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29話 エンプティー

 まるで牛が威嚇して鼻息を立てているかのような重低音強めのエンジン音の大きい車に乗り込む。そして、走り出すとまるでカーレーサーにでもなった気分にさせてくれる。どうやら僕は今ポルシェらしい車に乗っている。そしてそれで例のジャンボ武井まで行く。『ポルシェらしい』というのは、僕は車に関する知識を持ち合わせていないため、この車が本当にポルシェかは分からない。しかし、所有者の佐藤先生がそういうので間違い無いだろう。それにしても、助手席が右側というのはどうにも居心地が悪く、酔ってしまいそうだ。


「ジャンボ武井はね、この地域だと結構評判いいのよ」


「まあ、それはそうでしょうね。知り合いも多いでしょうし、悪く言う人がいるとは思えないです。まあ、表向きにはそう言うしかないですし…」


「あなた捻くれてるわね。誰もそんな付き合いだからなんて思っていないと思うけど」


「まあ、僕はここ最近ずっとマイナス思考なので」


「それ自慢することじゃないよ。芽衣とは逆ね」


 マイナス思考になってしまったのは呪いの疲れからかもしれない。心の中がモヤモヤと黒い霧で覆われそこからは黒しか出てこない。もともとは何事もプラスに考えるように心がけていた。しかし、そんな人間でも今は全てマイナスの考えしか思い浮かばない。これが病んでるってやつか。僕はどんな人間でも病むことがあると言うことを身をもって知ることができた。



「あのー、私の存在忘れてますよね?」


「あ、ごめん…そういや佐藤先生、市榮のこと言っていたんじゃないですか?」


「え、鋭いな。幼稚園の時担任だったからね」


「え、私知らないよ。佐藤なんて苗字」


「そりゃそうよ、だってあなたまだ小さかったもの」


 確か芽衣と市榮が会ったのは幼稚園って言っていた。記憶があると言うことは、小学生に上がる前だろう。しかし佐藤先生と会った記憶がないと言うことは、その時市榮や芽依が三、四歳くらいの時だったのかもしれない。その後、佐藤先生が芽衣を担当することがあったとしても、市榮を担当することがなかったのかもしれない。


「てか、ジャンボ武井結構いいですよね?」と市榮が目を輝かせて言った。


「ほら、市榮さんもそう言ってるんだから素直にジャンボ武井が評判いいって認めなさい」


「はいはい、認めますよ」


 車はジャンボ武井の駐車場に入り、できるだけ入り口から近い位置に駐めて、ドアハンドルを引き、地面に足をつける。余計なことを言われないために市榮は車に残した。


 先生は車に鍵を閉めた後、店のドアに近づかず窓の方に行った。そして、「神楽くんこっちこっち」と手招きしている。


「ちょっと何してるんですか、早く入りましょうよ」


「この子、この子が芽依。あなたの妹よ」


 ゆっくりと目線をそちらに向けると、母とほとんど変わりない顔がそこにあった。両親が離婚して、一人で暮らすようになってから三ヶ月程しか経っていないが、もう懐かしく感じ涙が染み出てくる。


母さんは今何しているだろうか。母は父と結婚してから専業主婦だったので、しばらく仕事をしていない。それから社会に戻るのは体力的にも精神的にもきっと大変だと思う。なんとかして、支えることができたら良いのにと悔しく思う。


「やっぱりここにいたー」と先生が子供みたいにはしゃいだ。それを見た芽依が不愉快そうに先生を見つめている。




「先生…付いてこないでくださいよ」


 先生普段芽依のことを付き纏っているのか。なにかとても嫌がっているように見えるが…いや、これは反抗期みたいなものか…きっと先生がずっと守ってて近くにいるから、鬱陶しく思えるのだろう。


「ねえ。芽依ちゃん…怒らないでね…」


「いや、、流石に追ってくるのはダメでしょ? それよりもその隣の人誰ですか?」


「やっぱり気になるよね…」


「早く言ってください」


「彼はあなたの兄…神楽唯舞暉くんよ」


 僕のことを全く知らないと思うが、兄であることを認めてくれるだろうか。僕や両親のことを恨まないでほしいと思うが、そんなことを願うなんて烏滸がましすぎるか。


「ふふっ、あなたが兄ね…悪いけど、美優と先生は席を外してくれる」


「ええ、いいわよ。そしたら美優さん車に戻りましょうか」


 二人が店の外に出たのを確認し、芽依は「で、今更なんの用?」と冷たく言い放った。


「え、そうだよね。僕たちのこと恨んでても仕方ないよね」


「捨てられたことなんて根に持ってないわよ、それよりもそうやって会いにきたのが鬱陶しい」


「そっち!? どうしても伝えたいことがあって来たんだけど、その話聞いても僕の存在が鬱陶しく感じたら、もう僕は君に近づかないし、会いにこないよ」


「ふーん、それで?」


 やっぱり捨てられたことをかなり根に持っているらしい。でもそれは当たり前か、僕がもし芽依の立場だったら、同じことを思っていただろう。まだ、無視されていないだけ感謝しなければいけない。


 そして、僕は父の手紙の内容や、呪いのことを全て打ち明けた。また、その呪いの被害を受けていないか聞いた。


 すると、芽依は体を震わせ、涙を流し始めた。


「そう言うことだったのね」


 事情があったとは言え、捨ててしまったことには変わりない。しかし、その理由が、愛されてなかったのではなく、むしろ愛されていたからだと言うことを理解してほしい。


「すまない。そして、最後に聞きたいことがある。今シャドーピープルというやつが芽依のもとに現れたりしてないか」


「ええ、最近私のところへ来たわ」


「本当か…やはりもう呪いの影響が…」


 するとドンっと大きな音を立てて芽依が立ち上がった。


「あんたらの仕業だったんだ。ああー、そう、へぇー。まったく…あんたら家族本当嫌いだわ。呪いの影響を避けるために捨てた? 自己中にも程がある。なぜ私だけ捨てた? それだったらあんたも捨てるべきだろ。あんたも神楽家じゃなくなれば、影響はないって考えなかったの? バカだねほんと…あんたら家族のせいで私の人生めちゃくちゃじゃない。その呪いの影響を私が今受けているのも、あんたと私が会うってことをシャドーピープルが予測していたからじゃないの?」


 芽依は何もわかっていない。僕は影響を受けることが決まっている。そして妹はまだなんとも言えない状況だった。だから、念には念をと神楽家から離すことで対策をとった。それを悪く言わないで、きちんと理解してほしい。


「僕だって被害者なんだよ。それに僕は影響を受けることが確実に決まっていたんだ。だから捨てても意味なかったんだ」


「ついに被害者面した。そして捨てたことを正当化し始めたよ…やっぱりあんたらの家族異常だわ。離れて正解さ」


「もういい、僕はもう使命を降りさせてもらう」


「勝手にすれば」


 せっかく妹と会って、守りたかったがもうそんな気持ちは微塵もない。



 僕たちはあの時と同じように雑居ビルのカフェに行き、コーヒーを飲んだ。そして、また店の外の窓から日の入りを眺め気持ちを落ち着かせる。どうにでもなってしまえと思っていた気持ちがあの時と似ている。


「そろそろ行こうか」とカフェの席に戻り市榮に言った。


「もう大丈夫なの?」


「ああ、もう帰ろうか…」


「本当にそれでもいいの?」


「ああ、やれることは全てやった。これ以上できることはない」


 会計を済ませ外に出ようとした時何か嫌な予感がした。やつでないことを祈ったがそれも無意味であった。呼吸が満足にできず、目を大きく見開いた。そこには、黒い靄がかかった人、つまりシャドーピープルが現れたのだった。足の力が抜け、尻餅をつく。ああ。これか死ぬのか…ありがとう僕の人生…



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