20話 気持ち
「生きてない??」
まさか幽霊だとか言うのではないだろうな…絶対にそんな事言わせてたまるか。そんなものは、ただの子供騙しで、映画やドラマだけの世界にしか存在しない。実際、幽霊は未だに科学的に証明されていない、きっと幽霊なんて脳の錯覚だと信じている。
奴の見た目は変わらず、中折りハットを被り、この季節に似合わないロングコートを着ていた。一九〇〇年代初期のアメリカのファッションは季節関係なく着用しているらしい。
「う、嘘だよ。お、脅かすために言っただけさ」
「急だが…あんたは恋人いるのか。好きなやつでも良い」
「何よ…急に。それには答えられない」
生きている人には分かるこの気持ち。奴に問いかけてみたが、やはり答えてはくれなかった。
「オマエヲコロス。オマエヲコロス」と突然発して、馬乗りになり、僕に襲い掛かってきた。奴の手は、僕に向かって段々と伸びてきており、なんとかして避けるために、体をバタつかせるが、全く微動だにしない。「殺される」と思ったその時、涙が頬を伝った。
僕はこれまで何度も死にたいと思ったことがある。しかし、いざそうなると、怖気づいてしまった。「死にたい」なんて表面上だけの言葉で、本当の気持ちは、「生きたい」だった。
「オマエノコト、ゼッタイニユルサナイ」と次第に奴の手の力が強くなっていき、僕は息が苦しくなってきた。生きたいのに、生きることが出来ない。どうしたら良いのだ…もう僕の生命力が僅かしかなく、意識が朦朧としてきた。「く、くるしい…」と最後の足掻きだと思い、力を振り絞った。
―ピンポーン
「神楽くん? 市榮です」
チャイムが鳴り、焦ったのか、シャドーピープルは姿を消していた。それに安堵し、そのまま眠りについてしまった。
○
白い長方形型のシートにブツブツと黒い点がデザインされた天井の壁紙を目にした瞬間、僕が病院にいることを理解した。昨日のことはよく覚えておらず。なぜここにいるのか思い出せない。頭に包帯を巻いているらしく、それのバランスが偏ると、首振り人形みたいに勢いよくそれが傾く。どこかで頭を打ってしまい、気絶したのだろう。
「あら、起きたのね」と点滴を変えに来た看護師さんが言った。
「ええ。まあ…ところでなぜ僕がここに?」
「覚えていないの?」
「はい…残念ながら」
「まあ、それについては先生からの説明があるから、よく聞いて頂戴。今先生呼ぶからね」
数分経った時、先生が到着し、僕の診察を始めた。
「神楽くんは、全く何も覚えていないのかね」
「いえ。覚えていないのは昨日のことだけですね」
「そしたら、その頭の怪我と、首のそれは分からないということだね」
「首元ですか…?」
「ああ。一度鏡で見てごらん」
鏡を見た瞬間、血の気が引き、目眩がした。そこには赤く腫れ上がった誰かの手形があった。首をきつく締められたのか、くっきりと濃く残っている。
「あの…誰がここに…」
「市榮さんだよ。お友達だと言っていたが…」
市榮? 誰だ…知り合いにそんな奴いたっけ?
「その方は今どちらに?」
「待合室にいているって聞いたよ」
全く誰か思い出せない。少なくとも中学や高校での友達ではなさそうだ。小学生か幼稚園生の時か? でも、なぜ、それほど前の友達が今僕のところへ来たのだろうか。とりあえず会って、お礼を言わなければと思い待合室へ向かった。
待合室に来たのはいいものの、僕は市榮さんの容姿を知らない。それでは、探しようがないから病室に引き返そうとした時、誰かが僕の名を呼び、勢いよく走ってきた。
「何戻ろうとしているのよ」
「え。君がもしかして市榮さん?」
「げっ、まさか忘れたの?」
「ハイ。スミマセン…」
「まあ、忘れるのも仕方ないか…だって私達小学生の頃塾で知り合っただけで、中学、高校は別だったものね」
思い出した。彼女は僕を小馬鹿にしてきた悪魔だ。あの頃、割合の計算が出来なくて、泣きわめいていたら、彼女は腹を抱えて大笑いをしていた。その他に授業中にお腹が空き、鳴ってっしまった時には、「先生! ここに食いしん坊いているー」と言い、クラス中大笑い、僕は大恥をかいた。そんな悪魔が僕に何の用だ。
「助けてもらったことには感謝しているが、僕は君のことが苦手でね…悪いが帰ってもらってもいいかな?」
「あの頃はごめんなさい。あの時の私は馬鹿で幼稚でどうしようもないやつだった。心から反省しているわ」
思っている以上に反省していて、驚きを隠せない。この謝罪を無下には出来ないと思い、心に溜まり、吐き出そうとしていた、憎悪を落ち着かせた。
「そ、そうかい。それで、話は変わるが、僕に会いに来たってことは何か用事があったからだよな?」
「ええ。もちろん!」
「それで、その内容は?」
「私…あなたのことが…好きなの…」




