35話 葛藤
「あんたたちがその墓に入るともう取り返しがつかなくなるよ。頼むから、今この時だけでも私のいうことを聞いてくれ」
これほど必死にシャドーピープルが訴えかけている姿を今まで見たことがなかった。一瞬、言うことを聞こうと考えたが、取り返しがつかないと言っても、それはシャドーピープルの都合が悪くなるだけのことだろうからどうでも良い。
「あんたの都合が悪くなるなんて最高だね」
一歩前に踏み出し、歩き始める。芽衣は少し不安そうな顔をしているが、僕が必ず守る。
『神楽以外はすぐに立ち去れ。さもないと……』
前回見た看板がまだ同じところにある。神楽以外の人間が入ると何か不幸が起きる。翔琉や凛はその呪いで死んだ。僕たちがこの墓に入ると、シャドーピープルは入ってこられない。ようやくこの戦いが終わる。
「いくなあああーーー」
背後から瞬きをする間もないほどあり得ない速さでシャドーピープルが飛んでくる。地面に強くたたきつけられ、馬乗りされ、身動きが取れない。
「どいてくれ。もう終わりにしたいんだ。あんたも、神楽家なんか追わずに普通に生きろ」
奴は顔をピクピクト小刻みに震わせる。次第に顔が赤くなり、眉間にしわを寄せる。
「ははははっ。ほんとに面白いな。あんた人間なんだろ。そろそろ本当の面を見せてくれよ。対等に戦おうじゃないか」
奴は黙り込み、口を開けようとしない。その隙を突き、逃げだし、墓に向かって走る。
〇
墓の入り口では雲一つない快晴だったが、墓の敷地内に入ると、空が鼠色の気味の悪い雲で覆われている。
眼前には苔が掛った石造りの棺がある。それには亡くなった年が刻み込まれている。
「これが君の墓か」とふわふわ浮いている神楽に聞く。
「ああ。この中に僕の遺体がある」
「了解。そういえば、君は普通の霊なんだろ? だったたなぜ、最初に会話した時に神なんて言ったんだ」
「あ……それは君を脅かすためさ。特に深い意味はない」
初代神楽は棺に目を向け、開けろと指示する。ここに来る前、これを開けると全てが終わると言われた。結局どういったことが起きるのかはその時教えてくれなかった。ここに来て、本当に開けてしまってもいいのか不安に思う。芽衣が横から不安そうに見つめている。
「なあ、これを開けるとどうなるか教えてほしい。ちゃんと知った上で、正しいことをしたい」
初代神楽は僕をまじまじと見つめ、突然笑い出す。
「今更何言っているんだ。正しいこと? バカバカしい。とにかく、そこを開ければ、シャドーピープルには殺されない。それだけは約束する」
悪戯。
この言葉が頭をよぎる。父の手紙に書かれていたヒント。初代神楽は正しいことをしたいと言った僕に対して笑った。そして、今更と言っていた。僕は何も悪いことをしてないのと、常に正しいことをしてきたと信じている。
開けると何が起きるのか分からないが、初代神楽はシャドーピープルから逃げ切ることができると言い、それを約束してくれた。僕はそれを信じたい。
「お兄ちゃんが信じたことを私も信じるよ」と芽衣は優しく微笑みかけた。
〇
やばいやばいやばい。あの棺を開けると、恐ろしいことが起きる。唯舞暉くんは何もわかっていない。早く止めなければいけないが、あの恐ろしい墓に立ち入るのは気が滅入る。命がけで止めに入るべきなのだが、足が思う様に動かない。
私がシャドーピープルになったのは代々受け継がれてきたというのもあるが、神楽家を小さいころから見てきたので、どうしても救ってあげたかった。何度も脅かし、恐怖を与えてしまったが、殺さなければと思う気持ちと、殺したくないと思う気持ちが混ざり、中途半端なことをしてきてしまった。唯舞暉くんはまだ殺せないので、少し安心はしているが、芽衣ちゃんはいつでも殺せる。それがどれだけ苦しくて、辛いことか誰も理解してくれないだろう。
以前、唯舞暉くんに飛べる理由を聞かれたが、それは私が生と死の間にいる人間だからである。つまり、生きているともいえるし、生きていないともいえる中途半端な存在だ。
シャドーピープルの存在意義は神楽家の抹殺。つまり、神楽家がいなくなれば誰もこの役割を担わなくてもいいし、私も解放される。一度なってしまえばもう普通の人間に戻れない。死の世界への道しか残されてない。どうせ死ぬならばこの墓に入ってもいいかもしれない。最後の任務だと思えば気持ちが軽くなる。
さあ行こうか。
呪われたフェイトから救いに……
〇
手がガタガタと震え、力が入らない。僕の頭上で浮遊している初代神楽に早く開けろと急かされるが、そもそも、これは一人で開けられるのか疑問に思う。今細かいことを考える時間はないので、もう一度体勢を整え、力を入れ石の棺の蓋を奥に押し出す。すると、数センチ動き、中が少し窺える。初代神楽は目を輝かせ、ニヤリと笑う。
「あはははははは、うひひひ。これで、これで、この世に再び戻ることが出来る。感謝するぜ、使者神楽。ずっと待ってたんだこの時を」
なにが、起きたんだ……まさか、こうなるとは……
忙しくてなかなか執筆できませんね。早く書き上げられるように頑張ります。




