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帰路

作者: 聖徳犬子

今日は晴れ。

私は、今想像を絶する寂しさに、家を飛び出さんとしている。いざ社会という地面から、タイムカプセルを掘り起こそうとしている。


私の家は、どうであるのか。

私の家はブラックホールだ。踏み出す一足をことごとく粉砕する最新型のAIが搭載されている。

凝縮された重力は、「怠けていられるのは楽だ」という定石をも押し込み1日1日を冷たく嘲笑う。


私は耐えられなくなったのだ。

勘違いしないでほしい。私は働いている。十分とは言えないが収入もある。ただ、生きている意味を見出せないありふれた悩みを抱えてかれこれ10年。答えは見つけられていない。いや見つけたのかもしれない。ただ現実で機能しない。

だからこそ私は白日の社会に魑魅魍魎を求めてこの扉を開ける。AIは、この手筋も既に読んでいることだろう。私は準備万端だ。何しろ今から迎え入れるのは準備していない世界なのだから。人間様を舐めるな。


がちゃり。

煮え切ってないそれでも心地よい微風が玄関に侵入した。隙間から見える風景はいつもと違い白かった。

音の無い祭りに誘われた私は、クルリと回り鍵を閉めた。囃子が聴こえる。

私は、こびりついたガムを引き剥がすかのように兎に角寂しさを誰かになすりつけたかった。隣家のおじさんが台車の前で踊っている。

「こんにちは」

「やあ、こんにちは」

おじさんは、本心を隠すように笑顔だ。いつもは嫌いなその笑顔が今日は愉快に見えた。

「暇すぎてどこか行こうかと」

「それなら3丁目の三角公園に行くといい。あそこで面白いものが見れるよ。」

おじさんの笑顔が形を変えて増す。

このおじさんは、町の町会長を務めていて噂によるとかなりの情報通らしい。主食は新聞だという話もまかり通っているくらいだ。

「ありがとうございます」

「気をつけていってらっしゃい」

私は、寂しさをカバンに抱え三角公園を目指すことにした。まずは大通りに向かう。少し行って振り返るとおじさんが台車の前で踊りを再開したのが見えた。


大通りに突き当たる手前の道の横手に畑が続く。とぼとぼと歩む。畑ではサツマイモとほうれん草が言い争っている。どうやら縄張り争いをしているようだ。いつもは穏やかな彼らも、祭りとあってはそう穏やかにはいられないのだろう。人知れず行うギャングの抗争みたいで笑いが込み上げてきた。私が、顔を伏せて歩いているとピューーっと笛の音がした。いつの間にか目の前に1人の笛吹きが立っていた。

「こんにちは」

「やあ、こんにちは」

何にも囚われない自由人。私には、そう見えた。野生味ある茶色の三角帽子、引っ掻き傷が散見される茶色いコートをまとっている。笛吹きは飄々とこう言った。

「わたしは、とある黒装束の集団に追われている。良かったらわたしを君の目指す三角公園まで一緒に連れて行ってくれないか?」

突然の提案。

なぜ私の行く目的地を知っているのか。そんな疑問をよそに私は、心よく受け入れた。鼻から断る気などない。私が、断ることがあるとするならばつまらぬ日常に戻さんとする打算的提案だろう。ブラックホールから抜け出し再び銀河の煌めきを取り戻そうとしている私に怖いものなど無い。笛吹きはつぶらな瞳を輝かして礼を言った。

「ありがとう」

「こちらこそありがとう」

「では三角公園へ向かいましょう」


大通りに当たった。笛吹きは追われ身にも関わらず先導をきって笛を吹く。

笛の音に乗ってそよ風がふく。私たちは手足を揺ら揺らさせて道をそよぐ。

風にのって子供たちの声がする。子供たちの声が、子供たちを更に呼ぶ。みな揚々に手足をばたつかせ息を吹く。

多様な息がそこらじゅうの玉という玉に共鳴する。ラムネ玉。雲の玉。シャボン玉。くず玉。けん玉。

気付けばパレードになっていた。どこまでも続きそうな錯覚。町中の人が笑ってる。目的地を忘れてしまいそうな高揚感。銀河一等星。

ふと側道から黒塗りのセダンが飛び出す。私が、その存在に気付く前には笛吹きはどこかに消えていた。長を失った群れは次第にバラバラになる。私は黒装束に私自身を見たような気がした。セダンはそのまま過ぎ去り、私もそのまま歩むことにした。目的地は三角公園。日が暮れぬ内に。

再び歩いていると、派手な文字で「チョコバナナ」「たこ焼き」「焼きそば」など書かれている中、ひっそりと佇む出店が目に入った。祭りの歓声の中注意を払わなければ通り過ぎてしまうようなちっぽけな存在。その中に彼はいた。

「こんにちは」

「やあ、こんにちは」

「久しぶり」

私が、中学生の時クラスのボス的存在だった田中くん。腕力もさながらなんといってもガタイがでかい。それが、こんなちっぽけな店の中で座ってるもんだからまるで店に食べられているかのように錯覚した。

聞けばこのお店は、なんでも屋だと言う。似顔絵を描いたり、笑わせてくれたり、肩揉みをするサービスもやっているらしい。祭りの雰囲気の中野暮な注文をするお客はいないみたいだがそれでも大変な商売であることは身にわかる。

田中くんは中学生時代私に優しく接してくれた。私も、もともと強気な性格でノリが良かったこともあり田中くんも気に入ってくれていた。親友とまではいかないが何度か遊びに行ったこともあった。

だが一度喧嘩をしてしまったことがある。小さないざこざだったがその時私は、彼の宝物を彼に内緒で壊していた。彼は知る由も無いだろうが私は、それ以来彼と話さなくなっていく。

今更だろうが私は、その時の罪滅ぼしを今したいと思った。

ねじりハチマキを巻いた彼は当時のことなんか忘れたように下手に接してくる。

お金を手渡した。

「さあなんでも屋だよ、なんなりと」

私は、彼に頭を下げた。彼はあっけにとられた表情でいた。

私は、ふと笛吹きの真似をしたくなった。手足を揺ら揺らとさせながらピューーと口笛を吹く。田中くんを置いて神楽が鳴る方へ行く。少し行って振り返るともうその店は見えなくなっていた。


どんちゃかどんちゃか喧しい騒ぎに近づいた。きっと神輿が通る。そうに違いない。三角公園は、この角を曲がればすぐそこだが私は待つことにした。

切り株に腰掛けさっき買ったビールをぐいっと飲む。泡が、喉を擦れる。空を見るとこれまた白かった。お神輿はいつまでも来ない。

私は、痺れを切らし三角公園に向かった。曲がり角を曲がると天狗が徒競走をしていた。その凄まじい形相に怯み遅れをとったが私も、走ってみることにした。天狗はそのスピードさながら神隠しのようにどこかに消えていった。私に、残されたのは一体面白いものというのは何が待ち構えてるんだろうという思いだけだった。そんな浮かれ気分でいたからか、木の根に足をとられ大きく滑って転んだ。

とても痛かった。しばらくうずくまり動けずにいた。先ほどの天狗が様子を見に戻ってきていた。私は、恥ずかしいと思いすぐ様立ち上がってまた走ってみた。どうやら大怪我でなかったと分かり安堵のため息が出た。そのため息に乗って気づけば三角公園の入り口まで来ている。

ため息は白い雲となり浮かんでいる。その雲の下三角公園は、広がり私を迎え入れた。

だが、催しなど無い。人っ子1人見当たらない。いるのは猫ばかり。

私は、またため息を吐き落ち込んだ。そしてそのまま空を見上げた。雲で覆われた間、いつも通りの青空が見えた。

私は、しばらく公園内を歩き回ったが少し陰ったこの公園で何をするか見当たりもせず帰ることを決意した。

出る前に中を振り返った。少し狭く見えた。私は、口笛を吹いて帰路についた。

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