19話 挑戦
―ああ。もう諦めようかな……
僕が解決したところで犠牲になった父や友人はもう戻ってこない。そんな世界で何をしろというのだ。孤独で中身のないつまらない人生を送るくらいなら死んだほうがマシだ。何をどう頑張ったって出来ないことだってある。何ならそのことのほうが多い。
しかし、優柔不断な僕は最後に『本当に僕はまた諦めるのか』と問いかけた。これで何回目だろうか。昔から何かに挑戦することを嫌い、いつも楽な方に逃げてきた。失敗が怖かったからだ。絶対に失敗しないことが成功であると今でも信じている。『失敗は成功のもと』と言われているが、そもそも、失敗さえしなければそれは成功ではないか。だったらわざわざ失敗する可能性があるものに挑戦せず、楽に成功することだけを見てればいいではないか。
そう思っているはずなのに、今回のことを諦める決断が出来ない。理屈では説明できない何かが諦めさせてくれない。『諦めて楽になれよ』と何度も何度も訴えか、ける。頭では理解しているのに、心が理解してくれない。
シャドーピープルは余裕の笑みを浮かべ、小動物でも見ているかのような目で僕を見る。それが非常に腹立たしく、許せなかった。
「その目は何だ。煽っているのか」
「いや、ただ馬鹿だなと思っているのよ」
こいつまた僕を侮辱しやがった。
「諦めるわけ無いだろ。僕に託された使命があるのだよ。お前にかまっている暇なんてないのだよ」
「そうかそうか。いい子だな。だが、お遊びはもうおしまいよ。暇がないのであればすぐ殺して差し上げるわ」
冷静にいようと心がけていたのに、つい調子に乗ってしまった。僕の悪い癖だ。本気で殺そうとしている相手を挑発して言い訳がない。こういうときは下に出るのがベタだ。
「悪い、悪い。ちょっと言い過ぎたな。僕が悪かった。だから今回は見逃してくれよ」
「何言っているの」
「頼むよ。僕生きたいのだ。だから今度も見逃してくれませんか?」
「却下。あんた嘘下手だね」
「そしたらせめて妹と再開できるまで待ってくれないか?」
「あんたの都合だけで予定を変更することは出来ない。それに
妹さんならすぐに殺して天国に送ってやれるよ。そして天国であんたと再会をすれば良い」
「お前妹のこと知っているのか」
「そんな事今どうでもいい、まずは自分の心配をすることだね」
妹は既に奴の被害を受けている確率が高い。ならばもう一分でも一秒でも早く妹のところへ行って、守りに行かなければ。そのためには、今殺される訳にはいかない。
「頼む。この通りだ」と跪き、額を突いた。
「プッ。こういうのも悪くないわね。でもね、予定の変更は出来ない決まりなのよ。ごめんなさいね」
―駄目だ…
もう奴に何を言っても無駄だ。奴は本気で殺しにきている。でも、何かこの悪い状況を打開できる良い策があるはずだ。
―考えろ―思い出せ―何か、何か弱点があるはずだ
そういえば、奴は僕が家にいるとき、もしくは、夢を見ているときに現れた。つまり、外(現実)に現れることができないのではないのか。そうとなればすることはたった一つ。それは全力で走り外に出ること。今いる位置から玄関まではそう遠くないので、奴の気をそらさせ、全力疾走すれば僕の勝ちだ。
―よし! やってやる!
「その…トイレ流してくれませんか? 僕の嘔吐物が…」
「え、嘔吐物?」
奴は便器を覗き込み、顔を顰めた。
―今だ!
僕は立ち上がり全力で走る。しかし、夢の中のように動きが鈍くて上手く走ることが出来ず、焦り、足がもつれて転んでしまった。最悪だ。もうチャンスは訪れないかもしれないのに、なぜ大事なところでミスってしまったのだ。
―ミス…
僕は失敗してしまった。これが失敗するということなのか。自分が惨めで情けない。これほど胸糞悪くなるなら、やはり挑戦するべきではなかったのか。諦めるべきだったのか。
いいや、それは違う。今まで気付かなかったが、そもそも挑戦することを決めた人間が、後悔をするのは矛盾している。自分で決め、本気で取り組み、失敗しても、やらなきゃよかったなんて思わない。なぜなら成功や失敗以前に、挑戦することに意味があるから。つまり、結果よりも大事なものもあるから。視点を変えて考えると、違ったものが見えてくると思う。
以前の僕は考えが浅はかで、表面的なことしか考えられなかった。だが、もっと本質的なこと、つまり人間的に成長しているかを考えるべきだったのだ。人は挑戦することで知識や教養、常識などを身につけ成長していくものだ。僕はもっとそういうところを見るべきだったのだ。もっと早く気付きたかった。
それに気付くことが出来たのは良かったものの、今が悪い状況であるのには変わりない。
「気になっていたのだが、なぜお前は飛べる?」
「それより、あんた今逃げようとしたわね。よくもそんなふざけたことができるわね」
「おやおや、答えになってないよ。ちゃんと質問に答えてよ」
「あんたムカつくわね」
「ああ。そうだね」
シャドーピープルの機嫌を悪くさせることで何かボロが出るかもしれない。焦ったら負けなのだ。ゆっくり奴の弱点をあぶり出そう。
「もう、あんた調子に乗りすぎよ。今すぐにあの世へ送ってあげるわ」
「ええー。その前になんで飛べるのか教えてよ」
「ああー。もううるさい。そんなの生きてないからに決まっているでしょ! あ!」




