30話 道
無限に広がる白い空間に僕一人がポツンと立っている。しばらく歩くと眼前に一人の男の子が現れた。身長や見た目から一〇代の少年であることが窺える。お世辞にも健康とは言えないほと痩せ細っていた。ボロボロの羽織に何故か一足しか履いていないボロボロの下駄。虚ろな目、紫色の唇、青ざめた皮膚、何一つ人間らしさを感じられない。
「あ、あの、ここは?」と恐る恐る聞いてみた。
少年は一切表情を変えず、どこか遠くを見ているようだ。
僕はもう一度歩き出した。やはりどこを見渡しても真っ白な空間しかない。あの少年以外は誰一人いない。五分程歩くと、目の前に白い霧が現れ、僕の周りを覆った。次第にその霧は濃くなっていき、足元が見えなくなった。僕は焦ってその霧から逃げるように走る。そしてそこから抜けると、透き通った美しい川があり、その岸には色とりどりの綺麗なな花々が植えられている。
三途の川。
生死の境を彷徨った人たちは皆三途の川を見たという。僕もその生きるか死ぬかの境界線に立たされているのだろう。
三途の川ほど神秘的という言葉が合うものはないだろう。僕は渡るか迷う。ここで渡ってしまえば二度と現世に戻ることはできない。しかし、あの呪いの苦痛から抜け出すことができる。誰かに決めてもらいたいくらい自分で決断するのが難しい。
すると、三途の川を挟んだ向こう側に父が現れた。どうせ、追い払うのだろうと見ていると、何か言っている。
「時間がない、一度しか言わないから聞け、あの少年が呪いの元だ」と言い、消えてしまった。
『呪いの元』とはなんだ。あの少年をどうにかすれば呪いが解けるのか。しかし、あの少年はずっと突っ立ていて僕の声には応じない。そもそも動くのかも分からない。置きものの可能性だってある。とりあえず再び少年に話しかけようと思い、来た方向を思い出しながら走る。少年の後ろ姿が見え、「おーい、話を聞いてくれ」と叫ぶ。
―キーキー
黒板を爪で引っ掻いたような脳に直接響いてくる嫌な音を出しながら、少年は首を回し、顔をこちらに向け、口角を上げ、ニヤリと笑った。
気味悪く感じ、一気に鳥肌がたった。
そのまま少年は消えてしまった。それと同時に僕の意識も消えた。
◯
重たい目を表情筋全て使って開ける。見たことがある天井があり、すぐにここが病院であることに気がつく。
「やっと起きた!」
首を右に倒すと、市榮がいて、三上先生もいた。
「神楽、最近大丈夫か?」
「え、僕どうなったんですか」
「覚えてないの…あの雑貨ビルで急に倒れたのよ」
確か、シャドーピープルに追われて、殺された筈では…
「救急車を呼んでくれた市榮さんに感謝だな」
殺されそうだったが間一髪のところで市榮が助けに来て、救急車を呼んでくれたみたいだ。市榮はやつの姿を見たのか。
「市榮が…ありがとう」
「そういや、なんで神楽はあのとき倒れたの? 誰にやられたの?」
「え、見てないのか?」
「見た? 何を」
やつの姿は神楽家以外には見えないのか。僕にはハッキリと見えるのだが…そういえば、前にやつは『生きていない』と言った。つまり、やつは死者と言うことなのか。そして、やつの正体を解き明かすために、まず着目したのは彼の服だ。一九〇〇年代初期のアメリカでポピュラーな衣装を身にまとっている。おそらく性別は男性で日本語堪能であることから国籍は日本。やつの特徴で気になることがあった気がするのだが思い出せない。
「ああー、嘘嘘。た、多分貧血かなんかで倒れたんだったと思う」
「そういや最近神楽頑張ってるもんね」
「神楽…本当に大丈夫か? 西園寺や綾瀬のことは残念だったが、神楽には神楽の人生がある。どうか悔いの残らないように生きてほしい」
「ありがとうございます。よく考えたいと思います」
三上先生は机にフルーツの盛り合わせを置いて帰って行った。
「三上って人いい先生じゃん」
「ああ、まあそうだな。卒業する前くらいからずっと気にかけてくれてるんだよな」
「まるで佐藤先生ね」
「そういや、市榮は芽依に会ったのか?」
「いいや、会ってないよ。てかあんた達が喧嘩して出てきたから、話すにも話せないじゃん」
芽依はもう近づくなと僕に言った。勿論そうするつもりだが、せっかく時間をかけて見つけたのに会うなと言われるとかなり心にくるものだ。それに、そのせいで凛が死んだと言っても過言ではない。こんなこと思いたくもなかったが、そうやって何かのせいにしなければ自分の精神がもたない。
「なあ市榮、これか僕は何をするべきだと思う?」
「はあ? そんなの自分で決めなさいよ」
「どうも今は正常な判断ができそうにないんだ」
「そしたら、大学にでも行けば? あんた頭いいんでしょ? だったら一層の事日本で一番の大学にでも進学すれば?」
僕は昨年度の共通テストを受けた後、この呪いに悩まされ、その後の国立の二次試験を諦めた。確かにもう呪いに振り回されたくないのだったら、それを無視して好きな人生を歩めばいい。そして僕がやりたい事は…ない…特にないのだった。
「でも、何やりたいとか決まってないんだ」
「そんなの大学で見つけなさいよ。どうせそこら辺の学生はみんな夢なんてないって」
◯
僕は市榮にアドバイスされた通り、再び大学受験に向けての勉強を始めた。参考書や教科書は捨てずに取っておいた。まだ四月なのでどこまで成績が伸びるかは分からないが、できるところまでやりたいと思っている。
夜二時前、ちょうどキリがいいところで勉強を終え、ベッドに入る。
最近ずっと耳鳴りがしてよく眠れないのだが、今日はすぐに眠りにつくことができた。
―アキラメルノカ
「え、なに?」と誰もいるはずがないのに声が聞こえ、思わず起き上がり返事をする。
すると、目の前にあの白い空間で会った少年がいて、こちらを見ている。何か言いたそうな顔をしているが一切動かない。
「諦めるってなんだよ」
―シャドーピープルカラニゲテイキロ
シャドーピープルから逃げて生きろ? 何故少年がそれを忠告しにきたのか…この少年の正体はなんだ。




