表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年鎮魂歌  作者: もなか
4/6

引っ越したその日に 2


「は?」


自分でも驚くぐらい、素っ頓狂な声。

場違いな声が聞こえたせいで、俺の目はぱっちり開いてしまった。

そして、すれっすれの至近距離にある手を見てぎょっとする。


「……ッ!!」


一瞬、息を呑むがそのまま左に横転。

……何か知らんが、回避してしまった。


その事に安堵している自分に気がついて、俺は微苦笑を漏らす。

覚悟はどうした、俺。


『おおー、やるじゃんか』


あぁ、そうだろう。

俺もまさかあの状況を回避できるとは……


「……はぁ?!」

『何驚いてんの。あ、まさか僕のせい?』


まただ。……ありえない。

軽快な笑い声が頭の中で響く。


一体全体、今日はどうなっているんだ。

気味の悪い奴はいるわ、頭の中で声が聞こえるわ……さっぱりだ。


『油断は禁物ー』


再び聞こえたのん気な声と共に、横で何かが動く気配がした。

慌てて逃げようとしたが、時すでに遅し。

がしりと乱暴に頭を掴まれて、そのまま地面に叩きつけられていた。


ぐらりと脳が揺れるような感覚と、激痛。

その痛みに呻くような声を漏らす。

未だ俺の頭を掴むそれの顔を、揺れる焦点でぼんやり見ながら俺は頭の下に生温かい物を感じた。


――血だ。


それを認識した瞬間、俺の中で何かが爆発した。


「あぁあぁぁああぁああああ!!!」


意味のわからない衝動。

激しいなんて表現だけじゃ言い表せないぐらい俺の中で暴れまわる。

身悶えようにもそれが俺の頭を固定しているせいで、動けない。

代わりに自由な手足が暴れまわる。


すると、今まで掴んでいた手があっさり離れた。


だけど、今の俺にはそんなもの関係ない。

この衝動をどうにかしたくて、堪らない。

吐き出そうにも吐き出せない焦れったさに狂いそうだ。


『それを受け入れて』


不意に頭の中で、またあの声が聞こえた。

ぐるぐる頭の中で反響する声。


何を、どうやって。


その間にも、俺は暴れる。

地面にきつく爪を立ててガリガリと引っ掻いたり、体を丸めて服を顎が痛くなるくらい口で噛む。

普通の人が見たら、俺の姿は異常にしか見えないだろう。


『それを外に出そうとしないで、内側から受け止めるんだ』


突然現れた解決法。

俺はそれに縋りつくように実行に移そうとするが、その表現があまりにも抽象的で残念ながら、わからない。


『ゆっくりと、落ち着いて。平常心を取り戻すんだ』


落ち着けるわけがない。

さっきまでの激痛はすっかりわからなくなったし、ガリガリと引っ掻く爪も今となってはない。地面に落ちて、指からは血が出ている。


しかし正体不明のそいつがその言葉を言った瞬間、不思議と中が和らいだ気がした。

それに安心したのも束の間、再び溢れ出しそうになる何かに慌てて息を殺して抑えようと努力する。

服を噛んでいた口を戻して、未だ引っ掻き続ける指を止めて、平静に戻ろうと努力する。

俺の心を取り戻そうと、努力する。


『なかなか理解が早いね』


どこか感心するような声を頭の隅に追いやって、集中する。


落ち着け、戻れ。


何回も繰り返し、心の中で自分に言い聞かせる。

さっきよりも自分が冷静になったのはわかるが、いつまた暴れだすかわからない何かに俺の緊張の糸は切れない。頬に汗がつたう。


その時ふと、頭から流れる血について思い出した。


「くぅう……ッ!」


治まってきていたはずの何かが再び暴れ始める。

切れ切れの理性が飛びそうになる。


『血のことはあまり思い出さないで。落ち着いて、もう一度』


すっかりお馴染みの俺の頭の中の声もどこか切羽詰まっている。

俺はその言葉に素直に従おうとするも、今にも飛びそうな意識と疲労で流されそうだ。


それでも馬鹿正直に流されるわけにもいかず、踏ん張る。

根気良く、ゆっくりと抑えこもうとする。

それに合わせて深呼吸も、なるべくリズム良く繰り返してみる。


『1、2、3……1、2、3……』


それに気づいたらしく、俺の中にいる正体不明の奴が拍子をとってくれる。

俺はそれに合わせて深呼吸をとりながら、何かが落ち着いていくのがわかる。


『少し我慢してね』


不意にそんな言葉に変わって俺が疑問を口にする前に、圧倒的な質量が俺の中に飛び込んできた。

一瞬、息が詰まったのと同時に何かが薄れゆくのを感じる。


『お疲れ様』


どこか嬉しそうなその声を頭の隅で聞いて、俺は意識を手放した。



――化け物のことなんかすっかり忘れて。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ