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24、貴族の正体と調薬

 貴族の馬車が見えない場所まで来たところで、私は恐る恐るヴァレリアさんを振り返った。そしてさっきのやりとりについて、少しだけ緊張しつつ問いかけた。


「……あの、ヴァレリアさんって貴族だったんですか?」


 ヴァレリアさんはその言葉に大きく息を吐き出すと、表情を緩めて頷いてくれる。


「そうだ。今まで黙ってて悪かったな。もう家を出ていて私は平民同然だから、言う必要もないかと思っていたんだ」

「そうなのですね……家を出た理由を聞いてもいいですか?」

「別に強い理由があるわけでもないんだが、ただ貴族社会は私の肌に全く合わないからだ。貴族女性はとにかくお淑やかに美しく、仕事はせずに目立たず旦那を立てる。しかし裏では色々と工作をしてお茶会という名の社交で家を盛り上げるんだ。そんなことが私にできると思うか?」


 ……うん、絶対にできないね。そもそもお淑やかにという最初の前提が、あまりにもヴァレリアさんとかけ離れすぎている。


「ヴァレリアさんは薬屋をやってるのがいいと思います」

「そうなんだ」


 ヴァレリアさんは私の言葉に嬉しそうな声を上げ、後ろから頭をぐりぐりと撫でてくれた。


「ちょっとヴァレリアさん! 腰の手を外されると私が落ちます……!」

「ごめんごめん。――はぁ、それにしても面倒なことになった」


 私の体を再度固定してくれたヴァレリアさんは、またしても大きく息を吐き出した。よほどさっきの男の人に気づかれたことが嫌だったみたいだ。


「あの人って誰なんですか? 高位貴族ですか?」

「ああ、あの家紋はペルヴィス侯爵家だ。しかしあの男の名前は知らない」


 あの人、名前も知られてないんだね……何だか少しだけ不憫に思えてきたよ。


「ヴァレリアさんはあの人の気持ちを受け入れることはないんですか? 例えばあの人が貴族から平民になるって言ってきたとしたら……」


 何気なくその質問を投げかけると、ヴァレリアさんは悩んでいるのかすぐには返答をくれなかった。悩むってことは、貴族じゃなくなればあの人にも可能性があるってことだね。


 名前も知らない貴族の人、貴族じゃなくなれば可能性ありますよ!


 心の中で一応さっきの男性にエールを送っておいた。悪い人じゃなさそうだったし、上手い形に収まったらいいな。



 それから私たちは王都に到着して、まずは薬屋に戻ってきた。ここで全ての調薬を終わらせてから王宮に向かうのだ。


「ヴァレリアさん、私にも手伝えることがありますか?」

「ではこれとこれ、それからこの器具を洗ってくれ」

「分かりました」


 真剣な表情で調薬部屋に入ったヴァレリアさんを見送り、私は各種雑用に忙しく動き回った。


『レイラ、それは僕が運んでおくよ』

「ありがとう。お願いね。あっ、そこの薬草をヴァレリアさんのところに運んでおいてくれる?」

『任せて!』


 呪いの治療薬の調薬はかなり時間が掛かるようで、数時間が経過してもヴァレリアさんは調薬部屋に篭ったままだ。まだまだ時間が掛かるのかな。


「レイラー、何か軽く食べられるものが欲しいんだが、作ってもらえないか?」

「分かりました。後どのぐらいかかりそうですか?」

「……二時間ほどだな。塩辛いものがいい」

「了解です。少し待っていてください」


 あと二時間ならちょうど日が登った頃に調薬が終わるかな。その時間なら早い屋台は開いてるから、朝食はどこかで買って馬車の中で食べられるだろう。


 そうなると、今食べるものはお腹に溜まらないものが良い。塩漬け肉と……野菜のオリーブ漬けを小さな串に刺して食べやすくしようかな。


「フェリス、手伝ってくれる?」

『もちろん良いよ!』

「ありがとう。じゃあ台所に行こうか」


 それからフェリスに小さな串を持っていてもらい、私がそこに食材を刺していった。塩辛い串が五本できたところで、口の中をさっぱりさせるための果物の串もいくつか作る。


「甘いものも食べるかな? 疲れてる時は本当は甘いものが良いんだよね」

『レイラが作ったなら食べるんじゃない? ヴァレリアはレイラが好きだからね』

「ふふっ、そうかな。じゃあ一つだけ作ろうか」


 ちょうど材料があったので手早く一口サイズのパンケーキを焼いて、そこに蜂蜜を少しかけて串に刺した。これで完璧だ。


「ヴァレリアさん、できました」

「ありがとう。そこに置いておいてくれ」

「はい。あと少し頑張ってください。あっ、これ洗っておきますね」


 ヴァレリアさんが一つ目の串に手を伸ばして問題なく食べられていることを確認したところで、安心して調薬部屋を出た。


「私も軽く何かを食べておこうかな」


 洗い物を終えて少し時間ができたところでそう呟くと、フェリスが心配そうに顔を覗き込んでくれる。


『それが良いよ。ちょっと顔色悪いよ?』

「本当?」

『うん。栄養不足は治癒魔法でも治せないからちゃんと食べてね』

「分かった。じゃあ……さっき少し残ったパンケーキを焼こうかな」


 それからパンケーキを一枚だけ食べて気力を回復させ、また忙しく動き回っていると……ついに調薬が完了した。

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