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1お義兄さまとの逃亡先の森の中で前世の記憶を思い出しました!

 鬱蒼とした森のなかで私は夢を見ていた。


 夢の中の主人公は、つややかな長い黒髪に金色の瞳を持つ、とてもきれいな女の子。年は私より少し上に見えるから、10代後半くらいだろうか。しかも夢の中のその子は魔法を使っていた。


 魔法を使える “魔女” はとても少ないから、私は実際に会ったことは一度もない。夢に出てくる場所を私は知らないし、登場する人々にも見覚えがない。


 それなのに黒髪の女の子は、現在の私であるメリッサ・カルトリードの前世だということだけは、なぜかわかった。

 同時に、これは私が見ている夢ではなく、前世の私、当時 “大魔女” と呼ばれていたドロシーという女の子の記憶であることを理解した。


 そう理解した途端、記憶の流れが一気に速まった。まるで波のように次々と押し寄せる大量の記憶に溺れそうになりながら、ドロシーの軌跡を私の記憶なかに刻みつけてゆく。そしているうちに記憶の流れが緩やかになり、やがて止まった。


 最後に見た記憶は、ドロシーが両手を伸ばして微笑む姿だった。その手は、そこにいないはずの私に向かって伸ばされていた……。

 そして私はたしかにその手を両手でしっかりと握ったのだった……。




 ゆっくりと意識が浮上しているのを感じながら、最後に見たドロシーの笑顔を思い返す。(ドロシーは、自身がいつか転生することを知っていたのかしら? 黒髪で金の瞳だなんて、今の私とは逆なのね……。)


 私の髪は濃い金色をしているし、瞳の色は黒だから、ドロシーの髪色と瞳の色とが逆転したように感じる。


(それにしても前世の記憶だなんて……私は納得しているけど、ほかの人に信じてもらうのはむずかしいでしょうね。でも私、魔法は使えるのかしら? もし使えたら……。)


 そんなことを夢現で考えていると、私を呼ぶ声が聞こえたような気がした。そうっと頭をなでられている気もする。


(この声も、頭をなでる優しい手も、私は知ってる……。)


 “ぱちり“ と意識がなにかにぴたりと嵌まった感触がした。私はゆっくりと目を開いてみた。もう一度目を閉じて、そして開いて。

 その途端、優し気な黒い瞳と目が合った。


「メリッサ! 気が付いて良かった! 気分はどう? 怪我や痛いところはない? 」

「あ……わたし…? アラン、お義兄さま、なぜここに……。」


 矢継ぎ早に私に質問を浴びせるこの人は、私のお義兄さまで名前はアラン。アラン・カルトリード。よほ心配だったのか、私を見下ろすアランお義兄さまは眉間に皺を寄せ、不安そうな面持ちをしている。


 私とお義兄さまは3日前に森に入って……。だんだんと意識がはっきりしてくる……。


(そうだ、ここはカルトリード領の東端にある森の中……。たしか……小川を探していて……。)


 慌てて身体を起こそうとすると頭がズキリと痛み、思わず呻いて片手を頭に当てる。

それを見たアランお義兄さまが、しゅんとしながら言う。


「メリッサは段差から転げ落ちて頭を打ったんだよ。段差に気付かなくてごめんよ。僕がちゃんと見ていれば、メリッサが落ちて痛い思いをすることもなかったのに……。」


 どうやら私は段差に気付かず、落ちた挙句に気を失っていたらしい。アランお義兄さまに手伝ってもらってゆっくりと上体を起こしてみる。両腕を持ち上げてみると、手の平に軽い擦り傷と切り傷があるだけでほかに痛みは感じない。足も無事なようだ。頭痛もさほどでもない。どうやら大きな怪我はしていないようだ。


「私が不注意だったのです。お義兄さまのせいではありませんよ。それに怪我もないみたいなので大丈夫です! ご心配をおかけしました。」


 私はぺこりと頭を下げる。


「2時間も意識が戻らなかったんだ、心配するのは当然だろう。でも怪我がなくて本当に良かった……。守ると言ったくせに面目ないよ。ただでさえもこんなところにまで連れてきてしまって申し訳ないのに…。」


 アランお義兄さまは肩を落として、またしてもしょんぼりとする。しかし、私がここにいるのは自分の意思だ。あのまま邸にいたらどうなっていたか……考えるだけで恐ろしい。だから残るのは論外だったし、なにより私はアランお義兄さまと一緒にいたかったから……。


「お義兄さま! 先にも言ったように、私は自分の意思でお義兄さまに付いてきたのです。むしろ私が、こうして足手まといになってお義兄さまにご迷惑をかけているのが申し訳なく思っているのです。」


「メリッサ……前にも言ったけど、僕は迷惑だなんて思っていないよ。あのままメリッサが邸にいたら、きっとひどい目に遭っていたと思う。 」


 お義兄さまは両手で私の右手を包み込むと、ほぅっと息を吐いた。


「お義兄さま……ありがとう、ございます……。」


 アランお義兄さまの口から “いもうと” という言葉を聞くたびに私は、いつも胸の奥をなにか冷たいもので刺されるようなチリリとした痛みを感じていた。ずうっと前に蓋をしたつもりの想いだけど、この痛みだけは条件反射のように私を苛む。


「それに加えてブレナン子爵の動きが早かった……。もう少し余裕があると思っていたのに……。 」


 そもそも、私とアランお義兄さまが逃亡するきっかけとなったのが、カルトリード辺境伯暗殺未遂の容疑がアランお義兄さまにかけられたためだ。

 

「余計なことを言ってメリッサに心配かけちゃったね。大丈夫だよ。まだ想定の範囲内だ。」


 そう言ってアランお義兄さまは、優しく私の頭をなでてくれた。


(こんなに優しいアランお義兄さまを嵌めるなんて……絶対にこのままにはしておかない!)


 だてもう私は守られるだけの13歳の "メリッサ" じゃない。


「アランお義兄さまは、私が守る」


 お義兄さまには聞こえないように口の中で小さく呟く。

 もしかしたら、このために私は前世を、ドロシーだった45年間の記憶を思い出したのかもしれない。それならば、きっと私はやれるはずだ。


 アランお義兄さまに頭をなでられる心地よさに目を閉じ、私は拳を握りしめた。


読んでくださりありがとうございます。


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