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転生したら三両の値札が付いた  作者: 十八 十二
式神契約
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直帰

221204 改稿 

「いくらだ」


 と、小柄な女が偉そうに言った。

 女の目元を隠すゴーグルに、服を剥かれ、パンツ一丁のオレが木枷を嵌められた状態で映っている。


「三両だ」


 と、女の隣で大男が指を三本立てて答えた。


「買おう」


 言って、女がゴーグルと狐の面を取り、その素顔を晒した。

 見惚れた。ため息が漏れた。

 オレ、金倉七大十は異世界に転生して恋に落ちた。

 コイツの隣に立てるのなら、身代わりでも肉壁でも、何でもいいと思えるほどに。




 オレが死んだのは日、感覚的には昨日のことだ。

 その日の暮れ、オレは実験を適当なところで切り上げて研究室を飛び出した後、速足で駐輪場に向かった。スマホで時間を確認したところ、一八時五九分、推しのVtubarの『ライブ配信まで44秒』だったから確かにその時間だ。


 それから原付に跨り、煙草に火をつけてから、キーを捻り、アクセルを回して帰路に就いた。帰宅ラッシュの時間帯でもあり、道は混雑を極めていた。


 しかし、オレは路肩を走り、車の行列をすり抜けて行った。原付の真価は渋滞にときに発揮されるのだ。

 渋滞にイラついているであろうドライバーたちを尻見目に吸う煙草が美味いこと美味いこと。


 煙に舌鼓を打っていると『こんティアー』、と『ケティナ・コート・ディフォーネ』の声がイヤホンから流れてきた。


『……はい、えー……今日はぁ、お前らが「やれ」ってうるさいんでぇ、ホラゲします……。 あー、めっちゃ嫌……』


 本当に嫌そうな声を聞いた瞬間、頭の中に、嫌だ嫌だと首を振って、青紫色の長い髪を揺らす推しの姿が浮かんだ。思わず気持ちの悪い笑いが零れる。

 オレはその妄想と一緒に煙を肺一杯に吸い込んで、さらに原付を加速させた。一秒でも早く、推しの配信を見たかったのだ。


 ずらりと並ぶ車を次々と追い抜き、交差点が見えてきた。あの交差点を直進して路地を曲がればすぐにオレの住んでいるアパートだ。


 車道側の信号はちょうどバスに隠れて見えない。代わりに歩道側の信号はまだ青、いや、ちょうど点滅を始めた。

 このまま突っ切ればギリギリ間に合う。オレはさらにアクセルを回した。


 スピードメーターの針がグングン右に傾いて、速度超過の警告ランプが点灯した。

 交差点の中では無理やり進んだ車が立ち往生しているが、原付が通れる隙間は十分に空いていた。


 交差点が間近に迫り、オレはほとんど吸い切った煙草をポイ捨てしようと左手を口元に持っていった。

 そのとき、歩道から斜めに横断歩道を渡ろうした自転車が飛び出した。


「ヤ!!」


 「ヤバい」の「ヤ」だけが口から飛び出し、ブレーキを握り締めた。

 空気を引き裂くような甲高いブレーキ音とタイヤが擦れる音がイヤホン越しにも聞こえ、浮遊感が全身を襲った。


 左手に煙草を持っていたせいで、前後輪のブレーキに差が生じたのだ。

 気付いたときには前輪がロックし、後輪が浮いていた。


 原付きから放り投げられ、目の前で地面と空が逆転する。頭上で、バランスを失った原付が、火花を散らしながらアスファルトを滑っていた。

 ゴロゴロとアスファルトに全身を打ち付け転がり、慌てて顔を上げた。不思議と痛みはなかった。


 大学生や会社員など、帰宅途中の人々が、歩道や車の中から心配そうにこちらを見ている。その中に青い顔で自転車にまたがる男子大学生と目が合った。

 心の底から安堵した。


「オッケー、轢いてない。よし、まずは原付どかして、アイツに逃げないように言って、あと警察呼んで――」


 考えていることをそのまま口に出しながら、立ち上がろうと手に力を込めた瞬間、突然、誰かが叫んだ。交差点に幾重にもクラクションが鳴り響く。歩道にいる大学生が一生懸命に手招きして、誰もがオレの左側を見て叫んでいた。


 何だと思って、その方向に首を振ると、一瞬にして視界が白く染まった。

 車だな、直感した。


 自分でも分からないが、不思議と落ち着いていた。逃げようとも思わなかった。

 真っ白な視界に大きな四角い輪郭が浮かび上がり、メーカーロゴや車のナンバーが見え、トラックだと分かって、


「あ」


 と思い出したように間抜けを声が漏れて、視界が暗転した。

お読みいただきありがとうございます。

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