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神楽芽衣は名前で呼ばれたい。

お仕事が忙しく、隔日投稿がベースになってしまうかもしれません。

すいませんが、よろしくお願いします。

 大人気バーチャル配信者たちとの打ち合わせも終わり、俺の日常はつかの間の平穏を取り戻していた。今後の打ち合わせはマネージャーさんが対応するとの事だったので、配信者と直接顔を合わせることはもう無いだろう。夢の時間はすぐ終わるのだ。


『千早くーん、遊ぼ〜』


 …………夢の時間は、すぐ終わるのだ。


『お〜い、オンラインになってるのは知ってるぞ〜』


 夢の時間はすぐに終わる。終わらないということは、これは現実なのかもしれない。


『何ですか?』


 俺がそう返信すると、間髪入れずルインが飛んでくる。


『エムエムやろ!』


 エムエムというのは今爆発的に流行っているバトルロワイヤルゲームのことで、チャンネル登録者数百万人を超える大人気バーチャル配信者・不可思議ありすの中の人である神楽さんはエムエムの大会を一ヶ月後に控えていた。


 ありすちゃんの放送も最近はエムエムの割合が高く、大手バーチャル配信事務所・バーチャリアルのコネもあるのか、大会に向けてエムエムのプロ選手と練習していたりするらしい。俺と練習している暇なんてあるんだろうか。


「…………」


 そう────今、俺のルインに鬼のスタンプ連打をしている表示名『神楽芽衣』は、大人気バーチャル配信者・不可思議ありす、その人なのだった。


 嘘みたいだろ?

 俺も夢なんじゃないかと疑ってる。


 と言っても、俺はありすちゃんのファンでは無い。寧ろ配信を見たことは一度も無かった。

 一緒に仕事をするのだから目を通した方がいいだろう、と最新の配信をその時初めて視聴したが、特に響くものは無かった。俺はこおりちゃん一筋なんだ。


『いいですけど、俺なんかとやってていいんですか?』


 今日も俺はこおりちゃんのエムエム配信を観ていて、俺もやるかとゲームを起動した所、神楽さんからルインが飛んできたという訳だった。アカウントは前に聞かれていたから、俺のログイン情報は神楽さんに筒抜けだ。


「…………ん?」


 俺のルインに神楽さんからの返信は無かった。代わりにデスクトップに着信を告げる通知が表示される。表示名は勿論『神楽芽衣』。俺はヘッドセットを装着すると通話ボタンをクリックした。


『やっほ〜。元気?』


 ヘッドセットから聞こえてくるのは、この前ミーチューブで聴いたあの声。最近はコンビニの店内放送でも流れているあの声だ。


 本当に大人気バーチャル配信者と友達になったんだ……と改めて実感する。


「えっと……元気ですけど。いいんですか、俺とプレイしてて」


 俺はルインでの質問を繰り返した。


『どういうこと?』


「いや、大会近いじゃないですか。もっと上手い人と練習した方がいいんじゃないかなって。俺、始めたばかりですよ」


『あははっ、それは大丈夫。練習のつもりじゃないからね』


「…………というと?」


 それは尚更良くないんじゃないだろうか。


 なんたってありすちゃんのチームは優勝候補に挙げられている。なにせ相方が前回優勝者のバレッタなんだ。もし優勝出来なければありすちゃんのせいだと責められかねない。


 …………前回の大会でもこおりちゃんのチームで似たようなことがあったから、出来ればそういう事にはなって欲しくなかった。


 そういえばその時の炎上の被害者は姫だったな。まさかあんな綺麗な人だとは思わなかった。

 バレッタもあんなに大人しい子だとは夢にも思わなかった。

 神楽さんは、ありすちゃんそのものに見えるけど。


『千早くんとゲームするのは単なるプライベート。ボクが遊びたいから、誘ってるの』


「…………なるほど」


 真っ直ぐな好意を向けられて俺は照れた。

 俺の人生でここまでストレートに感情を向けられた事があっただろうか。即答できる。無い。


 ……通話で良かった。きっと見せられない顔をしているはずだ。


「…………そういう、ことなら。神楽さんがいいなら俺は構いませんけど……」


『それ!』


「…………はい?」


『その話し方……何とかならない? ボクだけ千早くん、って名前で呼ぶのは不公平だと思うんだ。それになんだか他人行儀だし。ボクたち、友達だよね?』


 神楽さんの声にこもる妙な迫力に、俺は気圧されてしまった。初めて話しかけられたあの時のようにムスッとしているのがありありと目に浮かぶ。


 …………これは、名前で呼べということだよな……?


 女の子を名前で呼ぶのはいつ以来だろうか。大学の時は苗字にさん付けだったから、高校生以来か。


 顔が赤くなるのが鏡を見なくても分かる。

 女の子の名前を呼ぶ、というのはこんなに恥ずかしい行為だったか。


 覚悟を決めて、俺は腹から息を吐き出した。


「えーっと…………芽衣、ちゃん」


『………あは。えへへっ。なぁに、千早くん?』


「いや…………呼べって言ったから…………」


『まったくもー、千早くんは大胆だなあ! あははっ!』


 名前を呼ばれただけなのに芽衣ちゃんはとても上機嫌だった。

 自分がしたことでこんなに喜んで貰えるのは、素直に嬉しい。イマイチ状況は理解出来ていないけど。


『じゃあ、仲良くなった所で…………遊ぼっか、千早くん』


「…………うん、よろしくね、芽衣ちゃん」


 女の子と砕けた口調で話すのは慣れないけれど…………嫌じゃなかった。


 芽衣ちゃんと話すのは楽しいなって素直に思うのだった。

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