4.ルルヴルグ 半獣の戦士と戦の女神 ※挿絵有り
挿絵は、人見様にお描き頂きました「ルルヴルグ」のイラストになります(2023年10月6日)。
風花が剣槍を吹きかすめる戦場。ルルヴルグの大剣が群がるイリアネス兵を撫で切りにする。血飛沫と悲鳴を一身に浴びて、ルルヴルグの魂から野生の喜びが迸った。
その鋭利な、月の蒼白と夜の漆黒を併せ持つ顔が笑み割れ、地獄の歓喜が露になる。それを目の当たりにしたイリアネス兵は悉く震撼し、鉤爪の戦士達は盛に喝采を送った。
ルルヴルグは骸竜族の首領をして「万夫不当の猛者」と言わしめる常勝の戦士のひとりであり、誉れある鉤爪の軍団長である。
骸竜の戦士は戦闘と殺戮の興奮を無上の喜びとして、強者を敬う。戦場において、戦士達は軍団長に先鋒を譲ることで敬意を表するのだ。
かつて、骸竜は誰もが皆、骸竜とひとの混血児であるルルヴルグを軽侮した。
まるくやわらかな牙と爪、脆く疎らな鱗、小人と見紛う矮躯。ルルヴルグは不屈の精神と不断の努力をもってそれらの不利を覆した。
ルルヴルグは数え切れない程の決闘を経て、鉤爪の軍団長の地位に就いた。ルルヴルグの配下は皆、潔く敗北を受け容れた戦士である。
ルルヴルグの決闘では、敗者は勝者に降るという骸竜の掟に背き、命を擲つ敗者が少なからず出た。愚かにもルルヴルグを持たざる者と見なし、辱しめられる生より尊厳ある死を選ぶと言うのだ。首を刎ねられながら、悔いは無いと豪語するのなら、誉れある骸竜の死に様であると言えるだろう。ルルヴルグに言わせれば笑止千万であるが。
ルルヴルグは死の黒風となりイリアネス兵を蹂躙し、イリアネス兵は血肉の白雨となり降り注ぐ。圧倒的な殺戮を目の当たりしたイリアネス兵はじりじりと後退りした。
怖じ気付いた様子のイリアネス兵を馬上より睥睨し、ルルヴルグは舌打ちする。
ーー足りぬ。真の愉悦には到底至らぬ
ルルヴルグは大剣を掲げた。血塗れの大剣は猛り狂う真紅の炎のように、死屍累々の惨を戦場に照らし出す。
ルルヴルグは雄叫びをあげた。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそはかの骸竜が鉤爪、軍団長ルルヴルグ! 腕に覚えのある者よ、見事この首を挙げ手柄としてみよ! どうした、ひと族の精鋭ともあろうものが腑抜けばかりか!?」
名乗りをあげるとイリアネス兵は騒然とした。ルルヴルグのイリアネス語が獣吼より流暢であることは、自他共に認めるところだ。通じない筈がない。このどよめきは、言葉が通じたからこそのどよめきなのだろう。イリアネス語を話す骸竜の噂はイリアネス軍にも広まりつつある。
「おのれ無礼な蛮族め!」
「痴れ言を抜かすな!」
戦場にイリアネス兵の怒号が飛び交う。しかし、ルルヴルグの前に進み出る者はいない。ルルヴルグの顔に失望の色が歴々と現れる。
「腑抜けどもが」
ルルヴルグは屹然と溜息を吐く。ひとはおしなべて闘争心が不足している。闘争を恐れるのは、戦うための爪と牙をもたないひとの本能なのかもしれないけれど。
ーー勇ましいのは、相手が寝ているうちだけか。女狐の言う、魔法使団とやらに期待するとしよう
大陸屈指の魔術を誇るイリアネス魔法使団との戦闘に想いを馳せながら、ルルヴルグは大剣を肩に担いだ。
「もう良い。蹂躙しろ」
背後に控える副長ドルエルベニに獣吼で下知を下す。ドルエルベニは骸竜の戦士の中でも頭ひとつ抜ける巨躯を誇る戦士で、その声はよく通る。ドルエルベニの咆哮に呼応して、鉤爪の戦士達が色めき立つ。
残りの獲物を配下に譲り、一戦を退こうとしたとき。人垣をかきわけて一人のイリアネス兵が進み出た。
「待ちな! 俺はスズリヨ隊の什長、名はダグラス! 一騎討ちがお望みなら、俺が相手になってやる!」
背が高く筋骨逞しい壮年の男だ。肩は隆々として、震え上がる雑兵などとは比べようがなく、胴まわりなど倍はある。ルルヴルグと背比べすると、頭ひとつ分小さいだろうか。得物は体躯に見合う大身槍で、腰には短剣と刀剣を佩いている。
ルルヴルグはドルエルベニと目配せを交わし、笑った。
「この戦場には、まだ楽しむ余地が残されているようだ。それでこそ、凍える地の寒さを堪えた甲斐があるというもの」
ドルエルベニはイリアネス語を話すことは出来ないが、聞いて理解することは出来る。ドルエルベニは大多数を占める、イリアネス語の通じない同胞達に号令をかけた。
「一騎討ちだ、手を出すな!」
骸竜の戦士達は雄叫びを上げながら、ルルヴルグとダグラスを取り囲む。イリアネス兵士達がダグラスに続こうとするも、骸竜の戦士達に行く手を阻まれた。戦士達が大口を開けて牙を誇示すると、イリアネス兵士達はたじろぎ、何人かは腰を抜かしたようだった。
ルルヴルグは下馬し、大剣を肩に担ぎ直す。利口な愛馬はルルヴルグの意を汲み、しずしずと退いた。
ルルヴルグと対峙したダグラスの頬を冷や汗が伝い落ちる。臆した様子ではあるが、尻に帆をかけて逃げ出すような、無様な真似はしない。ルルヴルグは鷹揚に頷いた。
「気骨のある者が居るではないか。よく知りもせず腑抜けと謗った非礼を詫びよう。せめてもの罪滅ぼしだ。槍でも剣でも飛び道具でも、好きなようにしてかかって来い。五手まで見逃す」
「そうかい。後で吠え面をかいたって知らねぇぞ!」
ダグラスはルルヴルグの右目に狙いを定めて短剣を投擲する。ルルヴルグは顎をそらし、鱗に覆われた右頬で弾く。
「一」
ダグラスは一気に間合いを詰めた。渾身の刺突は脆い鱗を貫通するだろうと判断し、腰を捻って回避する。
「二」
ダグラスは素早く槍を手元に引き寄せ連続して突く。ルルヴルグはそれを見切り、紙一重で躱す。
「三、四」
五手目も刺突だった。穂先がルルヴルグの二の腕を掠める。躱し損ねたのではない。脇で挟んで受け止めたのだ。ルルヴルグの左手が槍の柄を掴んだ。ダグラスの右目を縦断する傷痕がひきつる。ダグラスの命運が尽きた瞬間だった。
「五」
ダグラスは諦めず、槍を捨て佩刀を抜いた。大上段に構える。しかし、ダグラスが刀剣を振り下ろすより、ルルヴルグが槍を振るう方がはやい。ダグラスが手放した槍の石突がダグラスの左脇腹を薙ぎ払う。
ここまで、ルルヴルグは大剣を肩に担いだままであった。
ダグラスの身体はルルヴルグから見て左手に素っ飛んだ。地面に投げ出されたダグラスを見下ろし、ルルヴルグは感嘆の声を上げる。
「得物は手放さぬか。ひとにしては、見上げた闘志だ」
ダグラスはすかさず立ち上がろうとして、崩れ落ちた。地に伏して喀血する。折れた肋が内臓を傷めたのだろう。
ルルヴルグはダグラスに歩み寄るとその傍らに跪いた。魂の旅立ちを祝福する。
「貴様は勇敢に戦った。誇り高きその魂は終の戦場へ招かれるだろう」
頭上からドルエルベニの苦笑が降ってくる。
「持たざる者が終の戦場に招かれるものか」
そう言いたいのだろう。
確かに、骸竜を筆頭とする屈強なゴルドランに比べると、ひとは儚い。
ーーそれなればこそ、ゴルドランの戦士に真正面から立ち向かう心ばえは、終の戦場へ招かれるにふさわしい戦士のものであると言える
ルルヴルグは持論を展開しようとは思わない。腹心であるドルエルベニですら、ルルヴルグの考えを理解することは出来ないのだから、言うだけ無駄だ。
ーーひとの弱さと、弱さを乗り越える強さ。それらは、ひとにしかわかるまい
「さらばだ、イリアネスの戦士ダグラス。終の戦場にて再び相見えようぞ」
ルルヴルグが大剣を振り上げた、ちょうどその時だった。
紫電一閃、鉤爪の小隊長シラガルの生首が宙を舞う。肩から指に至るしなやかな線の結ぶ先、大身槍の穂が血飛沫の尾を引き、無数の鱗が飛び散った。
「退け、雑兵共! 退かぬなら、最後の一兵にいたるまで皆殺しだ!」
イリアネス語で勇ましく啖呵を切るのは、凛とした良い声である。人の馬を駆り、シラガル隊に単騎突撃する。くさび状に編成した部隊がその後に続いた。
それを見たイリアネス兵が歓声を上げる。
声の主はシラガル隊の戦士たちに包囲されたが、次々と挑みかかるシラガル隊の戦士を五名、佩刀で斬り伏せる。
ーー声が高い。上背はあるが体つきは華奢だ。まだ若いな、小人だろうか
シラガル隊の戦士がひとり、またひとりと倒れてゆく。そのたびに、見え隠れする白い人影。
高く結い上げた真白の髪が逆立つように靡き、透き通るようなうなじが露になる。匂い立つような眩さは、戦士の血のみならず、雄の血をも滾らせる。
ルルヴルグはドルエルベニを振り仰ぐ。ドルエルベニは小人の尻が好きだ。ドルエルベニ曰く、ひと族の小人の尻は特に具合が良いのだとか。
骸竜の戦士にとって小人愛は暗黙に認められた戦士の義務である。『愛される小人』として『愛する男』より学び、やがて一人前の戦士となった暁には『愛する男』として『愛される小人』を導く。小人が戦士になるための通過儀礼のひとつである。嫌々ながら、ルルヴルグも通った道だ。
『愛される小人』として『愛する男』に仕えることが、ルルヴルグにはおぞましいとしか思えなかった。一人前の戦士となり『愛される小人』としての務めから解放されたとき、ルルヴルグは諸手を挙げて喜んだ。ドルエルベニは溜息をつき
『首領にはその喜びを気取られるなよ。きっと怒りを買うぞ』
と忠告した。
ルルヴルグの『愛する男』は首領であった。首領は、どの小人も分け隔てしないで鍛える。骸竜とひとの混血児であり、奴隷でもあったルルヴルグのことも疎まず、ルルヴルグを同世代の小人のなかで最も優れた戦士の卵であると認め、自身の『愛される小人』として取り立てたのだ。
『首領は偉大な戦士だ。くもりなき眼で真実を見定める。ルルヴルグの真意は見抜いているだろう。ルルヴルグは首領を尊敬するが、小人愛は性に合わぬ』
『愛されるばかりではない。これより先、我等が『愛する男』となって小人を導くのだ。その時が待ち遠しくはないか』
ルルヴルグはげんなりした。『愛される小人』の務めを終えれば、次は『愛する男』の務めが始まる。
後になってドルエルベニから聞いたことだが『愛する男』と『愛される小人』の間に、小人愛は必ずしも必要ではないらしい。そこは『愛する男』の胸三寸で決まるとのこと。ルルヴルグが小人愛を厭うなら、ルルヴルグは『愛される小人』に手をつけなければ良いと、ドルエルベニは言う。
それでも、ルルヴルグは気が進まない。首領がしてくれたように『愛される小人』を導くことが出来ぬのならば、ルルヴルグは『愛する男』になる資格が無いのではないかと思う。
ルルヴルグがいつまでも『愛する男』になろうとしないので、首領は業を煮やし、ルルヴルグを問い質した。ルルヴルグが正直に答えると、首領は呆れが礼にくると言わんばかりの目をして、屹然とため息をついた。
ドルエルベニを真似て、ひと族の少年奴隷を買い求めたこともあった。しかし、媚び諛う奴隷はルルヴルグの情欲をそそることなく、怯えて泣いてばかりいる奴隷を見ているだけで気が滅入るので、ルルヴルグは奴隷を屠殺してしまった。奴隷の肉は切り分けて配下達に与えた。ドルエルベニは「惜しいな。あれは様子の良い尻だったのに」と腸を啜りながらぼやいていた。
「様子の良い尻だ」
少年愛に関心のないルルヴルグですら、あの小人の後ろ姿を見ていると、むらむらと情欲が込み上げてくる。ドルエルベニが訝しげにルルヴルグの顔を覗き込む。ルルヴルグは肩をすくめた。
「ドルエルベニよ、あれが欲しかろう」
「なに?」
「あれはならぬ。臆病な野兎であればいくらでもくれてやるが、あれはならぬぞ。あれは箆鹿よ。牙と爪をもたぬかわりに大きな角をもち、捕食者にも勇ましく立ち向かう」
ドルエルベニが物言いたげな視線を寄越したが、ルルヴルグは頭を振って黙殺した。
「ルルヴルグの獲物だ」
ルルヴルグは大剣を肩に担ぎ立ち上がる。戦場に散る同胞の鮮血と断末魔がルルヴルグの高揚に拍車をかける。ドルエルベニが「一騎討ちだ、手を出すな!」と咆哮し、戦士たちが後退する。小人へと至る道が拓けた。
ルルヴルグは彼に背を向ける小人に呼び掛けた。
「勇猛果敢な小人よ、此方へ参れ」
獣吼の呼び掛けに、小人は反応した。鉄靴を鳴らし振り返る。胸当てはとろとろと血の網に包まれたようになっていた。端整な白い顔も返り血を浴びている。小人は血振るいをして納刀する。籠手に包まれた手の甲で頬を彩る血を拭った。その無造作な仕種はどこか艶かしく、ルルヴルグの胸が高鳴る。
ーー妖しい小人。まるで『戦死者を運ぶ乙女』のようだ
『戦死者を運ぶ乙女』はイリアネスの女神だ。戦場において、生きるべき者と死すべき者を正しく選別する。思慮賢明にして公正明大、そのうえ強く美しい女神である。
ルルヴルグの母はこの女神の話が好きで、幼いルルヴルグに何度も繰り返し話して聞かせていたので、よく覚えている。忘れられるものなら、忘れてしまいたいが。
小人は下馬すると、戸惑ったように嘶く四足馬の鬣を撫でて宥める。そして、佩刀し大身槍を背負い、悠然と歩みを進める。地面に倒れ伏したダグラスが喘鳴を漏らす。ダグラスのかすかな呻き声をルルヴルグは聞き逃さなかった。
「隊長、すまねぇ……」
ーースズリヨ隊の什長と言っていた。この小人の名はスズリヨか?
ルルヴルグは小人の頭の先から爪先までつぶさに観察する。重武装して戦場に立っていなければ、誰もが妙齢の美女だと認識するだろう。
ルルヴルグは二股に別れた舌を突き出し、大気を嘗める。骸竜の戦士はこうして匂いを嗅ぎ、獲物をあらためるのだ。甘く華やかな、虫を誘う花の香りを感じ取り、ルルヴルグは驚愕する。
ーー女!?
骸竜は鋭い嗅覚を誇る。この場に居合わせた骸竜は皆、これが女であることを知っているだろう。ルルヴルグを除いて。
ーーどうりでドルエルベニが興味を示さないはずだ
ドルエルベニはひと族の女には興味がない。『持たざる者の雌は爛熟した果実のように、甘ったるい匂いがするから嫌だ』と言って、ひと族の女には指一本触れようとせず、喰らうこともない。
ルルヴルグはドルエルベニのように鼻が利かない。それでも、ここまで近寄ればわかる。紛れもない雌の匂いだ。しかし、にわかには信じがたい。
ーーこれが女だと? 馬鹿な。ひと族の女は儚く、無力なのだ。女である筈がない。女であるならば、ひとではあり得ぬ
部屋の隅で膝を抱えて体をゆする手弱女の姿が脳裏に浮かぶ。それを打ち消したのは、張りのある声だった。
「貴殿が鉤爪の軍団長、ルルヴルグどのに相違ないか」
拙いながら獣吼の問い掛けである。ルルヴルグは首肯き、獣吼で応じる。
「いかにも」
「ならばその首、わたしが頂戴する」
女は淡々として言った。一呼吸分の沈黙を挟み、イリアネス語で付け加える。
「物のついでに、貴殿の足元に転がっている、うちの什長を返して頂く」
女は大身槍を構える。櫛比する睫の長い二重瞼の蔭から、暗紫色の大きな瞳を据えてルルヴルグを睥睨する。
ルルヴルグは、その素晴らしい度胸と妖気に呑まれて恍惚となった。
「あれは、何者だ?」
思わず知らず、口唇よりこぼれたイリアネス語の呟きに、ダグラスが応える。
「俺達の、勝利の女神様さ」
地を這うダグラスは、血塗れの顔に不敵な笑みを湛えていた。
戯れ言をと一蹴することは出来ない。女の心身の強さと美しさは神々しいばかりだった。それでいて、全身から放つ香気は妖しく艶かしい。ルルヴルグの腹の奥底に沈殿していた色情を揺り起こす。
ーーひとでありながら、ひとではない。この女が『戦死者を選ぶ乙女』の化身ならば、これはイリアネスの戦神との手合せだ。これに勝る僥倖があろうか
甲冑に包まれた女の肢体を凝視しつつ、ルルヴルグは言う。
「良かろう。貴様が勝利したなら、この首も敗者もくれてやる。ルルヴルグが勝利したなら、終の戦場にてルルヴルグと番え」
ルルヴルグが喉を鳴らしてみせると、足元ではダグラスが気色ばみ、背後ではドルエルベニが呆気にとられる。ルルヴルグは含み笑う。
ルルヴルグは己の醜さを承知している。ルルヴルグに番えと言われれば、骸竜の女もひとの女も、おぞましいと震え上がるだろう。誇り高き戦士であれば尚更である。口を慎めと激昂するかもしれない。
女はと言うと、顔色ひとつ変えず背筋をピンと伸ばしたままだった。なめらかな頬には嫌悪も恐怖もない。女は躊躇いなく頷いた。
「請け合おう」
女が獣吼を完全に理解しているとは考えにくい。ひと族にとって、獣吼は非常に難解な言語である。ひと族の耳には聞こえない音域、ひと族の声帯には発声できない音域を駆使するのだ。
ルルヴルグの挑発は、正しく伝わっていないかもしれない。
しかし、それは問題ではないだろう。眦の切れ上がった鋭い目は、勝機を見出だす目だ。女は己の勝利を確信している。敗北するとは露ほども考えていない。
一拍置いて、ルルヴルグは哄笑した。
ーー堪らぬな、この乙女は!
「よくぞ申した。然らば参れ!」
女が地を蹴る。脛当と鉄靴の間、剥き出しになった足首。シャラシャラと金の足輪が光を弾いて鳴る。
女の初手は閃光が走るかのような刺突。正確に首を狙っていた。ルルヴルグはそれを大剣で弾いた。足捌きでは躱しきれないと直感したのだ。
限界まで肉体を鍛え技を磨いたとしても、女の身には成し得ない一撃である。
ーー輪の魔女、シルヴァスの精霊夢使いか
年長者より聞いたことがある。イリアネス辺境諸国のひとつであるシルヴァスに生まれた女は妖魔をその身に宿し、妖魔に血を捧げ魔法を操るのだとか。
ーー十五年前、骸竜の戦士はシルヴァスを鏖殺したと聞いたが。殺し損ねるとは、先達は詰めが甘いようだ
ルルヴルグは忍び笑う。女を侮る意図はない。反撃を許さない連擊に圧倒される。
この女は強く、美しい。そのことに、ルルヴルグは無上の喜びを覚える。
「精霊夢使いよ、名を名乗れ。貴様は真の戦士だ。このルルヴルグの心臓にその名を刻みたい」
女が瞠目する。イリアネス語で問い掛けられるとは思いもよらなかったようだ。
女の名は知っている。可憐な口唇がその名を紡ぎだすのをこの目で見たかった。白い喉をふるわせてその名が音色になるのをこの耳で聞きたかった。
「イリアネスの百人将スズリヨ。シルヴァスの生き残りだ」
ルルヴルグは心から歓喜した。スズリヨの名はその強さと美しさにより、ルルヴルグの心臓に深々と刻まれた。