28話 夕日
先週また警察署に行って、僕が知っている全てのことを話した。とはいうものの、轢かれて死んだ事実以外に知っていることなどないが、警察官にその時の状況をもう一度説明させられた。
それから僕はずっと家に引きこもり、ろくにご飯も食べていない。生きる気力を失ってしまった。このまま餓死でコロッと逝ってしまえばなんて思っているが、お腹が空いたら何か食べてしまう。生きる気力を失ったとはいえ、やはり死ぬことは怖いのだ。その感覚がまだ残っているということは正気が保てているという証拠である。
まだまだ、僕がしなければいけないことがあるというのにここで立ち止まるわけにはいかない。たとえ、この先この呪いを解くことができなかったとしても、父から託された妹を守るという約束だけは絶対に守りたい。
一週間ぶりに外に出て走る。
体が随分と重く、何度も休憩を挟んだが、やっと五キロ地点にたどり着くことができた。これからもっと厳しいことがあるかもしれないのに、この体力ではいくつ命があっても足りないなと自分の弱さに呆れた。
「あれ? 神楽じゃん、奇遇だね」
「お前絶対つけていただろ?」
もう二度とみれないと思った顔がそこにいた。そして同時に早く離れなければいけないと思った。
「私、神楽にどうしても伝えたいことがあって…」
「もう、市榮とは関わらないって決めたんだ。だから、お話があるなら、そこらへんにいる爺さん婆さんにでもするといいさ。きっと彼らは喜んで話を聞いてくれるはずさ」
―ペチッ
「何するんだ。いきなり殴るなんて」
「あんた何勝手なこと言ってんの? まさか、凛ちゃんが死んだことまだ引きずってんの? そりゃ、悲しいし許せないことだしすぐに立ち直れなんて言わないよ。でも、前に進まないでずっと立ち止まるのだけは許さない。それと、自分のことが悪いって考えるなんて贅沢だね、どんだけ自己中なんだよ。悪いのは全部事故を起こした運転手ってことにしておけばいいじゃない」
「そんなに単純な問題じゃないんだよ。市榮はそれを分かってないからそんなことが言えるのさ」
「なんて失礼な」
「もういい、帰ってくれ」
「はあ、分かったわよ、その前にこれを見て」
どうせ大したことないものだろうと思い、それを見た。しかし、それは、二度とはまることがないと思っていたパズルのピースを補う大切なカケラだった。
「おい、これって」
「うん、あの後何か他に手掛かりないかなって思って、全てのメールを読み直してみたの。そしたら、芽依が通ってる中学の制服の写真があったのよ」
「どこの中学のか分かったのか?」
「いや,私は詳しくないからね。でも、あの地域の学生に聞けばわかると思って…」
「いや、でかした市榮。またあそこへ行こう」
「私と関わらないって言ってたのは?」
「前言撤回。僕が悪かったすまない」
「はいはい。許してあげるわ」
◯
僕たちはまた、妹がいるであろう町に戻ってきた。雲ひとつない透き通った綺麗なブルーの空の下、気合いを入れて聞き込みを始める。
この地域の人なら、あの制服がどこの中学のものであるかすぐにわかるはずだ。
「あの、すみません。この制服に見覚えありませんか?」
老夫婦は口をぽかんと開け、画像に向けていた目をこちらに向け「わからないね」と言った。
「分からないっていうのは、この制服はこの地域の中学ではないということですか?」
「それもわからんね。わしらは普段体が悪くて家にずっといてる。買い物とかもすべて娘がしてくれるもんでな。今日は体調よくて久々にこう歩いてるんだ。だからすまんがその制服のことはわからないんじゃ」
「そうですか。すみません急にこんなこと聞いて」
「いやいや、別に構わんよ。それと、あんたたちがなにしてるのかは分からないが、うまく行くといいね」と言い、杖をついて二人歩いて行った。
「なんか、いい夫婦だね。私も将来ああいう風に二人で歩けたらなって思う」
「何言ってんだよ。お前は多分結婚できないと思うから諦めな」
「失礼な。私もてるんだからね?」
「良くいうぜ、彼氏できたことないくせに」
またこうやって喧嘩が始まった。いつもいつもなぜすぐにつまらない喧嘩になってしまうのだろうか。
「いい加減お互いを侮辱し合うのはやめよ。十八にもなってださいから」
「そうだな。落ち着こう。とりあえず今はこの制服がどこの中学のものかを特定するのに集中しよう」
しかし、まだ一〇時半すぎだからだろうか、あまり若い人は歩いておらず、高齢者か子供連れしかいない。
もしかしたら、子連れでも兄弟に中学生がいるかもしれないので、徹底的に子連れの親に聞いた。
「あの、すみません、この制服に見覚えありませんか?」
「あら、それは西学園中学校のじゃないかしら?」
「それ本当ですか?」
「ええ、私の息子もそこ通ってるから間違いないわ。でも、なんでそんなこと知りたいの?」 「ありがとうございます。実は人探しをしていまして…」
「あらそうだったの。見つかるといいわね」
お辞儀とお礼をしてすぐに西学園中学校を検索した。そして、それほど遠くなさそうだったので、歩いて向かった。
西学園中学校とは私立でかなり偏差値の高い進学校らしく評判もいいらしい。そんな素晴らしい学校に通えている妹を誇りに思う。僕よりも賢いなら、あの日本一の大学であっても問題なく進学できるだろうなと羨ましく思う。
「あの坂見て、まるで丘の上に建てられた監獄じゃん」
「た、確かにこの坂登るのは大変そうだな…でも監獄とは違うだろ」
「いや、評判いいって言っても、それは表面上だけであって、裏は結構やばいかもよ? 裏側なんて一般人はわかりゃしないからね」
「それはそうだけど、まあとりあえず行くぞ」
必死で上り詰めた先には三メートルを超える門があった。この厳重な警備の中をそう簡単に入れるとは思えない。僕は意を決して警備員に言った。
「神楽というものですが、め、芽依はいますか?」
「あなたは、その方とどういう関係ですか」
「あ、兄です」
「分かりました。少々お待ちください」と言ってどこかに電話をかけた。
「ちょっと、名乗らなくてもよかったんじゃない? それに、名乗ったら絶対に顔を合わせることになるのよ?」
「仕方ないだろ、こうするしかないんだ」
警備員が受話器を置き、こちらを向き「今、佐藤先生がこちらにきてくれるそうなので、お話はその先生にお願いします」と言った。
何とか追い出されずに済んで安心した。佐藤先生がきっと通すように言ってくれたのだろう。後で感謝しなくてはと考えているうちにその佐藤先生がは知って現れた。
「あなたが神楽芽依さんのお兄さん?」
「はい、神楽唯舞暉です。通してくださりありがとうございます」
「そしたら、まずミーティングルーム空いてるからそこまでついてきてもらえるかな」
「はい。あ、それと僕と一緒に来た市榮咲です。彼女も中に入れてもらえますか?」
「え、市榮咲? あ、うん、別に構わないけど、ミーティングルームに入るのはよしてくれるかな? 彼女は別室で待ってもらえるとありがたい」と市榮の名を聞いて、面を食らった表情を見せた。
「え、はい。わかりました」
近くで見ると思っていた以上に大きく綺麗で流石私立の学校だけあるなと思った。廊下を歩くと周りの生徒達の注目の的になっていることに気がつき、思わず目線を下ろした。こういう注目が集まる役に慣れていないためとても恥ずかしく、早くミーティングルームに着かないかと願っていた。
「市榮さんはこの教室で待っててもらえるかな? ここは次の時間も使われないから気にしなくてもいいわよ」
「はーい。じゃあ、神楽またね」
「ああ、絶対にその教室から出るなよ」
「ええ、分かってるよ」
とか言って、数分後には外に出て生徒と話してそうなんだが…まあ、気にするだけ無駄か。
◯
ミーティングルームに入ると、冷え切った冷たい空気を感じ、身を震わせた。
どうやらここは日が入りにくい部屋で、気温が上がりにくいらしい。そんな倉庫にでもすべき部屋をミーティングルームに割り当てたやつの面を見てみたいものだ。
「どうぞ、そこに座って」
「ありがとうございます」
「そろそろ来ると思っていたわ。芽依に会いにきたんでしょ?」
「え、なぜそれを…」
「私は芽依の幼稚園の時の担任だったの、それも、まだ彼女が神楽家だった時のね」
だから、僕たちを中に入れてくれたんだ、その幼稚園に僕も通っていたはずだし、知っていて当然だ。もちろん芽衣の事情も。
「なるほど、でもなぜ僕がここに来ると?」
「それはお父様にそう言われていたから、きっと高校生か大学生になる頃に来るだろうって」
「そしたら、あなたはずっと芽依の後を追っていたのですか?」
「追っていたって…もっといい言い方はないの? でもまあ、いいいか、それと似たようなものだしね。でも、小学生の頃は無理だった。その当時小学校の教員免許は持っていなかったから、彼女が小学生の間に中学校と高校の教員免許を取ったのよ」
「そうだったのですか」
「で、あなたは何しにここへきたの?」
「え、それは知らないのですか?」
「ええ、理由は聞かされてない、ていうか、聞いても信じないだろうから言えないって言われたよ」
「まあ、間違ってませんね。理由はちょっと説明しづらいのですが、一つ確認したいことがあってここにきました。それは芽依の安否です」
「安否? ああ、最近事故にあったからそれ?」
「事故? 事故にあったのですか?」
「といっても、単独事故よ、河川堤防から落ちたの自転車で」
恐れていた事態になった。やはり芽依にもこの呪いの影響を受けていた。確実とは言えないが、ここ最近で事故があったのなら、ほぼ間違いない。
「先生、今すぐ芽依に会わせてもらえませんか」
「ええ、いいけど。そういや今朝美優さんと病院行くって言ってたわね…今十一時四十五分でしょ? そしたらちょうど今どこかでお昼食べてるところだと思うわよ。お昼といえばジャンボ武井ね」
「え、ジャンボ武井がJKの溜まり場なんですか?」
「溜まり場って言えばそうね、だってあそこやすいでしょ?」
「ええ、まあそうですけど」
「まあ、私についてきなさい。ちょうど彼女に用事あったし」
「ありがとうございます」




