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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒナゲシに君を思う夏

作者: 夏山茂樹

 方慈傑(ファンツージェ)が殺した男の妻は子供を連れて生きるためにとある村長の妻と子になった。その村は、夏になるとヒナゲシが赤く咲き、それは村の名産だという。

 方慈傑が村を訪れた時、村長に聞いた。


「なぜ虞美人草(ヒナゲシ)がこんなに綺麗なのですか?」


 確かに村の畑は赤い花で満ちていて、夜になると白い月光がさして赤は血のようだ。


 かつて家僕からの下剋上(げこくじょう)で争いに負け、居場所を無くした弟子と最後にまぐわってその最中に刃をその思い人に突き立てた思い出が、彼の中で蘇ってきて思わず笑い声を立てる。


「あははは……」


 いま思えば、弟子にとってあの情交が最後の願いだったのだろう。方慈傑の長い人生で、居場所がない男が最期に拠り所とするのは、大抵愛人や家族といったつながりだった。

 そのつながりになれなかった方慈傑は、愛した人間を自分の手で殺してそばに寄り添うことを選ばなかったことを後悔してきた。


 後悔はいつだってできる。行動はその時にならないと起こせない。彼は何度も後悔してきたが、弟子を殺した後の後悔ほど強く心に残るものはなかった。

  

 その度に方慈傑は涙を流す時もあったが、『陽光天師』と呼ばれ世間から尊敬される彼に涙を見せるほどの勇気もない。

 だから笑ってその後悔や罪悪感に対する感情を誤魔化しているのだ。


「何かありましたか?」


 涙を見られたのか? 方慈傑は焦って思わず声のする方に顔を向ける。


 そう尋ねてきたのは村長の息子であり、愛した弟子の一人息子にあたる青年だった。


 方慈傑は受けの面影を青年に見た。自分を「師尊(しずん)」と呼び、「自分のために生きてください」と手練手管(てれんてくだ)で初めての感情を教えてくれたあの弟子だ。


「誰が虞美人草を最初に植えたんだい?」

「私の母です。実父が死んだ後、墓には虞美人草がたくさん生えてきたそうです」

「そうか……」


「私の実父は自殺したと聞きました」


 青年の母は、弟子の妻だった女は事実を隠している。だが方慈傑が刃を突き立てた時、わざと体を動かして急所まで移動させた弟子の行動は確かに自殺だったと彼は思っている。


「赤い花で満ちた畑」は青年の母が方慈傑にした遠回しの復讐のように思えた。


 そんな予感を微かに感じていると、弟子だった頃の思い人がニヤけて「しずん」と揶揄(からか)うように話しかけてくる。


「早くこっちに来てくださいね」


 全ての類の執着を()て、欲のない存在にならないと飛昇(ひしょう)して神仙になることはできない。


 方慈傑は弟子に誘われた時、その道を外れてからずっとそのままで来た。


もういいんだ。もういい。


「何が『もういい』んでしょうか?」


 青年は方慈傑が思ったことをそのまま口にして意図を聞いた。


 自分の思いが口に出たことに驚くと方慈傑は少し黙ってから、おほんと咳をしてごまかす。


「いや、昔のことを思い出しただけだよ」

「そうですか」


刹那、青年が穏やかな笑みを返すと赤ん坊の泣き声がした。


 小屋から生まれたばかりであろう赤ん坊が、乳母に背負われながらヒナゲシ畑の方へ向かって行く。


「あ! 阿蛍、お前は泣き虫だな」


 青年が赤ん坊の方に駆け寄ってあやそうとするが、尚更赤ん坊は大きな声で泣き出す。


 元気な赤ん坊の泣き声は夜の静けさをつんざいた。


「ほらね、畑でお花でも見ようね」


乳母が慌てた様子で『阿蛍』と呼ばれた赤ん坊をあやしながらひなげし畑へ向かって行った。


「『阿蛍(アーイン)』は元気だね」

「ええ……私の初めての子供なんです」


 赤ん坊の祖父にあたる弟子も名前は「(イン)」だった。昔の記憶を引っ張り出してくると、方慈傑は涙がこぼれないように月を見上げ、目をつぶった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ひなげしは美しい花ですが、色々なことを連想させます。本作品では表にできない人と人との関係を花の有り様に準えることでうまく描かれていると存じます。 [気になる点]  特にございません。 […
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