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4話『俺の愚痴を聞く者に告げる、滅せよ』

 その日の夜。

 俺は家で、帰り道にコンビニで買った弁当を孤独に食していた。家といっても一軒家ではない。家の都合で両親が海外赴任しているので、高校生の俺は一人暮らし。高校生が一軒家を持てるはずもなく、マンションの三階住みである。


 或間駅から徒歩十五分。

 月の宮高等学校までは徒歩でニ十分程度の立地だ。

 薄暗く照らされた小汚い1LDKの部屋。


「……うむ。美味いな」


 電子レンジでちょいと加熱した、焼肉弁当を目の前に俺は椅子に座っている。付属していた割り箸を使い、肉をほおばる。

 炭火焼きとかで焼いた肉には、美味しさは酷く劣るが……それでも、美味い。


「はぁ」


 一つ、溜息。

 気が付けば、目の前の箱は空になっていた。

 コンビニ弁当にしては美味しいという感想だけを胸に、俺は燃えるゴミの袋に空箱をポイ捨てる。


『ブーーーー……ブーーーーー……』


 そしてタイミングを見計らっていたかの如く、スマホが振動した。

 電話の着信音か。俺はテーブルの隅に置いていたスマホを一瞥し、そしてソレを手に取った。


 誰からか。

 思い当たる節がない。

 ……なんてワケもなく。


 俺が連絡先を交換しているのは、ただ二人。

 実の父と、実の母とその二人だけだった。

 誰からか。その二人以外のはずがない。


「もしもし?」


 逡巡(しゅんじゅん)を乗り切ってスマホをタップし、自身の右耳に当て応答を待つ。

 プツン。と音が鳴り、聞こえてきたのはーーーーー。


「しもしもー??」

「はい?」

「よう、声からして元気そうだなぁ! 元気にしてる????」

「……っ、してない」


 それは、姉の声だった。

 ああ、そういえば……姉ちゃんとも連絡先は一応交換してたっけか。だけど、今まで一度も通話なんてしてなかったからすっかり連絡先を交換しただなんて忘れていた。


 連絡先を見つめることもない俺だ。

 仕方がないだろう。


「それにしても、急に電話って……何の用だよ」


 姉は成人済みで、大手IT企業に勤めるシステムエンジニアである。

 ……というか、この時間はまだ仕事中だったりするんじゃないだろうか。

 スマホの画面に記された時刻『18;23』を見て、そう感じた。


 まぁ、姉ちゃんは昔からお気楽+優秀だったから、それぐらい遊んでいててもやる時はやるからと上司に信頼されていたりするのだろう。


 意識をスマホに戻す。


「今日があれでしょ? 高校の入学」

「あ、ああ。……うん」

「なぁ、弟よ。端的に言って、どうだった?」

「どうって……」


 言葉が詰まる。

 ふざけんな、なんだその気持ち悪い質問は。

 コイツ、俺が陰キャと理解して言っているのか。

 ……知っているはずだ。(コイツ)は分かってて、言っているのだ。


「別に、普通だった」

「ふーーーん」


 俺みたいな小中て友達がいなかった陰キャに、慣れない場所に来た初日に良いエピソードが出来るはずがない。

 おかしいだろ普通。それは、青春を謳歌するヤツらがやる事だ。


 というか、いつも通りだったし。

 なんら変わりない。


「部活とかは、何にする予定なの?」

「ぶ、部活か……。まだ決めてない。というか、適当に高校は選んだから……何があるとか分からないんだよ」

「ほーーーん、そうか、そうなんだ。でもまぁいいや、三野には言っておいたし。ああ、そうそう。私一か月後になんか仕事が一段落しそうだから。その時になったら、あんたの家にお邪魔するわ! ばい!」

「は? おい、ちょっと待てクソ姉ーーーーき─────っ」


 そこで、通話は途切れてしまった。

 なんなんだ急に。あの姉は……。もしかして、唐突に、ほぼ用事もなく、かけてきたっていうのか?


 ─────電話代の無駄だな。


 ◇◇◇


 朝。心地よい陽光がカーテンの隙間からオレを照らす。今朝はちゅんちゅんと鳴くスズメの音が目覚まし時計代わりに、目を覚ました。

 快適な朝……といえば、そうだろう。


「はぁ、これから……あの地獄みたいなクラスで高校生活を謳歌しろというのか。くそう」

 まぁ、まだあそこを地獄と決めつけるのはあまりにも早計かもしれないが。


 兎にも角にも、俺はあの場所に通う事になった身なのだから……慣れなきゃいけないが。小中と陰キャぼっちを貫き通してきた俺からすれば、それは至難の業だ。


 なに、そう悲観することはない。

 なんたってまだ二日目だ。

 問題ない。特にな。


 俺は朝食として作ったトーストを食べ終わり、残った皿をキッチンに置いておく。今日はどうやら風が強いのか、外では春一番が靡く音が聞こえてきた。


 取り敢えずと俺は制服に着換え、鞄を持ち上げた。

 あまりこの姿には慣れない。まだソワソワしている。

 高校生は大人という認識で今まで生きていたが……どうやら、それは短絡的な思考だったようである。


「高校生も子供だな」


 高校の入学初日に俺が叩き出した答えが、それだ。

 高校生もまだ全然子供だよ。ちな、ソースは俺な。


 吐き捨てる様にそう呟いた後に、外へ出て……登校を開始する。


 今日は高校生二日目。

 ……授業も段々と始まろうとしている。

 つまるところ、ここが俺の高校生活がどうなるかという機転、分岐点とも言っていいかもしれない。


 ま、極論……この世界に生きるという事は。毎秒、(つづ)られる何千、何万、何億もの無限にも匹敵する選択肢を選んでいるのだから。


 常に機転を跨いでいるワケだが。


「……今日は晴れ、か。頭が痛くなりそうだ」



 ◇◇◇



 春街道と呼ばれる桜が広がる並木道を歩いていた。


 道路の両端に桜が均等に植えられていて、春には桜が大きく綺麗に咲く事からそんな名前が付けられたのだとかなんとか。

 因みにだが、この道を真っ直ぐ進むと或間駅に着く。


 まぁ俺の目的地は月の宮高等学校なので、途中で右折するのだがな。


「桜は満開……と」


 あまりにも陽光が明るい為、目を細めて先の桜を眺めていると不意にカップルのイチャイチャ姿が目に入った。

 ああくそ、汚物が目に……。


 俺は目をこすり、即座に視線を他へ移動させる。

 だが、それは目から離れず─────しまいには聞こえてしまった。『あーもう、〇〇の……馬鹿っ!』なんて照れ臭く言う女の声が。



 ああ、あああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?

 のどがかれる。


「っっ、……卑屈になるな、オレ。世界は欺瞞に溢れているんだ。アイツらも一見幸せに見えるが、実は違うかもしれないだろ? 腐れ縁とか、ただの友達とか、幼馴染とか……って、どれもほぼ一緒じゃねーか!」


「違う違う、オレの言いたい事はそんなんじゃない。……あのクソリア充どもは、一見ハッピーだが、……もしかすると女の方が『うわぁ、くそだりぃ』とか思ってるかもしれないだろがぁ⁉」


「そうだ、そうだ。だから俺は彼女なんて作らない。友達なんて作らない。……なにせそれが覇道だからだ。それが正義だからだ。そんな泥臭い関係を作るぐらいなら、俺は一人でいいね!」


「おおん⁉ リア充ども、喧嘩売ってるなら買ってやるよ? なんだ、バック投げつけられてぇのか!!!!!!!」


 そこまで精一杯の独り言で、大きく呟いてふと我に返る。

 気が付けば、俺はその街道でかなり目立っていた。辺りを見渡すと、頭がおかしい高校生を見る様な目つきでコチラを視認するヤツラばかり。


 ……やばい。オレの心の声が漏れていたのか⁉

 そこで重大な失敗に気がつく。


 思わず、ぐおおおおおと頭を抱え込んでその場に跪いた。


 ごめんなさいゆるしてくださいかみさま!!!

 おお、我が主神よ! どうか悪心を抱いた我にご慈悲を!

 今回のは本当に出来心だったんです、いやまじで。

 だから本当に許してください!!! 


 これがシュタ〇ンズゲートの選択だとか言わないでください!!!


 されど、そんな俺を見つめる町ゆくものの視線

 背中にソレはぶすりぶすりと刺さり、かなり痛い。


 慌てながらも取り返しのつかない事をしたなと失笑。桜の花びらはそんな姿の高校生を哀れだと告げるかのように、俺の目の前に散っていく。

 テメェみたいな地面に散ってくヤツらの方が哀れだがな、はっはー!


「……すぅ」

「俺は、正常な高校生だ」


 そして。冷静を取り戻した俺はむくりと体を起こして、学校に向かう脚を再稼働させるのだった。

 本心を抑え込む。

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