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25話『決壊の予感』

『赦された権利は誰もが行使出来る凶器であり、または防衛本能の一つである。』

 ……その一つ、謝罪する権利。


 オレはそんな言い訳を心の中で沸騰させつつ、逢瀬雫と共に職員室の端にある椅子に座っていた。眼下にはテーブルがあり、その先に座る美女の名は三野響。

 我ら創作部の顧問であり、数学教師だ。


 あの後、監視役っぽい男から逃れる為に人通りが多く標的を見失いやすい大通りを、わざと通りまくって学校に来たのだ。まぁなんとか、出来るだけ偶然見逃してしまった程度に思えるルートを通ってきたというワケだが。

 学校に着いたら、着いたでこの始末である……。


 何事もなく午前の授業を終え昼休みに突入したオレたちは、唐突に職員室に呼び出された。


 彼女(みの)はイライラした様子か、面倒くさそうに溜息をついてコチラを一瞥する。

 ───怒られる、のだろうか?


 なんとなく予想してみる。


「で、お前ら。仲直り、はしたのか?」

 が、三野から吐き出された最初の言葉はそうではなかった。


 やはり、三野響は三野響だな。


 仲直り。なるほど、と思う。……三野響、この人がどんな人かはオレは昔からの付き合いで何となくは理解しているつもりだ。だからこそ言えるが、この教師がオレたちに何があったのかを推察出来ないワケがない。

 それに加えて彼女の瞳からは、意志が伝わってきている。


「仲直り……、ですか」

「ああ。そうだ。喧嘩していたのだろう?」

「まぁ、そうですね。またしてもちょっとしたいざこざですが。ちゃんと仲直りしましたよ」


 だが、今のこの職員室には彼女以外の先生も数人いる。

 そんな中で、『抜け出した理由が彼女の自傷行為』の含まれる内容を話せるワケがないだろう。つまり、この教師はその話を濁らせたのだ。


 事を詳しく説明しないのならば……喧嘩も仲直りも、言い得て妙といえる。


 隣に座る逢瀬の眼を見て、了承を得る。

 彼女もその意味を理解してくれたようで、その話で進む。


 まぁ彼女もこんな公の場で自傷行為をしていたなんて言われたら、最悪だと思うだろうしな。


「仲直りする為に学校を無断で抜け出した事については謝ります」

「ああ。それは勿論……」

「すいませんでした」


 それに続いて隣の彼女も頭をぺこりと下げて、謝罪した。

 しかし、これはあくまでも表面上のモノだ。なにせ俺は昨日、ちゃんと学校を抜け出す時に三野に許可を取ったのだから。


 隠語的な感じで、だったが。


 オレたちが謝ると同時に、三野は近くの棚に置いてあった四百字詰め原稿用紙を二枚取り出す。


「さて、と。私としては可愛い可愛い生徒のちょっとした失敗だ。だから私の寛大な金と権力で許したい所であるが……どうやら、教頭がちと言っててだな。反省文を書いてもらう」

「そうですか。それにしても金と権力て……愛と勇気ではないですか」

「そんなモノ知らん。愛と勇気なんて嫌いだっ!」


 ……そうかそうか。

 そういえばこの教師、独身だったっけか。


「っと、そんな事は良い。取り敢えず、原稿用紙をそれぞれに二枚配るから。逢瀬と氷室。今日は金曜日だから、そうだな。……来週の月曜日までに書いて持ってこい」

「まじか。休日潰れる……」


 まぁオレはいつでも暇人間だから問題ないが、逢瀬は大丈夫なのだろうか。大変そうだが。


「逢瀬は大丈夫そうか?」

「そりゃあ勿論。私は創作部の部員よ? 文を書くなんてちょちょいのちょいよ……っ」


 おい待て。お前は確か成り行きで創作部に入っただけで、元々は柔道部に入ろうとしていたワケだよな? だから文を書くのが得意ってワケではないと思うんだが。というかまだ創作部に入ってから、全然経ってないだろ。


 そんなツッコミを無性に入れたくなる。


「その理論には理解が及ばないが、大丈夫なら問題ないか」

「ええ、それにしても……氷室クンは自分の心配をした方がいいんじゃない? 文を書くのは得意じゃないって話、前にしていなかったけ?」

「う……、そうだな。オレは自分の心配をした方が良いかもしれない」


 オレが昨夜見た彼女とは全く異なる、いつもの逢瀬から刺々しいツッコミを食らつつ。自身の無力さを嘲笑ってみる。


 というか、俺だって文を書くのが特別苦手ってワケではない。苦手なのは創造する事だ。想像する、イメージするのは得意だが……クリエイトな創造をするのが苦手なのだよ。

 0から1を創り出す強者というのは、実に天才だ。


 羨ましいにも程がある。


「じゃあ取り敢えず、頑張ってな二人共。これにて解散っ!」


 そして、三野はそう言ってこの話を終幕させる。

 何故か立ち上がり仁王立ちするうちの顧問だったが、事が終わったと安堵していたのか逢瀬はそんな顧問に対し目もくれずに職員室から去って行ってしまった。


 幾ら俺でもん? と三野に反応してあげたってのに。


「じゃあ、オレも帰りますね?」

 だが絶好のチャンスと断言し、オレはそう呟く。


 されど。


「待て、氷室。お前には別に話がある。……ついてこい」

 三野響には俺に対して別件があるらしく、そんな面倒な事を言われてしまった。


 ◇◇◇


 職員室を出て三野が向かった場所は、学校の屋上だ。

 昼休みの屋上。いつもならその風通しの良い場所で持ってきた弁当や学食に売ってるパンなどをここで食す生徒で賑わっているのだが。

 あいにく、今日は全くもって其処に生徒はいなかった。


 その理由は、今の天気だろう。

 昨夜から降り続けていた雨がやっと止んだかと思えば、先程から再び雨が降り始めたのだ。


 そりゃあ、嫌でも昼食を食べようとする生徒は屋内に行く。

 言い換えれば、此処は現在。人目が付かない場所である。


「わざわざ濡れる中、屋上まで来て……先生。どういうワケっすかね」

「それはお前に聞きたい事があったのと教えたい事があったからだ」

「教えてたい事と、オレに聞きたい事?」

「ああ。どっちから聞きたいか答えろ」


 というか、いつもの雰囲気と違う三野に驚く。それにしても究極の二択だな。この人から教えてもらう事も、質問を受け取る事も悪手な気がする。

 どちらにせよ、こんな人気のない場所に連れてきたんだ。


 悪い話である事で間違いないはないだろう。

 ……どちらにするか。


「じゃあ、オレに聞きたい事から」

「そうか……そっちからか。なら単刀直入に聞くが、お前は……氷室政明は、逢瀬雫の事をどう思っているんだ?」

「はい?」


 あまりにも脈略のない質問。

 何故ここで逢瀬雫についてが出てくるのか。驚愕しつつ、彼女の瞳に視線を合わせた。どうやら答えるしかないらしい。

 彼女の表情は至って真面目である。


 いつものイジリではない、か。

 これは比較的マジメに答える必要がありそうだ。


「いきなりそう言われても、どう答えれば良いか分からないですね。普通に友達だとは思っていますが?」

「そうか……普通の友達、か。私は個人的に逢瀬に期待している身だ。だからこそお前に聞きたいんだが。これからの逢瀬について、逢瀬はこれから変われると思うか?」


 どうやら三野は私情で、逢瀬に期待を寄せているらしい。

 何かあったのだろうか。少なくとも、逢瀬に対して思う事があるのだろうな。……三野先生(コイツ)も変わったと言うべきか。

 いいや、この人は何一つとして変わってはいない。


 変わったとすればただ一つ。

 ─────状況……か。


 なるほど。


「それでオレの見解を述べよ、と?」

「ああ。これからの逢瀬雫について、だな」


 それを答える事でオレに対してメリットがあるのかは分からないけれど、ここで断ったらもしかすると俺の立場が悪くなるかもしれない。

 一応、聞かれたからには答えた方が良いだろう。


「さぁ? オレは逢瀬じゃないんで、分からないですね。自分に推測してみろっていうんな言えますが、きっと彼女はこのままだと思いますがね」

「ほう、その根拠は?」

「根拠も何も。勘ですよ、オレの長年のね」


 正直に話してやる、それが適策だ。今は特にやる事も無いし、屋上への階段からも気配は感じられない。それに無難に過ごす為に行動するのが今自分のモットーだからな。


 ……神妙な顔つきで彼女はオレの話を聞く。

 因みにだが、こんな時でも三野は仁王立ちしている。


 そして、あくまでも濁して話す。


「勘、か。お前の」

「ええ、自慢じゃないですが……氷室政明(オレ)の勘ってかなり命中率高いんですよ?」

「そりゃ知っている」

「なら分かるでしょう。あんただって理解しているはずだ。……ヒトはそんな簡単に変われる生き物ではないことを」


 なにせ、高度な自我を持っている生物なのだから。

 長年貫き通してきたある意味、一つの信念の塊と表現出来る『自我』をいとも容易く変えれるワケがない。

 長年の積み重ねを壊さずに、改変するというのは至難の業だ。


 俺にだって出来ない。


「……くく。それを身をもって体験している人間だからこそ、言える事というワケか」

 ソレに関しては答えない。


 無論。その通りだが。

 だがやはり、彼女は何一つ変わっていなかったか。

 オレと三野の関係は、ただ状況が崩れた程度で変わるはずもない。


 当たり前といえば、当たり前だが。


「俺は今じゃ、これぐらいしか話す気にはならないですよ」

「そうか。それなら、それでもいい。……なら、もう一つの話だな。私がお前に教えたかった事だ」

「……」


 さて、三野が教えたかった話とはなんだろうか。

 分からないなと思いつつも、俺は彼女の話を聞く。何の話だろうか。もしかして、過去の話とかで因縁付けしてやる。とかでないだろうな?

 ……そんな事されたら、面倒だし困るのだがな。


 不穏に雨と風が鳴く空が広がる中、それは口にされた。



「それは─────」



 ◇◇◇


 やっとこさ気だるい午後の授業を終えて、俺はそそくさと部室へと出向いた。


 部室はいつもと異なり、静寂の対義語だと言い放つ様な空間。サッカー部と勘違いしてしまいそうなほど、視聴覚室(ぶしつ)の中から騒がしい声が聞こえてくる。


 何が起きているんだろうか。

 と一瞬思ったが、声を聞いて理解する。


 ……そういえば、新しく創作部に入部したヤツがいたんだっけか。


 まぁそうは言っても、半ば俺が勝ったから強制みたいなもんだったが。それは仕方がない。縦社会の現代においては仕方がないという便利な言葉一つで、ソレは片づけられる程度の事象だ。


「こんちわ」


 そんな中、息を吸い込んで禁地に足を踏み入れる。


「やっはろー、氷室クン!」

「おお、遂に来たっ! 私を倒した上手いゲーマーさんよよっ!」

「……今日は随分と来るのが早いわね」


 そこには遠山先輩、緋色坂、逢瀬が居て。


 オレに掛けられる言葉は様々だ。

 取り敢えず、それぞれに空返事をしておいて俺は自身の定位置である……部室の端にある席に腰を下ろす。

 そういえば、まだオレはまだゲームを持ち帰っていないのだった。


 ……目の前には、過去にオレが買ったゲーム機が置かれている。


「今日は随分と騒がしいですね」

「そりゃあ緋色坂ちゃんが、凄くノリが良いからね!」

「そうなんですっ、私……ノリに乗る事だけは特別なんだぜ?」


 緋色坂と先輩が俺の疑問に答えつつ、オレは部室を見渡した。三野先生の姿が見当たらないが……もしかして、アレだけ俺に伝えて帰ってしまったのだろうか。

 それなら、酷い迷惑だな。


 だが確かに、その件に関しては重大と捉えなければいけないかもしれない。あの件を聞いて、やっとこさ三野響の真意を理解した気がした。



 アイツはオレどころか、逢瀬すら利用する気なのだ。



 俺は心の中で溜息を吐いた。……全く、これに関しては本当に面倒くさいし災難と言わざるを得ないだろうな。もしかすると、だが……三野とアイツと後に全面戦争に発展するかもしれない。その覚悟はしておいた方が良いだろう。



 ……山城(やまぎ)路戸(ろと)



 オレは頭の中にある人物名を浮かばせた。

 そう、ソイツはオレが最も苦手とする相手であり─────先程、三野が話したのだ。数か月後『山城(やまぎ路戸(ろと)はこの学校に転校してくるつもりだ』と。


 それが本当の情報ならば、面倒な事になったと思う。


 されど。

 昨日もアイツはオレに接触してきたのだ。その可能性は、確かに大いにあると考えられる。それは限りなく真実に近い。

 そしてもしソレが真実だというのならば、


 つまるところ、俺への宣戦布告……、だろう。


「これは随分と厄介、だな」

「……どうしたの、氷室クン」

「いいや、何でもない」


 話しかけてくる逢瀬はまだ知らないだろう俺たちの事情。

 オレは独りで、数か月後の開戦をイメージした。



 冷戦の決壊は、未だ始まったばかりである。



『隠し事のない人間など、この世界には存在しない。そして秘匿するという行為も、この世界に赦された立派な権利だ』

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