表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野獣の花嫁  作者: 銀ねも
8/58

8.スズリヨ 執念の勝利

 ルルヴルグの広刃の大剣は長くて重く、果たし合いには不向きだ。スズリヨが得物とする長槍もまた然り。




 それを物ともせず、二人は互いを己の刃圏に捉え激しく打ち合う。




 丁々発止と切り結ぶ刃の剣呑な響きが虚の渓谷に木霊する。




 ルルヴルグは右腕一本で大剣を振るう。縦横無尽の斬撃が火花を散らす。苛烈な剣戟を長槍の穂先で振り払う度に、スズリヨの総身に痺れと痛みが走る。まるで雷に打たれたかのように。一歩後退りする毎に、不安と焦燥の念が募ってゆく。




 スズリヨの劣勢は火を見るより明らかだった。




 ルルヴルグは剛健な武人である。先の一騎討ちではスズリヨが勝利したものの、辛勝であった。




 ルルヴルグが強敵であることは、端からわかりきっていたこと。しかし、此程迄に苦戦を強いられるとは思わなかった。




 たぐいまれな剛力、日々の研鑽の賜物たる絶技。それだけではない。此度のルルヴルグには隙がない。何をどうしようにも、先回りされる。反撃の好機を悉く潰される。まるでスズリヨの思考を見透かしているかのようだ。




 一瞬も気の抜けない打ち合い。感覚は麻痺し、執念だけが闘争心を支える。






 ーー此程の猛攻だ。そう長くは続くまい。いずれ息が切れ、隙が生じる。それまで凌ぎきれ!






 姉の為にも、部下達の為にも、負けるわけにはいかない。防戦の先に勝機があると信じて、スズリヨは大身槍を振るい続けた。




 しかし、消耗したスズリヨは、勝機を掴む瞬間までもちこたえることが出来なかった。




 ルルヴルグの剣戟が一閃する。稲妻が空を縫って走るかのような一撃であった。




 スズリヨは脛に苦鳴もあげ得ぬほどの痛みと灼熱感を覚える。スズリヨの体は支えを失って、ふきでる血の海のなかにどうと倒れた。




 倒れても尚、ルルヴルグから目を離すまいと、すかさず首を反らす。けれど、喉の奥から呻き声のようなものを発して顔を歪める。反射的に大身槍の柄を握りしめるも、震える手指にはほとんど力をこめられなかった。




『滾る血の精霊夢』の魔法は宿主の血を触媒とする。多くの血を失えば魔法は解ける。




 この状態で反撃を試みたところで、ルルヴルグの前では児戯に等しいだろう。




 ルルヴルグは悠然と歩み寄って来る。スズリヨの傍らで屈むと、大身槍の柄を握ることしか出来ないスズリヨの腕をとった。ちくりと、前腕のあたりに小さな痛みがはしる。




 何をされたのか。目を凝らすけれど、視界はかすみ、ルルヴルグの姿は朧気になる。




 スズリヨは強く目を瞑り、押し寄せてくる無力感を耐えた。瞼の下で、眼球が落ち着きなく震えている。




 ーー姉さん、どうか無事でいて




 総身が凍ったかのように冷たかった。スズリヨを抱き上げる力強い腕もまた氷のように硬くて冷たい。




 灼熱の痛みだけが唯一の熱で、それもやがて薄れていった。






 そうして、スズリヨは敗北したのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ