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野獣の花嫁  作者: 銀ねも
30/58

30.ドルエルベニ 「不遜の振る舞いではないか」

 ルルヴルグは目を円くしてきょろきょろしながら、自身の首回りを両手でぺたぺたと触っている。有りもしない物は見えないし触れない。ルルヴルグは「どこへいってしまったんだろう」としきりに首を傾げている。ドルエルベニは露骨にげんなりして、口をあんぐりとさせた。


 ーー毛皮に足が生えて、勝手に何処かへ行くものかよ


 心中では意地悪く些事をあげつらうも、口には出さない。こういうことに首を突っ込むとろくなことにならないのだ。


 ーーそう言えば、此奴、銀狐の襟巻きを首に巻きつけていたな。全く、いつの間に失くしたのやら


 ルルヴルグはしばらくの間、うんうん唸りながら悩んでいたが、とうとう困り果てて、知らん顔を決め込むドルエルベニを頼る。


「銀狐の毛皮が無ければ、奴隷商人への支払いが出来ぬ。ドルエルベニ、ルルヴルグはいつ何処で毛皮を落としたと思う?」

「知るか」

「むむ……む……むぅ……」


 ルルヴルグは腕組みをして考え込む。次に右手で顎を撫でながら、二三歩行ったり来たりした。


 ドルエルベニはやれやれとため息をつく。知らぬ存ぜぬで押し通しても、益体もないことであった。


「お前が無くしたのだから、心当たりがあるはずだ。思い出せ」

「それが……ええと、うーん……思い出せなくて」

「バカめ、思い出す努力をしろ」

「でも、思い出せないものは思い出せない」


 ルルヴルグはむくれてしまう。ドルエルベニは呆れてしまう。


 ルルヴルグはしばしば失せ物をする。糅てて加えて、所有物に執着する性質である。あれがないこれがないと騒ぎ立てては、失せ物探しにドルエルベニを巻き込む。いつもことだ。


 このままでは埒が明かないと思い、ドルエルベニは記憶を遡る。


 ーー真珠の首飾りを外してやった時は、確かに身に着けていた。並んで肉を食んでいた時も身に着けていた。肉汁がはねたと悄気げていたのを覚えている。その後は……記憶が曖昧だ。ルルヴルグとバジッゾヨの争いに気を取られていたから


 ドルエルベニが思い出せないのなら、ルルヴルグに思い出させるしかない。ドルエルベニはそっぽを向くルルヴルグの髪束をつかんで取って引き寄せる。


「思い出せぬ訳があるか。お前自身のことだ。思い出せ」


 ところが、ルルヴルグは思い出せないったら思い出せないの一点張りだ。妙に意固地になるルルヴルグから、どうやって話を聞き出したものか。ドルエルベニは考えあぐねて、不毛な仕事が煩わしくなって、手っ取り早い方法を思い付く。腰につけた小袋から真珠の首飾りを取り出すと、ルルヴルグの鼻先に吊り下げた。


「これを売って金に代えるが良い。お前の戦利品だ」


 ところが、ドルエルベニが捻り出した妙案は、ルルヴルグにより間髪入れずに却下される。


「それは駄目だ。ドルエルベニへの贈り物だかヤ」

「ならばどうする。金目の物は粗方持ち去られた後だぞ。踏み倒すのか」


 ルルヴルグは言い淀む。奴隷商人は今頃、広場に残って壊れた檻を片付けているだろう。ルルヴルグの行状に鑑みて、奴隷の代金と檻の弁償を踏み倒すなんてことは有り得ない。


 ルルヴルグはドルエルベニを見上げて、小首を傾げる。


「……どうしよう?」

「知るか」


 ドルエルベニは吐き捨てるように言う。ルルヴルグは頭を抱えた。


 ルルヴルグは銀狐の毛皮さえあれば全て解決すると考えているようだが、先ず以て、襟巻きひとつに奴隷ふたりと檻ひとつを贖うだけの値打ちがあるのか。売買に疎いドルエルベニには相場がわからない。


 ふたり揃って途方に暮れていると、ただじっとして事の成り行きを見守っていたバジッゾヨが前に進み出る。背に手を回し、革帯に挟んでいた物を引き抜くと、ルルヴルグに差し出した。


「これに」


 大小さまざまな血の斑模様が入った銀狐の襟巻きは、まさしくルルヴルグの探し物である。バジッゾヨは目を伏せて、端的に言った。


「決闘の最中にひらり、はらりと落とされたので、拾っておいた」


 ルルヴルグは目をパチクリさせる。それから、どんぐり眼をいっそう大きくさせて笑った。


「あった! 良かった。ありがとう、バジッゾヨ」

「何のこれしき」


 ルルヴルグは嬉々として、バジッゾヨから襟巻きを受けとる。バジッゾヨはかしこまりながらも、たいへん得意げに見えた。  


 ふたりのやりとりを見守るドルエルベニは、苦虫を噛み潰したような、難しい顔をしていただろう。


 バジッゾヨは満を持してルルヴルグの探し物を差し出した。言い換えれば、襟巻きを隠し持っていて、ドルエルベニとルルヴルグがすったもんだをやっている様子を見物していたのだ。所謂、高みの見物である。

ーールルヴルグの配下の分際で、不遜の振る舞いではないか。


 ルルヴルグは全く気にならないようだが、ドルエルベニは胸がむかむかして気分が悪くなってくる。


 襟巻きを首に巻きつけて、小人のようにはしゃぐルルヴルグの髪束を掴んで引き戻す。ルルヴルグの苦情を黙殺し、バジッゾヨを見据えた。バジッゾヨはぎょっとして立ち竦んだようだ。この場に己の顔をうつしだす鏡は無いが、バジッゾヨの反応を見れば、己がどんな顔をしているのか想像がつく。


 ドルエルベニはつとめて普段どおりの声調を心掛けて、言った。


「バジッゾヨよ、ここで暫し待て。小隊長ルルヴルグとふたりきりで話したい」


 バジッゾヨは怪訝な眼でドルエルベニを見て、口を開く。バジッゾヨが何か言おうするのを、ルルヴルグが目顔で制する。ルルヴルグは素直にドルエルベニを見上げてこっくりと頷くと、バジッゾヨに向き直った。


「そうしてくれ」


 ルルヴルグがそう言うと、バジッゾヨは目を伏せて、右足を引き左足の膝を曲げ、一礼する。


「御意のまま」

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