。

最初の驚きが嘘みたいだ。


そのことには相手の方も驚いているらしい。

一瞬の間のあと、くすくすと明るい笑い声が頭に響いた。


『君、そんなに簡単に人を信じない方がいいよ?』

「人かどうかもわかんないけど」


でも、あの時こいつに助けられた。

こいつの声がなかったら、俺はあの時諦めて、きっとここにはいなかった。


本人にその気がなかったとしても”助けられた”という事実は、俺を信用させるのには十分じゃないだろうか。

……やっぱりあまいかもしれないけど。


『君、名前は?』

「は?」

『は?じゃない。いつまでも君じゃ、呼ぶほうも気分が悪いでしょ?』


いや、突然の質問にびっくりしただけだ。

てか、名前とか今さらのような気がするけど。

そもそもお前、人間なのか。


色々言いたいことあったけど、俺はコホンと一つ咳払いする。


まぁ、一理あるか。


「野村清介」

『……だっさい名前。お母さん、ネーミングセンスないんじゃない?』

「うっせ、ほっとけ。……で、お前の名前は?」


他人から見たら俺が独り言をべらべら喋ってる異常者にしか見えないだろうけど。

そこでは確かに、俺とそいつにしかわからない会話は成立している。


『カイン・アシュルージュ』


洒落た名前だな。

そう思ったけど、口に出すのはやめた。


なんかムカつくから。



始めは名前から。

それは基本的なことだけど、俺は一歩、踏み出した気がした。




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