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野獣の花嫁  作者: 銀ねも
25/58

25.ドルエルベニ 「あのバカ」

投稿後、誤って削除してしまい、改めて投稿いたしました。申し訳御座いません。

 

 ルルヴルグは含み笑いする。冷ややかな目の奥に、情熱を潜ませて。


「そうこなくてはな。遊びは終わりだ。これより先は真剣勝負。全身全霊でかかって来い!」


 獣性を掻き立てる目だ。全てを暴いて、粉々にしてしまいたくなるような。それでいて、言動の端々から、誇り高い戦士の心意気が伝わってくる。肉体と精神がちぐはくで、危うい均衡の上に成り立っている。


 ルルヴルグが剣を執る。次の瞬間、ルルヴルグの頭上が翳る。一瞬の内に彼我の間合いを詰めたバジッゾヨが、喊声を発して剣を大上段にふりかぶる。膂力に劣るルルヴルグを、力に飽かせて叩き潰すつもりだ。


 ルルヴルグは右足を引いて半身を逸す。振り下ろされる渾身の一撃を、避けるのではなく、硬く受け止めるのでもなく、己の剣で流れるように受け流す。


 目論見が外れ、バジッゾヨは目を剝いた。直様、強く踏み込むことで体勢を立て直し、さらなる強撃を放つ。無骨に、正面から叩き斬る。それが骸竜の剣だ。剛力と恵体を誇る骸竜ならではの、強者の剣術である。


 ドルエルベニは骸竜の剣術をルルヴルグに叩き込んだ。小さなルルヴルグとて、小型、中型のゴルドランや持たざる者よりは大きく育つと見込んでのことだ。しかし、それだけでは心許ない。非力なルルヴルグが正面から斬り込んだところで、大型のゴルドランに太刀打ち出来ないことは目に見えていた。


 だから、重い剣撃は受け止めるのではなく、受け流せと教えた。相手の体勢を崩して攻め込んで、勝機を見出すのだと。


 ルルヴルグはドルエルベニの教えを忠実に守っている。


 ルルヴルグは襲い来る刃を受け流し、バジッゾヨの剣撃を見極め、弾き返す。バジッゾヨが体勢を崩したところで、苛烈に畳み掛ける。バジッゾヨが苦し紛れに放つ突きの動きを捉え、刃を踏みつけた。バジッゾヨの剣を踏み台にして、高く跳び上がる。唖然とするバジッゾヨの目には、空中で剣を構えるルルヴルグの姿が、獲物に飛びかかる猛禽のように見えたことだろう。


 バジッゾヨは咄嗟に、剣を自身に引き付けて盾にする。ルルヴルグの降下回転斬りが、バジッゾヨの剣を弾いた。バジッゾヨは剣を手放しはしなかったものの、大きく仰け反り、そのまま仰向けに倒れた。バジッゾヨが苦鳴を漏らす。それから我に返り、上体を起こそうとして、ぴたりと静止する。


 バジッゾヨの傍らに着地したルルヴルグが、バジッゾヨの喉笛に剣の切先を突きつけて、バジッゾヨを見下ろしていた。


「勝負あったな」


 そう言ったのは、ニヴィリューオウだった。揺るぎない心があらわれた声調だった。 


 ニヴィリューオウは、彼の傘下にある小隊長バジッゾヨの敗北を、淡々と受け止めていた。


 一方、物見高い野次馬達はルルヴルグの敗北を期待していたのだろう。彼等はどよめき、バジッゾヨに野次を飛ばしている。馬の餌にしろと罵声を浴びせる者さえいる。バジッゾヨの仲間達でさえ、バジッゾヨを白眼視し、心無い言葉を吐いていた。その醜悪さに嫌気が差し、ドルエルベニは顔を歪めた。


 ーールルヴルグがアドゥザラムに決闘を申し込み、勝利した時もそうだったな


 骸竜の戦士達は、ルルヴルグに敗北した戦士を貶めるばかりで、ルルヴルグの勝利を称えようとはしない。


 ーーアドゥザラムもバジッゾヨも、決して、劣等な戦士ではない。奴等より、ルルヴルグが一枚上手だった。それだけのことだ。何故、それを理解しようとしない。決闘の敗者を馬の餌にするなど言語道断だ。痴れ者ども奴


 心中で毒づきながら、ドルエルベニはルルヴルグの快勝によって、誇りと喜びとを感じていた。


 そこで、ニヴィリューオウが口を開く。


「流石だ、ドルエルベニ。あのルルヴルグを十人並みの戦士に育てるとは」


 ドルエルベニの内心を見透かしたかのような言葉だった。ドルエルベニは思わず知らず、ニヴィリューオウを食い入るように見つめる。ニヴィリューオウの視線の先には、決闘の勝者と敗者がいる。


 ドルエルベニは慎重に言葉を選んだ。


「あのやり方は、小隊長ルルヴルグが試行錯誤の末に編み出したものだ。ドルエルベニではなく」

「それはそうだ。あれは受け身の剣。お主の剣ではあり得ぬ。お主ならば、相手の剣撃を受け流さずとも、叩き潰せるのだからな。お主の指導によって、ルルヴルグはあれなりに、戦士として闘う術を体得した。ニヴィリューオウが言いたいのは、それがお主の功績であり、偉業であるということだ。お主は一流の戦士でありながら、一流の指導者でもあるのだな」


 ニヴィリューオウは手放しでドルエルベニを褒め称える。ニヴィリューオウの賛辞は、ドルエルベニを持ち上げるためにルルヴルグをこきおろしかねない微妙なものなので、素直に受け取るのは憚れる。 


 何とこたえれば良いのか考えあぐねているドルエルベニの傍らで、ニヴィリューオウは屹然と溜息をつく。珍しく、物憂げな様子である。


「それにひきかえて、ニヴィリューオウの、何と情けないことか」


 ニヴィリューオウは言う。苦々しさを噛み締めている口調だった。


 ドルエルベニとニヴィリューオウの指導力に、大きな差はないと、ドルエルベニは考える。そもそも、連隊長として大勢の配下を従えるニヴィリューオウと、ルルヴルグの保護者としてルルヴルグにかかりきりになるドルエルベニでは、立場がまるで違う。比較すること自体が間違いだ。


 しかし、口不調法のドルエルベニにとって、自身の考えをすんなりと言葉にすることは難しい。


 沈黙の空隙を埋めようとするかのように、ニヴィリューオウは笑った。その笑いには、たぶん、自嘲が含まれていた。ニヴィリューオウは、ドルエルベニの沈黙を同意と受けとったのだろうか。ドルエルベニは決まりが悪い思いをした。


 ニヴィリューオウはそんなドルエルベニを見て、眩しげに目を細めた。小人の頃も、ニヴィリューオウはこんな目でドルエルベニを見つめていた。


「お主には敵わぬ」


 ドルエルベニは目を瞬かせる。同世代の戦士のなかで、最も早く連隊長に昇格し、最優の誉れ高いニヴィリューオウがこのような、ドルエルベニを羨むような、彼自身を卑下するようなことを言うなんて、俄には信じがたいことだ。


 ルルヴルグに出会う前のドルエルベニは、身体が大きく力が強く、周囲の大人達から将来を嘱望され、周囲の小人達から一目も二目も置かれる小人だった。しかし、そんな時代はとうの昔に過ぎ去って、二度と戻ることはない。


 ーードルエルベニをからかっているのか? 否、そうは見えぬ


 ドルエルベニにはわからない。きっと、誰にもわからないだろう。ニヴィリューオウ本人を除いて。


 ーー考えを巡らせるだけ無駄だ。ドルエルベニの心でニヴィリューオウの心を推し量ることは出来ぬ


 結局、ドルエルベニは口を噤んだ。言うべき時に言い損ねた言葉は、飲み込むより他にない。時機を逃せば、一瞬のうちに、腐り爛れるものだから。


 ドルエルベニをちらりと盗み見たニヴィリューオウの瞼がぴくりと痙攣したようだったが、ドルエルベニはそれを見て見ぬふりをした。


 ニヴィリューオウが何かしらの問題を抱えていたとして、ドルエルベニが深入りするべきではないだろう。ニヴィリューオウがどうかは知らないが、ドルエルベニならば、友に弱みを見せたくはない。


 ドルエルベニはニヴィリューオウに倣い、バジッゾヨに目を向ける。


 放心の態で地面に仰臥していたバジッゾヨが、ニヴィリューオウの視線に気付いた。バジッゾヨは瞠目し、何かを訴えるように口を開く。ニヴィリューオウは眼光鋭く敗者を射すくめる。そして、目を背けた。


 その時のバジッゾヨの表情は、恐れと痛みと、それらを凌駕する絶望にひき裂かれた、凄惨なものだった。ニヴィリューオウはそれを一瞥もしなかった。ニヴィリューオウはバジッゾヨを見限り、捨て去ったのだ。  


 決闘の勝敗が決すると、敗者の生殺与奪の権は勝者が握る。生かすも殺すも勝者の自由。大抵、勝者は敗者を殺す。勝者が敗者を生かし、配下に加える場合もあるが、それには敗者の承諾が必要になる。バジッゾヨがルルヴルグに降伏することなど、天地がひっくり返っても有り得ないから、バジッゾヨはここで死ぬことになる。


 死にゆく配下に対する、ニヴィリューオウの態度は極めて冷淡だ。見るものによっては、薄情ともとれるだろう。しかし、それも無理からぬことだと、ドルエルベニは考える。


 バジッゾヨはルルヴルグを侮り、無礼と無作法の限りを尽くした挙げ句、決闘に敗れた。ニヴィリューオウは高潔な漢だ。醜態を晒したバジッゾヨに失望したとしても、不思議ではない。


 ニヴィリューオウの真意は定かではない。唯一つ確かなことは、今この瞬間、バジッゾヨの命運が尽きたということだ。


「こんな筈では」 


 譫言のようなバジッゾヨの言葉は、行き場もなく霧散すると思われた。ところが、ルルヴルグは首を傾げつつ、それを拾い上げた。


「こんな筈ではなかった? どんな筈だったと言うのだ?」


 ルルヴルグの問い掛けによって、バジッゾヨは正気に返ったようだ。ルルヴルグを憎々しげに睨めつけたが、それだけだった。勝者に敬意を払うつもりは毛頭ないらしいが、この期に及んでじたばたするつもりもないらしい。


 バジッゾヨは長息を吐くと、四肢を投げ出す。千切って投げるように言った。


「バジッゾヨの負けだ。……殺せ」

「断ユ。ルルヴルグに降れ、バジッゾヨ」


 ルルヴルグは間髪入れずに答え、剣を引いた。これには、バジッゾヨのみならず野次馬達も、ドルエルベニさえ虚をつかれ、口をあんぐりとさせる。


 ルルヴルグは剣を肩に担ぎ、バジッゾヨを見下ろす。まるで屈託なく、いつもの通りの顔をして。


 地位を賭けた決闘ならば、死ぬには惜しい強者を、己の配下として生かしたいと、望むこともあるだろう。


 この決闘はそうではない。バジッゾヨの無礼千万な暴挙の数々に、怒り心頭に発したルルヴルグは、バジッゾヨに決闘を申し込んだ。これは命と尊厳を賭けた決闘なのだ。


 ルルヴルグを嘲弄したバジッゾヨを、何が悲しくて、配下としなければならないのか。小隊長の座を賭けて争ったアドゥザラムのことは問答無用で斬り伏せたと言うのに。


 ーーあのバカ。突拍子もない事を言い出しおって


 バジッゾヨは呆然としていたが、暫くして、失笑した。


「その頭は派手な飾りらしいな」

「そうでもない。バジッゾヨに勝利すユ程度には、使えユ頭だ」


 ルルヴルグはバジッゾヨを嘲笑うでもなく、勝ち誇るでもなく、あっけらかんとして言った。バジッゾヨは気色ばんでルルヴルグを睨む。怒鳴りつけたいだろうところを、ぐっと堪え、つんとそっぽを向く。


「貴様に降るくらいなら、死んだほうがマシだ」


 バジッゾヨがすげなく言う。ルルヴルグは細く長い人差し指でこめかみあたりをとんとんと叩きながら、思案顔で首を傾げた。


「この頭は飾りではないが、何故バジッゾヨが死に急ぐのか、理解出来ぬ。何故だ? ルルヴルグのことが嫌いだかヤか?」

「大嫌いだからだ! わかりきったことを言わせるな!」


 ーーまるで小人同士がするような会話だな


 ドルエルベニは小人の頃のふたりを思い出す。ルルヴルグはことあるごとに、なんで? どうして? とドルエルベニを質問攻めにし、バジッゾヨはスモフでドルエルベニに負けると、ドルエルベニなんて大嫌いだ! と癇癪を起こして喚いていた。思い出すだけでうんざりしてしまう。


 ルルヴルグは小人のように素直にうなずく。


「そうか。ルルヴルグは、バジッゾヨのことが嫌いではないぞ。バジッゾヨは無礼千万な男だが、闇討ちを謀ユような、卑劣漢ではないだヨう?」


 闇討ちと聞いて、バジッゾヨは勃然として拳を地面に叩きつけた。


「闇討ちだと? 貴様、どれだけバジッゾヨを愚弄すれば気が済むのだ!?」


 バジッゾヨは上体を起こし、口を大きく開け牙を剥く。潔く死に臨む覚悟を決めても、持ち前の癇癖の強さは抑え難いらしい。今にもルルヴルグに掴み掛かりそうな剣幕だ。それを思い留まったのは、一重に、骸竜の戦士としての矜持のなせるわざなのだろう。


 ルルヴルグはゆるゆると頭を振った。


「誤解だ、怒ユな。ルルヴルグの話をちゃんと聴け。ルルヴルグは、正面を切ってルルヴルグを悪し様に言う、バジッゾヨの愚直と度胸、そして勝者に食ってかかユ、その負けん気を買っていユのだ。ルルヴルグに降り、生き延びよ。バジッゾヨが望むのなヤば、再び、決闘を申し込むが良い」


 ルルヴルグの言いたい事はわかる。バジッゾヨは下品、短気、浅慮の三重苦を背負っている。それでも、陰険ではないのだろう。


 バジッゾヨはドルエルベニを敬遠していながら、率先して「ドルエルベニの掌中の珠」にちょっかいを出した。敢えて、ひと目につくやり方で。やろうと思えば、こそこそとひと目につかないやり方を選ぶことも出来ただろうに。 


 そう考えると、バジッゾヨは裏表のない男だと言えるかもしれない。単に思慮不足なだけかもしれないが。


 ーーだとしても、ルルヴルグがバジッゾヨを配下に置きたがる理由にはならぬだろう


「……ははあ。なるほど」


 低い呟きはニヴィリューオウのものだった。ドルエルベニはニヴィリューオウを凝視する。ニヴィリューオウはドルエルベニの視線に気付き、ん? と首を傾げる。ドルエルベニはニヴィリューオウに訊ねた。


「何か思い当たることでも?」

「思い当たること?」


 ニヴィリューオウはドルエルベニの疑問に疑問を返す。当惑するドルエルベニに笑いかけ、肩をすぼめた。


「何もない。ただ、ルルヴルグの獣吼はまずいな。何を言っているのやら、さっぱりわからぬ」


 ドルエルベニは目を眇めた。ニヴィリューオウは話をはぐらしているのではないか。泡のように生じる疑念を、すぐに打ち消す。


 ーードルエルベニがルルヴルグの思惑を測りかねるのだから、他の誰も、ルルヴルグの思惑を理解することは出来ぬ


 ドルエルベニはルルヴルグに視線を戻す。ルルヴルグはバジッゾヨをじっと見つめている。バジッゾヨが何か言うのを待っているようだ。バジッゾヨは押し黙り、ルルヴルグを睨み付けている。話したいと望むルルヴルグをバジッゾヨは拒絶している。


 このままでは埒が明かないと思ったか、ルルヴルグは肩を竦めた。


「無理強いはせぬ。ルルヴルグを『持たざる者』と見做し、一度ならず二度までも、そのルルヴルグに敗北したとなっては、恥に上塗りするも同然。バジッゾヨの言う通り、ひと思いに死んだ方がマシだヨうな」


 バジッゾヨは目の色を変えて、ルルヴルグに噛み付いた。


「次はバジッゾヨが勝つ!」

「次は無い。戦場にて勇猛果敢に戦い抜いた、真の戦士のみが、終の戦場に招かれユ。苦痛の生より安息の死を望むのなヤば、貴様はもはやこれまでだ」


 ルルヴルグはぴしゃりと言う。バジッゾヨは反感を漲らせて反駁しようとするも、口を大きく開いただけ。言葉を呑み込んだのは、何か思うところがあるからなのか。


 ルルヴルグは一瞬の逡巡を目敏く見つけ、鈍重な獲物を追い詰めるように畳み掛ける。


「ここまで言っても尚、その場凌ぎの覚悟で死を選ぶのなヤば、好きにすユが良い。苦難に背を向けユ臆病者が、骸竜の戦士として戦場に立つなど烏滸がましい。くだヤぬ諍いの末、無様に死ぬのが似合いだ」


 紅い口唇が容赦ない言葉を紡ぎ、弧を描く。それは、魂に取り憑く魔性の嘲笑。


 とろけるような流し目は、男を魅了して捕食する喰女グールラのそれに勝るとも劣らない。強烈な蠱惑が湧き上がるのが、目に見えるようだった。

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