9話 蘇る恐怖
記憶の不一致
太陽の光が眩しく僕を照らす。随分と年月が経ったように感じられる。どうやらここは東京の病院らしく、僕はずっと寝ていたみたいだ。ベッドの側には凛と三上先生がいる。僕が目を覚ましたことに気付き、二人一緒に立ち上がった。
「「おはよう!」」
「あ、ああ。おはよう」
二人揃って『おはよう』って夫婦かよ。まぁ明るい気分になれたからいいか。
それよりも先程から二人の様子が変だ。妙に暗く、目線が泳いでいる。嫌な予感がする。
「おい。どうしたのだ」
「え。あー。先生から言ってください」
「えっ。そうだな……。神楽お前に大事な話があるのだ」
「なんですか?」
「実は西園寺が息を引き取った」
あまりにも急な話であったので、僕は言葉を失った。三重での病院では、バイタルが安定していたのに、何があったのだ。僕は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。
「ど、どうしてですか。やはり三重での例の出来事が原因ですか?」
「三重? 何言っているのだ。あいつは殺されたのだよ」
「三重での出来事は関係ないのですか?」
「だからさっきから三重、三重ってなんだよ」
「えっ。凛行ったよな? 三人で」
「知らないけど。ていうか、私たち今会ったばっかりでしょ?」
何が何だかわからない。殺されただの、今会ったばかりだの、三重なんて知らないだの。皆記憶が飛んだのか。そうだそうに決まっている。
「どうしたのだよ。忘れちまったのか?」
「だ・か・ら、一体何の話ししているの? 記憶飛んだの?」
「神楽の呪いは覚えているか?」
「あんた厨二病にでもなったの?」
何一つ覚えていないことに驚き、頭の整理がつかない。三重に行ったことは確かに覚えているし、切符を買った時の領収書だって財布にあるはずだ。
「ほら、領収書あった!」
「見えるけど。私たちは行ってないわよ」
「そもそも、二人共その日は先生のところへ来て、一緒に勉強していたぞ」
まさか、今まで凛と翔琉だと思っていた人は別人だったってことなのか。それとも僕の妄想だったのか。記憶を無くしてしまっているのは僕の方なのか。
「あ、駅員さんとお医者様だ」
「はぁ?」
「悪い、ちょっとトイレ」
「えっ。ちょっと一人で行けるの?」
駅員さんとお医者様と話したことを思い出し、きっと何かが分かるはずだと期待して、インターネットで電話番号を検索すると、そこには恐ろしい事実が書かれていた。
――二〇二〇年一月一九日、加賀美病院放火事件。医者、看護師、患者、その他合わせて約一〇〇人死亡。重症者二八人。犯人はまだ見つかっていない……。
ネットの記事に記載されていた。二〇二〇年は今から二年前。つまり今は存在していない病院だった。それが事実であったとしても、僕は信じることができなかった。僕は確かに医者と話したし、あの病院の構造だって覚えている。
次に医者の名前も調べてみる。確か、加賀美院長だった。すると『日本が誇るスーパードクター加賀美院長死去』と書かれていた――
頭が真っ白になり、そして悪寒を感じる。怖くなって、いつの間にか叫びながら走り出していた。
「ああ――もう何なんだぁぁー。やめてくれ」
それを繰り返し、繰り返し叫ぶ。
やがて僕の家に着き、「ただいま」と言う。これがここでの最後の挨拶となるだろう。 引越しは明日だった。荷物をまとめるためクローゼットに近づく。するとそこからとても強烈な生臭い鉄の臭いがする。
恐る恐る開けてみると左腕があった。
でできました左腕。一体誰のなのか
次はもっと怖いかも?