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第1話 神話の時代

 西暦3600年──


 過ぎた科学技術を手にした人間に、神は鉄槌を下した。

 信仰するべき架空の生物はこの世に顕現し、人の敵と成した。


 地は割れ、海は荒れ、空は黒に染った。

 幾億もの人が苦しみ、そして死んだ。


 だが、人類は諦めなかった。安全な場所を求めては移動し、か細い生活を送りながらも、決して諦めはしなかった。

 そして人類は神に対抗すべく、とある技術を生み出した。


 コマンド──それは人の身にプログラムを施し、その身に力を宿す技術。


 数多のコマンドを開発し、そして調印し、人々は優勢となった。

 神を殺し、その力を身につけ、より一層神を殺していくようになった。


 だが、それは一時的なものでしかなかった。

 神はコマンドを手にした人類に対抗すべく、上位神、それも殺戮に関しては最上位の神、破壊神を送り込んできた。


 それだけで戦況は変わった。

 コマンドを調印されし幾千、幾万もの戦士が立ち向かった。


 だが彼らは全て、破壊神一人によって殺され尽くした。


 圧倒的な優勢を取り戻した神達だが、援軍を送ることはしなかった。

 それ故に、人類はこう思った。


──破壊神が最後の戦力なのだろう。


 それから、とある作戦が生まれた。

 それは破壊神を殺す為のプロジェクトだった。


 新たなコマンドを開発する為、数多くの天才が集まり、議論した。

 そして時が経つこと数ヶ月、人類はとうとう破壊神に対抗すべく手を打つこととなる。


 破壊神討伐部隊Λが、結成された。

 七人の戦士達が、破壊神を殺すべく、作戦に身を投げるのだった。



──



「皆さん、準備はいいですね?」


 破壊神討伐部隊Λ──通称ラムダ──の部隊員達は各国から集められた最高位の戦士であった。


 最高の肉体を持つ体に、最高のコマンドを宿したのだ。


 ふつう、コマンドは特性上、人の身ひとつにはひとつまでしか宿せない。

 だが、あまりにも肉体が強すぎたり、弱すぎたりするものには幾つも調印できる場合もある。


 ラムダの者達は皆、ふたつ以上の烙印を持つものだった。


「はい」


 部隊長であろう、白い髪のロシア人は努めて冷静に答える。


「絶対に、この悲劇を終わらせてください。全ての犠牲はこの日のために」


 皆、決意に満ちた顔で行く先を睨んでいる。


 向かう場所は日本、羽田空港。

 破壊神が最後に滅ぼした、外交手段を断つための一手だった。


「現地に日本人の部隊員が一名いると聞いています。着いたら直ちに合流し、戦闘準備が整い次第、戦闘を開始してください」

「分かりました」

「そろそろ着きます。最後の準備を各自お願いします」


 各々が各々のエンジニアのいる部屋へと入っていき、そこで最終確認を行う。


 戦士輸送用の重曹な飛行機が羽田空港から少し離れた地面に着陸した時、それが人類史上最高の戦いとなるだろうと、誰もがそう思っていた。




 時は過ぎ、飛行機が空港付近へ到着した頃。

そこに居たのは黒髪黒目の少年──日本人──だ。


 その少年を含め七人が合流し、最終打ち合わせを行う。


「カルビンは前衛で防御に徹してくれ。お前のガード(guard)が頼りだ」

「ああ、任せとけ」


 カルビンと呼ばれたガタイのいい金髪の男は気前よく返事をする。


「ラミン。お前は隙をついてライフル(rifle)を使え。ブースト(boost)も最大までしてくれ。できるか?」

「うん、任せといて」


 髪の青い、20代くらいの男も、意を決したようにそう返事をする。


「テディ、ブルーノ。お前たちは各自破壊神を錯乱するようにしてくれ。基本は自由だ。そうした方がやりやすいだろう?」

「ああ」

「うん」


 双子と思われる白い髪の少年達も、己の役割を理解し、首を縦に振る。


「俺は指示を出しつつ適当にカバーする。ノエルはヒール(heal)ケア(care)を少しでも負傷したやつに使っていってくれ。薬の消耗を抑える」


 回復は薬でしつつも、持てる量に限りはある。

 回復系のコマンドを調印されているものは、それだけで部隊の消耗を抑える重要な役割を果たす。


「最後に、ユウキ。お前は好きに動け。誰かがいなくなればそれを補うようにしてくれ」

「うん」


 唯一の日本人は最後に、気の弱い返事をする。

 オールラウンダーである彼を抜けたものと変えて代用する。破壊神相手には有用な手立てだろう。


「では、行こうか。今日で悲劇の幕を閉じよう」


 各々が心に決意を秘め、歩き出す。



 彼らが戦う破壊神が少女であることなど、今の彼らには関係ないことだ。



──



 羽田空港があったとは思えないほどに荒れ果て、地上には建物があったことなど分からない。

 強いて言うならば、多少残っている残骸を見て壊されたことが分かるくらいだ。


 不自然なほど平にされている地面に破壊神はひとり、佇んでいる。


「ライフル、撃て」


「|コマンド・ライフル《command・rifle》」


 およそ一キロは離れているだろう場所から奇襲を仕掛けるべく、男はコマンドを放つ。


 既にこの場にいるふたり以外は持ち場についていて、破壊神にもバレていることだろう。


 むしろそちらに気を引かせることで当てる作戦でもある。


 彼の右腕から放たれた弾は真っ直ぐ破壊神の胸を目指して飛んでいく。

 だがそれは、直接当たることなく、軌道を変えかする程度に終わってしまう。


「クソッ!場所を変えるぞ」


 彼らは外れたことを危惧し、場所を変えるべく移動を開始する。


「各員、当たれ」


 そしてそれと同時に他の部隊員に指示を出す。


 最初に動いたのはカルビンと呼ばれたガタイのいい男だ。


 破壊神の前に立ち塞がるように現れ、己のコマンドを使う。


「|コマンド・ガード《command・guard》」


 青白く透明な何かが彼を覆っていき、その身を固める。


 ただ破壊神と呼ばれた少女はそれを意に介さず、歩いていく。


「<破壊の奇跡>」


 破壊神がそう静かに呟くと同時、カルビンのガードは崩れていくかのように消えてなくなる。


「<破壊の──」


「「|コマンド・ソード《command・sword》」」


「──奇跡>」


 双子がカルビンを殺そうとする破壊神の動きを止めようとするが、睨む方向を変えるだけで彼らのコマンドすら破壊していく。


「|コマンド・ガード《command・guard》!」


 カルビンはもう一度ガードのコマンドを使い、次は破壊神に突撃していく。

 破壊神は一瞬驚いたような顔を見せるが、害にならないと感じたか、まずは向かってくる白髪の男の対処を優先する。


「<破壊の──」


「ラミン、撃て。」


「──奇跡>」


 白髪の男はコマンドを使わず、その身をもって破壊の奇跡を受け止める。

 予想外だったか、破壊神は呆気に取られる。


 その一瞬の隙。

 ここで隙を生むために彼がした行為と知らずに、止まってしまう。


そこに放たれる一撃──


「|コマンド・ブースト《command・boost》ッ!!|コマンド・ライフル《command・rifle》ッッ!!!」


 青い光を纏い、音よりも速く飛来する銃弾を破壊神は見切り、寸前で避けようとする。


 ただ、避けきれず、彼女は腕を失うこととなる。


「──ッ!」


 声にならない悲鳴を上げるも、誰しもがそれを好機だと思い、コマンドを使って近づいて行く。


 白髪の男にはノエルと呼ばれた女がついていて、回復をしている。

 死ぬことは無いだろう。薬もあれば、彼女の回復だって優秀なのだ。


「「|コマンド・ソード《command・sword》ッ!!」」

「|コマンド・ガード《command・guard》!|コマンド・ダッシュ《command・dash》ッッ!!」


 剣を構えた双子が目視できる限界の速度で両脇から近付き、カルビンはガードで硬くなった己をぶつけるように攻撃を試みる。


 ユウキと呼ばれた日本人は予備として近くで待機し、ノエルは治療中。ラミンはブーストを使い切り、休憩中だ。


 誰もが満身創痍に見え、破壊神すら殺せるだろうと思われたその時、本当に一瞬の出来事だった。


「<破壊の粒子>」


 破壊神の周囲数メートルに渡り、赤黒い球体のようなもので覆われた。

 それは一瞬で無くなったかと思うと、そこには三人の男が倒れていた。


 自分達はコマンドをふたつ以上使うのに、神が能力をひとつしか使えないなんて、そんな都合のいいことはあるわけがないなんて、気づいていた。それでも目を背けてきた結果がこれだ。


 ただ、破壊神の方もどうやら疲れているらしい。

 肩を上げ、ゼーゼーと息をする破壊神。


 冷静な目で見ればただの女の子なのに、誰しもが気づかない。


「ユウ......キ............行け...!」


 最後の力といわんばかりに、治療を受けていた白髪の男は言う。


 目には後悔と無念を浮かべて。

 仲間の死を悲しみ、嘆き、それでも進もうとする人の目をして。


 指示を受けてユウキは走る。

 すぐそこにいる破壊神を殺し、死んだ仲間を弔う為に。


コマンド(command)──」


 進んでくるひとりの少年を見て、破壊神は諦めたように笑った。

 その姿はとても暴虐の限りを尽くした神とは思えない。ただの少女のものだった。


「──ブレイク(break)


 突き出された右腕が無抵抗の少女の腹を突き破り、コマンドを発動する。

 それは赤黒く輝き、破壊神の身を壊していく。


「そう...貴方が.........なのね...。ねぇ、聞いて。私はただの女の子でいたかったなんて言ったら、おかしいと思う?」


 破壊神は、少女は、死ぬ寸前、ユウキを前に彼にだけ聴こえるような声で話を始める。


「私は、沢山殺した。殺したくなくても殺した。誰も私を救ってくれなかった。それでも、今救われた」


 聞いているか聞いていないかなど関係なく、彼女は話し続ける。


 ユウキはそれをただ静かに聞いていた。


「神の軍勢はこれで終わりじゃない。でも、もう大丈夫。これより先はもう強くない」


 安心させるような、子供をあやすような口調で語りかける。


「ねぇ、私を救ってくれたヒーローさん。もしも貴方が私の力を必要とするなら......これを、持って行って」


 破壊神がそう言うと、彼女の右目が赤く淡く光り、同時にユウキの右目も赤く淡く光る。


「ありがとう、英雄さん。救ってくれてありがとう。本当に、本当に、ありがとう」


 赤い光が消えると、そこに少女の姿はもう無かった。


「ユウキッ!」


 ただ、戦いは終わってなどいなかった。


 突如空から降り注いだ紫の雷にユウキは撃たれた。

 耳をつんざく程の轟音が辺りに響き、身を焦がす程の熱気が立ち上がる。


 三秒ほどだろうか。

 雷が消えた後、雷が落ちた場所には何も残っていなかった。


「ユウキ......?」


 破壊神を倒してみせた少年が消えたことに焦りを覚える部隊員達は、それでも冷静さを瞬時に取り戻した。

 そう、とあるものを見て。


──雷の降り注いだ地点から上を見上げると、神の軍勢が降りてきていた。


「まだまだ、終わってないのか......」


 苦笑いをしながら、白髪の男は立ち上がる。


「まだ傷は...」


「悠長にしてる時間はないらしい。お前ら、生きてるか?」


「うん」

「はい」

「うむ」


 破壊神の攻撃によって死にかけた三人組は、防具に組み込まれた回復システムで回復しつつあった。


「早速だが、神様がお出ましだ。最後の力、振り絞れっ!」



──



 それなりに自分が不幸だった自覚がある。


 好きでこんな世界線に生まれたわけじゃないし、好きで戦いに身を投じたわけでもない。


 ただただ、自分に才能があっただけで、精神が勇者だとか、そういうんじゃない。


 人類で唯一、コマンドを8個宿せることを知った時は自分でも驚いた。


 ただコマンドが少し好きな程度の人間だった自分にとって、これは喜ばしいことであると同時に、研究を続けられなくなる、戦線に身を投じなくてはならなくなる危機でもあった。


 だから、自分で自分の為の最強のコマンドを作り上げようと努力した。


 でも気づいた。


 最強なんて、一概に決まるものじゃない。


 どれだけ一撃が強かろうと、避けられれば意味が無い。

どれだけ素早かろうと、攻撃に意味がなければ意味が無い。

 どれだけ硬かろうと、攻撃が出来なければ意味が無い。


 求めても求めても求めても求めても、出てくるのは深淵だけだった。


 だから、このコマンドを作り、その上で軟弱な自分の体さえ作り替えた。



 |コマンド・コピー《command・copy》



 それが作り上げられた最高傑作のコマンドだった。

 制御が難しくて、使ったことは一度もないが。


 神をいつかきっと皆殺しにし、またコマンド研究に勤しもうと思ってた道半ば、神に殺されるとは。


 それも不意打ちで。


 でも、不思議と後悔はしていない。

 何故ならここは死後の世界なんかじゃないからだ。


 打たれた雷によって辿り着いた場所を、1000年前の人々はこう言ったらしい。



 異世界、と。



 肉体は作り替えられたのに、コマンドは引き継がれている。不思議な状態でどうやら転生してしまったらしい。


 さて、目前の目標はできた。

 コマンド研究?コンピューターの無さそうなこの世界じゃできっこない。


 そう、もう決めたんだ。



──俺は神を皆殺しにする。



 この時のユウキは、ひとつ大きな失敗を犯した。


 前世、日本から引き継いできたものは、何も知識やコマンドだけではなかった。

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