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身を寄せ合って

 芽衣ちゃんの身体は思っていたよりずっと小さくて、抱きしめると腕の中にすっぽりとおさまってしまった。

 女の子の扱いなんて分からなくてまるで壊れ物を扱うように出来る限り優しくしてはみたけれど、反対に芽衣ちゃんはこれでもかというくらい力強く抱き着いてきた。


「…………千早くん、夢じゃないよね」


 俺の胸に顔を埋めながら喋るものだから、息がかかって胸の所がくすぐったい。

 生まれて初めての感触に脳みそがショートしたのか「シャワー浴びててよかった」なんてのんきなことを思った。


「夢じゃないよ。俺も芽衣ちゃんの事が好きだ」


 もう一度同じセリフを繰り返す。胸の中で、芽衣ちゃんがビクッと震えた。


「…………もう一回言って」


「芽衣ちゃんの事が好きだ」


「…………もういっかい」


「好きだよ、芽衣ちゃん」


 背中に回された手の力が強くなる。そろそろ内臓が飛び出る心配をするべきかもしれない。


「め、芽衣ちゃん……ちょっと苦しいかも……」


 俺のギブアップ宣言に返答はなかった。その代わり少しだけ腕の力が弱くなった。


「…………もうちょっと、このままでいさせて」


「…………うん」


 俺の心臓の音でも聞いているんだろうか、芽衣ちゃんはほっぺたを俺の胸にくっつけて目を閉じていた。


「…………」


 俺は口では冷静を装っているけど内心バクバクだった。こういうことを考えるのは気持ち悪いかもしれないが芽衣ちゃんは何だかいい匂いがしたし、俺より少しだけ高い体温が妙に妄想を駆りたてた。お腹に当たっている一際柔らかな感触の正体は一体なんなんだろうか。


 初めて触れた女の子の身体は、何もかもが俺の想像を超越していた。


 多分芽衣ちゃんにはバレているんだろうな。恥ずかしいけど、芽衣ちゃんになら何を知られてもいいと思えた。


 俺は空を見上げた。毎日視界に入っているはずの星空がやけに綺麗に思えたのは、やはり大切な人と一緒にいるからだろうか。これから二人で色んな景色を見れたらいいなと思う。多分、何もかもが輝いて見えるんだろう。


「…………はあああぁぁぁぁぁ……………………千早くん成分補充完了!」


 芽衣ちゃんが俺の身体を離した。久しぶりに見た気がする芽衣ちゃんの顔は笑顔を通り越してもう溶けかけていた。


 俺は既に人肌が恋しくなった。今まで人の温もりを知らずに生きてきたことが信じられない。人は一人では生きていけないんだと思い知った。今すぐ芽衣ちゃんに触れたかった。


「えっと…………一応、確認なんだけど。ボクたち…………今から恋人でいいんだよね?」


 よく見れば月明かりに照らされた芽衣ちゃんの顔は真っ赤だった。多分俺も同じくらい赤いと思う。


「…………そういうこと、だと思う。俺は、芽衣ちゃんが彼女になってくれたら嬉しい」


「…………えへへ、ボクも」


 補給したりなかったのか芽衣ちゃんはまた抱き着いてきた。今度は優しく、確かめるようにそっと背中に手が回された。ふと顔を上げると月と目が合った。ごめん、もう少しだけイチャイチャするのを許してほしい。


 俺は月に謝ると、芽衣ちゃんの頭をそっと撫でた。





「────千早くんってさ、タイムリープって信じる?」


 芽衣ちゃんはキッチンで何やらごそごそしながらそんなことを言った。俺は借りてきた猫のようにソファに座っていた。


 …………タイムリープ?


 タイムリープってあの、ちょっと前に流行った映画みたいな、時が巻き戻るあれのことだよな……?

 信じるとか信じないとかそういうものじゃないと思うけど。


「ごめん、よくわからないかも」


「あははっ、そうだよね」


 芽衣ちゃんの方からグラスが鳴る高い音が響いた。飲み物を準備してくれてるのかな。


「千早くんって苦いの苦手だったよね? カフェオレよりココアの方がいい?」


「…………あれ、俺苦いの苦手って言ってたっけ?」


「うん、前に聞いたよ」


「そうだっけ。じゃあココアで」


「ほいほい」


 コーヒーとか苦手なの、割と隠してるんだけどいつ言ったっけ。通話してる時にポロっと言ってたかな。まあいいや。


 ほどなくしてグラスを両手に持った芽衣ちゃんが帰ってきた。てっきり向かいに座るのかと思いきや芽衣ちゃんは隣に腰を下ろした。そうだ、俺たちはカップルだったんだ。


「はい、どうぞ」


「ありがとう。頂きます」


 グラスに口をつけるとココアの甘い香りが口の中いっぱいに広がった。芽衣ちゃんは俺がココアを飲むのをニコニコしながら眺めていた。


「…………なんか、信じられないな」


 俺はぽろっと本音を口にしていた。


 隣に目を向ければ不思議そうに目を丸くしている芽衣ちゃんがいる。

 彼女自慢になってしまって申し訳ないが、芽衣ちゃんは美少女と形容して何ら不足がない顔立ちをしている。俺と違ってお洒落にも気を使っていて髪はふわふわしてウェーブがかっているし、肌は絹のように滑らかだし、目は猫のようにぱっちりしていて正直どうしてこんな美少女が俺を好きになってくれたのかその理由が俺には分からなかった。


 芽衣ちゃんは一体こんな俺のどこを好きになってくれたんだろうか。不安という訳ではないけれど、気にならないといえば噓になる。


「こんなこと聞いていいのか分からないんだけどさ、芽衣ちゃんって俺のどこが好きなの?」


 俺の疑問に芽衣ちゃんは即答した。


「そりゃあ勿論全部だよ」


「全部……?」


「んー、多分千早くんが思ってる以上にボクって千早くんに惚れてるから。申し訳ないけど一生離すつもりないからね」


 芽衣ちゃんが肩に寄りかかってくる。芽衣ちゃんはくっつきたがりなのかもしれない。


「ま、諦めてボクに愛されてよ。絶対幸せにするからさ。…………そうしないと、皆に合わせる顔がないよ」


 最後の方は小さくてよく聞こえなかった。けれど大切な所は聞き漏らさなかった。


「俺も芽衣ちゃんを幸せにするよ」


「あははっ、もう既に幸せなんだけどなあ。これ以上の幸せって、なんだか怖くなっちゃうね」


 他愛もない話をしながら身を寄せ合っていると、しばらくしてすぅすぅと可愛らしい寝息が聞こえてきた。


 エムエムの大会もあってきっと疲れていたんだろう。芽衣ちゃんは寝顔も最高に可愛かった。

 起こさないようにじっとしていると、いつの間にか俺も眠りに落ちていた。

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