役立たずでマイペースな兄
間近で見た家は、シンが言った通りなかなか綺麗だった。
父さんからは中古の一軒家と聞いていたが、新築にも劣らないと思う。
全体的に黄土色をしていて、縦長の並行四辺形にもう一回り小さい同じものがくっついた様な形。屋根は黒で平行。
土地はそれにしては少し窮屈に見えるが、カースペースが一つあって、その奥に倉庫もあるんだから十分だと思う。
玄関の前に小さな段差が二つ。
それを上れば扉は開ける間でもなく、全開になっていた。
そこに積み上げられたダンボールを業者の人が運び、それを指示する母さん。
こう見ればしっかりした人に見えるのに……残念ながら母さんはしっかりなどしていない。
むしろその逆。
かなりのおっちょこちょいである。
その証拠に……今、ドアの角で足をぶつけた。
痛かったのか、その場でうずくまる母さんを、重そうなダンボールを持った業者の人が心配そうに声を掛ける。
普通、逆だろ。
そんな母さんに半ば呆れつつ、後ろから伸びてきた手を払った。
「え。後ろに目でもついてんのか」
「行動がワンパターンなんだよ」
少し驚いたようなシンの声を聞き流して、母さんに近づく。
母さんは俺の足音に気づいたのか、不意に顔を上げた。
……その目に涙が溜まっていたから、余程痛かったんだろうな。
「大丈夫? 母さん」
とりあえず声を掛けてあげれば、母さんが「しくしく」と声を出して顔を両手で覆う。
いやいや、しくしくて。自分で言ってるし。
父さんはこれで騙されるが、俺は甘くない。
「嘘泣きすな」
「よーしよしよし」
突然スッと俺の後ろから出てきて母さんの頭を撫でるシンを冷めた目で見る俺。
もちろん芝居だろうが、だんだんヒートアップしてきた二人は仕舞いには俺を睨みつける。
意味が、わからない。
「何で睨まれてるわけ、俺は」
「キヨがすぐに来てくれてたら、こうはならなかったのよ」
「そうそう」
「いや、シンが――「言い訳なんか聞きたくないわ」
「そうそう」
おかしい。
なぜ今俺は、責められているのだ。
てかシンは相槌しか打ってないし、そもそもの原因はコイツだ。
「おい、馬鹿兄」
「母さん、キヨが俺を馬鹿って呼ぶー」
今度はシンが、しくしくと嘘泣きする番。
完全に不利だ。
これはどう転んでも俺の立場が悪化するだけだ。
気づけば俺達の周りにはダンボールを持った業者の人がいる。
批難やら呆れやら同情を浮かべたさまざまな視線を受けながら、俺は人生初、ダンボールに包囲された。
そして一刻も早くこの状況から逃げ出すため、母さんに声を掛けていた重そうなダンボールを持った業者の人から順番に指示を出し始めたのだった。
「キヨは扱い易くて助かる」
ふぅとたいして何もやってないくせに疲れたように息を吐くシンに腹が立つ。
コイツは本当に何もしなかった。
普段もそうだが、コロコロ暇そうにリビングで転がるその姿を何回見たか。
しまいにはコンビニにでも行ったのか、ポテチを抱えて食べるシンはさながらおっさんのようだった。
「黙れ役立たず」
「キヨは見てなかっただろうけど、俺も忙しかった」
素晴らしい嘘を吐いて今度はどこから出したのか、板チョコを食べている。
その姿を見て俺は続く言葉を失った。
俺の兄はもうダメだ。
神経系による病気で、きっと動く事が出来ないんだ。
俺は強引にそう思う事で緩む涙腺を何とか引き締める事が出来た。
だが、油断してシンの目と合ってしまった。
「何でそんな哀れんだ目で俺を見てんだ?」
「俺は自分の兄が不憫に思えてしょうがないんだ」
そんな俺の言葉を聞いて嬉しそうに頬を緩めるシンに絶望感を味わう。
コイツは何一つ意味を理解しちゃいない。
それは医師に余命数ヶ月と宣告されたような気分だった。
「安心しろ。お前の兄は常にスリムボディを保つ事が出来るんだ」
「頼むから小学生からやり直してくれ」
いっその事、生まれる前からやり直してくれ。
そうしたら俺はきっと苦労せずに生まれたのだ。
そんな俺の心中も露知らず、再び板チョコを食べ始めたシンを見てどっと疲れた。
さっきのシンの詳細について、一つ付け加えよう。
キング オブ マイペース
俺の兄はその頂点に君臨していた。