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32話 抹殺を望む者

 数か月ぶりに母の声を聴いた。安心感からか、自然と涙が出てくる。


 唇の震えや手の震えが止まらない。大粒の涙が垂れ、唇のふちに溜まり、口の中に入り込む。


「しょっぱいな」


「ん? 何か言った。まあいいわ。それよりもごめんなさいね、急に電話なんかかけて。迷惑だってわかってるけど、やっぱり心配で」


「迷惑なんて思っていないよ。そもそも僕は離婚や一人にされたことを怨んじゃいない。事情があったんだから仕方ないよ。だけど、やっぱり寂しく感じるな」


 これほど一人が孤独だなんて予想だにしなかった。


「そうよね。だけど離婚するとき、お父さんから唯舞暉に近づくなって言われていたから、そっちに行ってあげられないの。本当にこんなこと反対だったんだけど。そもそも、子供作る前に言ってくれればね、誰も不幸になんてならなかった」


「それは言ったら駄目だよ。僕たちが生まれなければ幸せだったとは限らないし、僕らの存在を否定していることに気付かない?」


「ごめんなさい。無神経だったわ。実は私が唯舞暉に電話したのにはもう一つ理由があって、それは早くあの神霊スポットと言われているところに行ってほしいこと」


 いまだにあの日に起きた謎は解けていない。西園寺と綾瀬と一緒に行ったはずだが、二人は行っていないと言っていた。そして意識を失い病院に運ばれたのだがその病院が存在していなかったこと。


 もう二度と行くまいと決めたので行きたくはないのだが、そうすることで謎を解くことにつながるのであれば行くしかないか。いや、待て、待て、僕はもう関わらないことに決めたんだ。ここでまた中途半端に首を突っ込むと、事態がさらに悪くなる。そうならないために僕一人だけが死ぬこと受け入れた。


「母さん、僕はもうそれに関わることを辞めたんだ。数十年後だが死ぬ覚悟だってある。だからその話はよしてくれ」


「あなたのことだからそう言うと思っていた。だけどねそういう訳にはいかないのよ。あなたがあの墓に立ち入り、神様をホンキにさせた。だから、その呪いを払拭するのは諦めたのかもしれないけど、神様の怒りだけは抑えてほしいのよ」


 あの少年が初代神楽のはずだが、怒っているようには見えなかった。それに関わるのやめてから誰も死んでいない。


「あの少年に会ったけど、怒っていはいなかったよ」


「え、初代の神楽に会ったの。それはまずいわね」


「なにか問題でもあるのか。死者に会ったら死に近くなるとかそんな程度の話だったら……」


「そんなんじゃないわよ。もし会ったら、コン……ぎゃあーー」


「母さん、母さん。大丈夫か、返事してくれ」


――プー


 電話が切れてしまった。非表示電話だったので、母さんに携帯に掛けることができない。今どこに住んでいるかも分からない。一体どうしたらいいのだ。


 とりあえず今電話できる人……三上先生しかいない。




 鉄が混じった生臭い血の匂い。周りの空気をシャットアウトした特別な空間。残りあと二人。この仕事が終れば、もう誰も不幸にならないし、警察に怯えることもない。


 神楽……この苗字は抹殺しなければならない。後二人。一人はすぐにでも殺せるがあと一人は掟があり、あと数十年は殺せない。


 私の戦いはまだまだ続くが、私の子孫には絶対に苦労させない。こんな苦労するのは私の代までで十分だ。


 すぐにでも殺せるあと一人、腹をくくるしかないか。これも辛い選択だが、すべては平和のために。


「少し事態が変更したようだ。急いだほうがいいかもしれないよ」


「あら、そうなの。だったら腹くくって殺しに行こうか」


「もう一人、殺さなければならない人物がいる。そいつを殺ってから、その一人に行こう」


 解放される瞬間を待ち続けてきた、それがもう近くに……




 三上先生に電話をかけてみたが繋がらない。今頼りになるのは先生だけなのに、警察に相談してみるか……いや、住所も分からないのにどう言えばいいのか。とりあえず、倒れたかもしれないことを言ってみるか。


「もしもし、少し気になることがあって110番通報したのですが」


「事件ですか、それとも事故ですか」


「今のところ確定していないので、分かりませんがおそらく事件です」


「気になるとおっしゃいましたよね。まだ、起きていないのでしたら近くの交番にでも行かれてはどうですか。申し訳ないですがこちらでは相談は承っていないので……」


「誤解を招くような言い方をしてしまいました。事件は起きています。しかし、その方の住所が分からないのと、実際に見たわけではないので、あのような曖昧な言い方になってしましました」


「では、なぜ事件が起きたと……」


 警察は僕をめんどくさいやつと思っているだろう。声のトーンや口調から大した事件でもないのに通報してくるなと言われているようだ。


 腹が立つがここで切ってしまったら母さんの安否確認が一秒でも遅れてしまうと思ったので、気持ちを落ち着かせる。


「電話です。電話越しで母が急に悲鳴を上げて、何度も応答するように呼び掛けたのですが、結局そのあと電話が切れてしまったんです。母の電話番号を僕は知らないので安否確認できずに、とりあえず110番通報しました」


「なるほど。あなたが母親の電話番号をなぜ知らないのかは聞かないでおきますが、あなたは我々にどうしてほしいと」


 警察なのにこんな対応されるとは思いもしなかった。


 このような酷い態度なのだから母を探すように頼んでもなかったことにされるだろう。しかし、信じてくれるかもしれない可能性を捨てきるのは勿体ない。


「探してください。母の名前は神楽由佳、年齢は四五歳」


「一応探してみますが、ご自身でもお探しになってください」


「はい。では」


 ご自身でもお探しになってください。つまり、警察からはあまり探さないと言っているようなものではないか。警察に期待した僕が悪かった。


――ピロリ



「なんか嫌な予感がするの、助けてお兄ちゃん」




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