17話 父の日記
この日記は神楽家の成長、また呪いについての日記である。
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二〇一一年四月
私には八歳の息子と三歳の娘がいる。
私にとって子供達は宝物でかけがえのない存在だ。しかし、神楽の呪いがある限り私は決して子供たちと仲良くすることはできない。これまでの育児や家事は全て妻に任せた。 妻には感謝してもしきれない。
それに比べ私は仕事しかしてこなかった。そして子供たちの前では一切感情を露わにしなかった。理想とはかけ離れている酷い父親だが、私にはそれ以外にどうすることもできなかった。
妻には何度も『少しでも褒めてやれませんか?』や『少しでも遊んでやれませんか?』などの言葉をかけられたが、やはりどうしてもそれはできないと答えた。この姓で生まれていなければ子供達に寄り添い、親身になり、時には厳しく、時にはフォローしてやれるような父親になっていただろう。
この呪いの恐ろしいところは子供を絶やさせないと言うことだ。つまり、何かの力で必ず結婚させて子供をつくらせるということだ。決してこの力に抗うことはできない。そして何より私たちは初代神楽の直系の子孫であるということだ。
他の神楽の姓よりも厳しくて我慢を強いられるような時が来るに違いない。そしてそれを私の息子に継がせるのが辛い。
『どうしてこんな目に遭ってしまったのか』や『どうして幸せになれないのか』など、どこにもぶつけることができない怒りを溜め込む他なかった。
「お父さん、野球しよう!」
「お母さんとしてくれ――」
こう返すのは心が痛くて仕方がなかった。きっと彼は放って置かれることに怒りを感じていただろう。しかし、彼は諦めることなく『お父さんサッカーしよう!』や『お父さん明日の授業参観見にきてくれるよね?』など、私を誘い続けた。
二〇一一1年七月
あれから数ヶ月経った頃、妻がある提案を私にした。それは、娘の芽依を児童養護施設に入れると言う話だ。もちろん私は反対した。しかし、『これから悲しいことしか起きない家族なんかに居ても芽依が辛いだけだ。それならば施設に入り友達と仲良くして、呪いと離れたところで、幸せいっぱいの人生を送って欲しい』と妻が言ったことで私の心は少し動いた。
それから何度も何度も妻と議論しあった結果、結局、児童養護施設に入れることになった。芽依に二度と会えなくなることを考えると怖くて夜も眠れなかった。仕事にも支障が出た。
これではダメだと思い、私はついに感情を露わにした。子供達を前にし、大号泣をしたのだ。
子供達には私が無様に見えただろう。しかし、私は清々しい気持ちである。全ての想いを涙に乗せ、それを出し切れたことで気持ちが落ち着き、通常の私に戻ることができた。
二〇一一年一〇月
ついに芽依を児童養護施設に入れる時がきた。私は芽依を冷たい眼差しで見送った。反対に妻は暖かい眼差しで見送った。
芽依は何も理解出来ていない様子だった。これからは幸せに生きて欲しいそれだけを願った。
「お父さん、お母さん大好き」
芽依が最後に言った言葉だ――
私はありがとう、そしてごめんなさいと言いたかった――
でも私にはそれを言う資格がない――
二〇一一年一一月
芽依を児童養護施設に入れた後、唯舞暉から何度も芽依の行方を問いかけられたが、無視をすることしか出来なかった。
二〇一五年四月
彼が成長していくにつれて芽依に関する記憶は薄れていき、中学に上がる頃には何も聞かなくなった。
そして、私の寿命が刻々と近づき、私は焦燥感に駆られた。よって妻とよく喧嘩をしたり、友人との関係を悪くしたりなど情け無い事をしてしまった。
その時の家族の絆は皆無だった。誰も何も話したがらない、食事が終わるとそれぞれのの部屋に引きこもる。そんな地獄のような毎日が続いた――2016年――2017年――
二〇一八年四月
私の寿命が後三年もない時、唯舞暉は高校に上がり、毎日楽しそうに登校していた。それがどれだけ嬉しくて安心したことか……
唯舞暉にとって学校が唯一の安らぎの場であったに違いない。
「僕大学行きたいのだ」
突然唯舞暉がそう言った。私は数年ぶりに彼の声が聞けて嬉しかったが、何も答えてやることができなかった。
「唯舞暉がしたいことすれば良いよ。お金のことなら心配しなくて良いから」と妻が言った。それをきっかけに妻と唯舞暉は以前のように楽しく話すようになった。
私はその会話の内容を一つも漏らさずただ聞いていた。そして、全て記憶した。
「今回の定期テスト学年二位だったのだ。でも、どうしても一位のやつには勝てないんだ」
「本当に唯舞暉は頑張り屋さんね。自慢の息子だわ」
学業のことや、
「今日学校で翔琉と喧嘩したんだ」
「あら、翔琉君と? 大丈夫きっと仲直り出来るわよ」
学校生活のことなどありとあらゆることを隅々まで聞いた――
二〇二一年四月
ついに私の寿命が一年を切った。そして唯舞暉は高校三年生になった。妻と出来るだけ唯舞暉に負担をかけない最も良い方法は何かと考えた。そして、ついに思いついた策は、離婚することだ……私と妻が離婚することで、私が死んでも唯舞暉に知られることはない。
私が死ぬのは一月十九日と決まっている。そのため離婚はせめて共通テストが終えてからにしてやりたい。
決行日は一月十八日だ――
二〇二一年一月
一月十九日の朝、私は恐れながら外に出て仕事へ行く。これが最後の朝日だと思うと涙を流さずにはいられなかった。いつ何処で何が原因で死ぬなんて私にはわからない。ただ死ぬ時を待つことしかできない自分自身に絶望した――
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唯舞暉へ――
この呪いの恐ろしさはまだある。それは自分自身ではある行為を止めることができないこと。もしかするともう自覚しているのではないか?ある行為と濁しているのは直接それを書けないからだ。少しでもそれをこの日記に書けば、これも何かの力で文字が消える。何度も試したがそうだった。
唯舞暉にこの呪いが継承するのはおそらく私が死ぬ数日前くらいになるだろう。私はそうだった。これから先唯舞暉には、沢山の試練が待っているだろう。しかし、どうか私みたいに挫けないで欲しい。唯舞暉ならやってのけるそう私は信じている。そして、これから私たちのような犠牲者を出さないためにも全力で挑んで欲しい。
こんなことを言う資格は私には無いが、ただ放っておくのは無責任すぎると思った。
そして最後に唯舞暉に必ずしてもらいたいことがある。それは芽依を守ることだ。いくら神楽家を離れたからと言って絶対に安全であるとは限らない。何せ私たちは初代神楽の直系の子孫なのだから。しかし、接触することで不幸になることがあるかもしれない。それらのシステムはわからないが故に判断が難しいだろう。全ての判断はお前がすれば良い。自分を信じて突き進んで欲しい。
子供の頃遊んでやれなくて本当にごめんな――
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追記――
芽依が幸せでありますように――
2021年1月18日
神楽弥
三章の神楽弥編はこの話のみとなります。
彼がどれほど子供達を愛し、大事にしてきたのかがよく分かる話だと思います。
この想いが子供達に伝わるのか……まだ続く物語を温かく見守っていただけたら幸いです。




