6お義兄さまのために私は動きます!(義母コートニーの考察②)
だからコートニーの美しさと相まって、コートニーは物静かな性格だと私は思っていた。
しかしそうではないことを、私たちははじめてのお茶会で知ることになった。
その日はよく晴れた日で、お茶会は庭園でおこなわれた。
その場にはデニスもいて、私はそのときはじめて挨拶以外でデニスと会話したのを覚えている。
コートニーだが、特筆事項記にも記載されていたように、幼少期から高位貴族向けの教育を受けていたためマナーには相当の自信を持っていたらしい。
しかしマナーにも流行り廃りがある。コートニーはバイロンの愛人をしているあいだは社交活動をほとんどしていなかったらしく、そのためコートニーのマナーは正直に言えば “昔風” だったのだ。
しかもコートニーの高位貴族向けマナーは付け焼刃だ。
いま思えばよせばよかったのにと思うが、当時、母は親切心から社交の流行情報をコートニーに教えた。ところが彼女はそれが気に入らなかったらしく、いきなり激怒したのだ。
椅子から立ち上がったコートニーは手にしていたカップを芝生に投げつけると、母に向かって怒鳴りはじめた。
『どうせ、私を愛人だと思って馬鹿にしているんでしょう?
でもおあいにく様! 辺境伯夫人はあなたでも、旦那様に愛されているの私よ!
その私に意見するなんて許されないことよ!
あなたはお飾りの妻としておとなしく引っ込んでいればいいの! 』
顔を歪めてフーッフーッと荒く息を吐くコートニーの姿は、いつもの美しくにこやかで上品なコートニーとはまるで別人だった。
急に激高し豹変したコートニーの姿に驚き、母も私もその場で固まってしまった。
そのときデニスがすうっと立ち上がると、コートニーの横に立ち、コートニーの耳元に口を寄せてなにごとかをささやきながら子供をあやすように背中をトントンと叩いた。
すると、ほんのわずかな時間でコートニーがまとっていた怒りの熱量のようなものが消え去り、コートニーの身体がゆらりと揺れた。
デニスは、ふらつくコートニーを支えると、まるで何事もなかったかのように私たちに向き直った。
『母の気分が悪いようですので、本日はこれで失礼しますね。』
にこやかにそう言うと、控えていた侍従と一緒にコートーを支えながら去っていったのだ。
私と母は、ふたりを見送ったあともしばらくそこから動けなかった。
コートニーの豹変ぶりにはもちろん驚いた。
そのあとのデニスの手際の良さにも驚いた。
そして、去り際のコートニーの表情にも……。
( "表情を失くす" 。あのとき怒りが消えたコートニーはまさにそんな感じだったわ。目に光がなく、どこまで平坦で……そう、人形みたいだった……。)
激しく怒るコートニーの姿は恐ろしいものだったが、なんの感情も持たないように見えるコートニーのほうがより怖かった。
そして、コートニーをあんな風にしたデニスも怖かった。
私も母も、このお茶会で起きたこと、見たことは口にしなかったが、コートニーの嫌がらせがはじまったのはそれからだ。
最初はこちらが言うことにいちいち嫌味を返したり、手土産を貶されたり、約束の時間をすっぽかしたり、大して害にもならない子供っぽい "嫌がらせ" だった。
しかし嫌がらせはだんだんエスカレートしていった。
被害に遭うのはおもに母で、淹れたての熱いお茶をかけられそうになったり、池に突き落とされそうになったり、一歩間違えば大怪我をしたり最悪死ぬ可能性もある、嫌がらせを超えた仕打ちを受けたのだ。
幸い未遂だったがその話を聞いた私は、コートニーに対して怒りが沸き、それまで ”嫌い”だった感情が“大嫌い”へ変化した。
このときを境に、母は私をコートニーから引き離すことにした。
お茶会は母だけが参加し、私とコートニーの接点を最小にしたのだ。
それからも嫌がらせはつづいたが、命の危険があるようなことは起きなかった。
最初のお茶会のときのようにコートニーが激高したり、感情のない人形のような表情になることも二度となかった。
やがて母が亡くなり、コートニーが名実ともに辺境伯夫人となった。
母が亡くっ直後、私は部屋にこもっていたため、さすがのコートニーもしばらくは私にかまうことはなかった。
しかし嫌がらせのターゲットは確実に私に移り、今ではさまざまな嫌がらせを受けている。
母が亡くなって以来、使用人や家門の者たちの多くが、私を空気のように扱うようになった。
以前は皆、私に挨拶をしてくれたし、立ち止まってちょっとした会話を楽しむ相手もいたが、今はほぼ皆から無視されている。これもコートニーの指示による嫌がらせだろう。
今現在、私を部屋に閉じ込めて使用人に見張らせて部屋から出るのを禁止しているのも、食事が1日1回しか運ばれないのもコートニーの指示だろう。
食事を運んでくるメイドは顔見知りで、割と話せる相手だったが、今では私と一言も口をきこうとしない。
コートニーの程度の低い嫌がらせには呆れるばかりだが、暴力を振るわれることはないので甘んじて受け入れている。いまのところは。
とはいえ、あからさまに皆から無視されるのは私も堪える。だから邸内でもパーティーでも、できるだけ目立たないようにしている。
(見つからなければ無視もされないもの……。アランお義兄さまだけは、変わらず私を見て話してくれるし……。)
それに、義父が倒れて寝付いてからは、コートニーの私に対する嫌がらせも減っている。
かいがいしく義父の看病をしているのか、それとも……デニスを跡取りにしようと、義父を亡き者にしようとしているのだろうか。
通常、嫡子がいる場合は庶子が家を継ぐことはまずない。
しかし嫡男に問題がある場合、ほかに適当な後継者候補がいない場合は庶子が家を継ぐこともあると聞く。
(せめて専属医のカールと話せたら……。)
アランお義兄さまの無実を証明するには、やはり義父の本当の病状を確認する必要がある。
それにアランお兄さまは、カールが密告したと聞いて、『カールがそんなことを言うわけは絶対にない』と言っていた。アランお義兄さまを疑うわけではないけれど、そこまでカールを信じているのはなぜなのだろう。
カールはコートニーともよく話しているようなので、それも含めてやはりカールと話す必要があるだろう。
ほとぼりが冷めて部屋から出られるようになれば、カールと話せるチャンスもあるはずだ。
(それにしても、コートニーの考えもわからないけれど、デニスお義兄さまについてもわからないことだらけだわ。デニスお義兄さまは辺境伯家を継ぎたいのかしら?)
私のもうひとりの、血のつながらない義兄。
デニスは、自身が辺境伯を継ぐことをどう思っているのだろう。
実はデニスとは、あのお茶会以来きちんと話したことが一度もない。
それでも。
(デニスお義兄さまとも話さないといけないわね……。)
ノートをめくり、デニスのページを開く。
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