25話 病気の母
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「家じゃないって、どういうことですか? 凛ちゃん家知っているんじゃないんですか?」
「あー、えーっと、その…」
怒られることが怖いのか、言いたくなさそうな様子で足元を見つめる。
「どうしたんだ? 怒らないから言えよ」
優しくそう言ったら、凛は顔を上げて、僕の目を見た。
「えっと、実は、家の住所を聞けずに話が終わったんだ…」
凛はまた視線を落とし、ため息を付いた。
僕はどうしても芽衣と凛の間にあった出来事を知りたかった。何度もしつこく凛に話してくれと頼んだ。ただ単純に芽依の安否を知りたい。もし何不自由なく普通とは変わらない日々を送っているのならば会うつもりはない。この謎現象はすべて僕と関わることによって起きている。つまり、会うことによって、芽依を不幸にさせてしまうリスクがある。
凛は話したくなさそうな顔をしていたが、大きなため息をつき、目を閉じてわかったと言った。そしてゆっくりあの日あったことを話し始めた。
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雲一つない空とは裏腹に私の気持ちは大雨、いやハリケーンのように荒れている。週に三回程度母のお見舞いへ行くのだが、先週担当医から厳しいかもしれないと言われた。その予感がして、それなりの覚悟を持っていたはずだがいざそう言われるとやはり簡単に受け入れるのは難しく、一晩中泣きじゃくった。
母は半年前くらいに白血病と診断され、ここまでなんとか頑張って治療してきたが、もともとそれほど体力はなくあまり丈夫な体ではなかったため、だんだん衰弱していき、今は殆ど笑うこともできない。そんな姿を見てショックを受け、母親だと認めたくなかった。
父と母は数年前に離婚して、今は母と私と弟で暮らしている。弟はまだ幼く小学生だ。私は弟にお母さんは病気と戦っているから、もう少し待っていてねと半年前に伝えた。そう伝えて正解だったと思っている。それは心配をかけないためでもあり、それほど長期的な戦いにはならないだろうと思っていたためでもある。仮に長期的な戦いになったとしても病気は完治すると信じていた。よって弟はここ数ヶ月間母と一度も会っていない。母も寂しく思っているだろうが、息子のためだと必死に自分の気持を抑えてきた。そして、もし、最後かもしれない時が来たら弟を連れて来ると母に約束した。約束したときは最後なんてあり得ないと思っていた。まさかそんな日が来るなんて…
看護師さんに挨拶をしていつも通り母の病室へ向かった。ほとんど笑わない母だが今日はやけにテンションが高く私は驚いた。どうやら隣に新しい子が入ってくるらしく、母は少しでも良い雰囲気を作るためにまずは笑顔を無理に作っているみたいだ。看護師さん曰くその子はとても若い女の子で綺麗な子らしい。数日前に緊急搬送され、集中治療室に入っていたが容態が安定してきたため、普通の病室への移動が認められた。単独の自転車事故だが堤防から落ちたのがかなりの衝撃で危険な状態だったのだとか。
彼女が移動するときには会話ができると思っていたが、まだ昏睡状態らしく会話はできないだろうと言われた。そして名前を先に覚えて彼女が起きた時に驚かそうと思ったので聞いてみると神楽芽衣と言った。私はドキッとした。神楽なんてたくさんいる苗字ではないし、もしかしたらと思った。しかし、唯舞暉から姉や妹の話を聞いたことがなかった。本当にたまたま同じ苗字の子がいただけだと自分で自分を納得させた。
ついに彼女が移動してきたとき同じ病室の人達は皆温かく迎えた。もちろん彼女自身は意識がないので気づいていない。それでも、きっと彼女の心には届いていると思う。看護師さんが言っていたようにとても綺麗な子で、思わず眺めていると目元が誰かと似ているような気がした。しかし、それが誰なのか思い出せない。
「皆さん温かくお迎えしてくださりありがとうございます」と担当医が言った。
母は頬の力をめいっぱい使って笑った。ここ最近で一番の母の笑顔で、とても素敵だった。それだけで涙が出てしまい、周りの患者さんに笑われたが気分は最高だった。
「おそらく明日頃に意識が戻るのではないかと私は思っています。その時は皆さん仲良くお話してあげてくださいね」と言い、一礼して出ていった。
患者さんたちはそれぞれ明日何を話すのか計画を立て始めた。母もペンを動かそうとするが筋力がなくうまく書けない。私が書いてあげるよと言うと、母はありがとうと小さな声で言った。
翌朝その日は学校を休み、病院へ行った。それに母や周りの患者さんに驚かれたが、そんなに神楽さんのことが気になるなんて優しい子ねと言われた。芽依ちゃんのベッドの周りのカーテンを開けると友人と思われる人物がいた。
「ど、どうも…」なにを話しかけるか迷い結局中途半端な挨拶になった。
「はじめまして、私は同じ中学の大西美優です」
医師が今日起きるかもしれないと連絡を親か学校にしてそれが友人に流れてきたのだろう。
「よろしくね。そ、それじゃあ邪魔だと思うから失礼するね」と気まずくならないようにカーテンから出た。この子の目覚めを待つために学校まで休んだのにもったいないことをしてしまったなと思った。
午後に差し掛かろうとしたとき、「芽衣――意識が戻ったのね!」と美優さんが言った。その声に皆が歓喜した。まるで自分のことのように喜ぶ患者さんを見ると、また涙が出そうになった。そして美優さんがカーテンからひょこっと出てきてお辞儀した。そして堤防から落ちて一ヶ月眠っていたことや友達がとても心配していたことなどこの一ヶ月できなかった会話を楽しんでいた。
その会話を聞き私と母は微笑んだ。
あけましておめでとうございます。お正月に時間作って書きました!
内容が複雑になってきて大変かと思いますが今後もよろしくお願い致します。




