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野獣の花嫁  作者: 銀ねも
21/58

21.ドルエルベニ 「或いは、肉になっても微笑みを絶やさないのか」

 こちらの様子を窺う取り巻き達には見向きもしないで、ニヴィリューオウは


「子守りをしながら小隊を統率し、敵将の首級をあげる。まさに一騎当千の強者よ」


 とドルエルベニの健闘を称えた。


 ドルエルベニは何とも言えず目を反らす。


 ーー子守りとは、ルルヴルグのことか。言い得て妙ではあるが、なかなか手厳しい


 これが奴隷や愛玩具呼ばわりなら不当の侮辱だが、半人前呼ばわりなら妥当だ。


 事実、ルルヴルグは自力で小隊を統率することが出来ず、ドルエルベニを煩わせた。戦場でルルヴルグの号令が通じないことは、これまでの経験から予想できただろうに。

 ルルヴルグの行き当たりばったり主義は、ドルエルベニも腹に据えかねている。


 とどのつまり、ドルエルベニがルルヴルグを擁護する筋合いはない。当の本人であるルルヴルグは、むっつりと黙り込んでいる。返す言葉もないのだろう。


 ニヴィリューオウは声も朗らかにひとくさり話してから、ドルエルベニの隣で黙々と肉を食むルルヴルグに目を向けた。ルルヴルグの存在にたった今気が付いたと言わんばかりに瞠目する。


「おお、ルルヴルグは此度の戦も無事に生き延びたか。たいしたものだ」


 ニヴィリューオウはからからと笑い、ルルヴルグへ手を伸ばす。ルルヴルグは俊敏に飛び退いて、頭を撫でようとする手から逃れた。


 ニヴィリューオウは陽気な、何でも腹蔵なく自分の心持ちを打ち明ける男だ。ルルヴルグをあからさまに小人(こども)扱いしても、そこに悪意はない。


 しかし、ルルヴルグにはそれがわからない。ルルヴルグは、ドルエルベニと首領だけが、自分を骸竜の戦士として、まともに扱ってくれる存在だと認識している。それ以外の戦士はひとり残らず、ルルヴルグを首領ないしドルエルベニの奴隷だと決めつけ、見下しているのだと。


 その認識はおよそ正しい。ニヴィリューオウはルルヴルグに友好的に接するが、それはドルエルベニがルルヴルグを特別に『可愛がっている』と思っているから。ルルヴルグを骸竜の戦士の一員だと認めているからではない。


 ニヴィリューオウはルルヴルグに歩み寄り、腰を屈めて、俯く顔を覗き込む。ルルヴルグは頑なに、ニヴィリューオウと目を合わせようとしない。何かを我慢するように唇を横に引き結び、眉間に力を入れ深い縦皺を寄せている。


 ドルエルベニはルルヴルグを咎めない。この場合、ルルヴルグの無愛想より、ニヴィリューオウの無作法に問題がある。


 ニヴィリューオウはルルヴルグより格上の戦士だが、骸竜の戦士であれば、格下であっても徒に相手を貶めるべきではないのだ。それこそ、戦士としての品格を損なう。大多数の戦士は、ルルヴルグを戦士として認めていないから、平然と不義理を重ねるのだけれど。


 ニヴィリューオウはドルエルベニを振り返ると、ドルエルベニの肩を小突いた。


「ドルエルベニでなくては嫌だそうだ。うまく手懐けたものだな」


 いくらなんでも言葉が過ぎる。ドルエルベニはすかさず、ニヴィリューオウを諫めた。


「ドルエルベニが小隊長ルルヴルグを手懐けたなどと……不敬であろう」

「不敬? ハハッ! 珍しい、ドルエルベニが冗談を言うとは!」


 ニヴィリューオウが腹を抱えて笑う。ドルエルベニは言い返そうと口を開いたが、結局、何も言わずに口を閉じた。


 ーールルヴルグを見下す者を見返すことは、ルルヴルグにしか出来ぬ


 ドルエルベニは頭を振り、話の穂を継ぎ変えた。


「ところで、連隊長ニヴィリューオウよ。ドルエルベニに何か用か?」

「ああ、そうだ。ふたりきりで話しがしたい。少し付き合わぬか?」


 ドルエルベニは反射的にルルヴルグに目を向けた。ルルヴルグの目が据わっている。ルルヴルグはニヴィリューオウを睨んだまま、ぶっきらぼうに


「ルルヴルグは構わぬ。行ってこい」


 獣吼でそれだけ言うと、そっぽを向いて肉を齧った。臍を曲げている。


 ドルエルベニは戸惑った。ニヴィリューオウの取り巻き達がこちらの様子を窺っている。ニヴィリューオウとドルエルベニがこの場を離れれば、取り巻き達はルルヴルグに因縁をつけるのではないか。


 ドルエルベニとルルヴルグの顔を交互に見て、ニヴィリューオウが首を傾げる。


「なんだ、なんだ。ルルヴルグは拗ねたのか? 先刻、ルルヴルグは何か言っていたが、置いて行かないでと言ったのか? この甘えん坊は」


 ルルヴルグが唇をわななかせてニヴィリューオウを睨んでいる。ドルエルベニは重い腰を上げた。


「付き合おう」

「おう、そうこなくてはな!」


 ニヴィリューオウが嬉しそうに牙を打ち鳴らす。横薙ぎに振れた尾がルルヴルグの肩を掠め、その衝撃でルルヴルグは肉を取り落とす。苦々しげに渋面をつくるルルヴルグを見下ろして、ドルエルベニは嘆息する。


 ーー怒るな。ニヴィリューオウも悪いが、尾が身体を掠めたくらいで動揺するお前も悪い


 ドルエルベニはニヴィリューオウを促して歩きだす。肩越しに振り返り、ルルヴルグに言う。


「ここにいろよ」


 ルルヴルグの返事を待たずに、ドルエルベニは前に向き直った。


 ニヴィリューオウの取り巻き達は、ひとりになったルルヴルグに因縁をつけるかもしれない。諍いを起こし、取っ組み合いになった挙げ句、決闘に発展するかもしれない。


 それでも、ここには衆目がある。ルルヴルグが戦士としてここにいる以上、私刑を受けることはないだろう。


 ーーならば、ドルエルベニが傍にいてもいなくても、同じことだ


 骸竜の戦士が屈辱を強いられたとき、その屈辱を晴らすの彼自身である。当事者でなければ、口出しも手出しも出来ない。それが骸竜の掟だ。


 ーー決闘をして敗れ、そうして死ぬならば、それまでだ


 ルルヴルグが敗れて死ぬということは、ドルエルベニがルルヴルグを十分に鍛えられなかった、つまり、ルルヴルグを守れなかったということ。ヴルグテッダと交わした約束を反故にしたとき、ドルエルベニは潔く死ぬべきだ。


「このあたりで良いか」


 ドルエルベニが来た道を引き返し、大広場の入口の手前でニヴィリューオウは立ち止まった。ニヴィリューオウがその場に腰を下ろしたので、ドルエルベニもそれに倣う。


 入口のすぐ傍で、ルルヴルグ小隊の戦士達は飽きもせず、持たざる者奴隷を嬲りものにして楽しんでいる。さっきの女とは別の奴隷だ。さっきの女は解体され、戦士達の腹におさめられたのだろう。この奴隷は真新しく、殆ど外傷がないが、直にさっきの女のようになる。


 奴隷に奉仕させて盛り上がる戦士達を指差して、ニヴィリューオウが言う。


「ドルエルベニの小隊の戦士達か」

「……ドルエルベニの小隊ではない」

「ん? ああ、そうだそうだ。そうだった」


 ドルエルベニの苦言を聞き流し、ニヴィリューオウは屹然と溜め息をつく。


「なるほど。ドルエルベニは心労が絶えぬであろう」

「なに?」

「ルルヴルグのことだ。見ろ。奴ら、黒髪の小人(少年)を犯しているぞ。なんとなく、ルルヴルグに似ていると思わぬか?」


 ドルエルベニは戦士達に輪姦される奴隷に目を向ける。


 ニヴィリューオウの言うように、甲走った嬌声を上げる奴隷は、黒髪の小人(少年)であった。


 ルルヴルグよりずっと幼く、ずっと小さく、ずっと弱い。瞬きの間に忘れてしまいそうな顔は、涙と洟と媚びにまみれて汚ならしい。


 骸竜の戦士には、弱々しい小さな持たざる者をいたぶることを好む者が多い。骸竜の性である、旺盛な嗜虐性を掻き立てられるからだ。闘争によって昂った戦士達には、誂え向きの奴隷と言えよう。


 ドルエルベニはにべもなく言い捨てた。


「似ても似つかぬ」


 ニヴィリューオウはしばしば褒美として部下に奴隷を買い与えるそうだが、彼自身の奴隷遊びは嗜む程度だとか。持たざる者に関心がないから、どれも皆同じに見えるのだ。毛色や性別でしか見分けがつかないのだろう。


 そうだとしても、あの奴隷にルルヴルグを重ねるなど言語道断である。


 ルルヴルグはヴルグテッダの息子であり、ドルエルベニが守り育てた戦士である。それをあのような、使い捨ての玩具と十把一絡げにするのはあまりにも料簡が狭いと言わざるを得ない。


 ドルエルベニは言外に心外だと伝えたつもりだが、ニヴィリューオウはなおも話を続ける。


「そうか? ニヴィリューオウは似ていると思うが」

「……小隊長ルルヴルグならば最期まで抗う。ドルエルベニがそのように鍛えた。屈服などするものか」


 ドルエルベニはきっぱりと言い切った。


 そうでなければ、ドルエルベニがルルヴルグを生かしておかない。


 視界の端で、奴隷はすすり泣きながら尻を振っている。媚びへつらえば、生き残れるとでも思っているのか。生き恥を晒すくらいならば、舌でも噛みきって、潔く死を選べば良いものを。全身全霊を屈辱的な奉仕に捧げる無様さ。そこには一片の尊厳すら存在しない。


 ーーこれだから、持たざる者は嫌いだ


 ヴルグテッダが生きていた頃、ルルヴルグは小さく弱く、正しく持たざる者だった。しかし、ドルエルベニはルルヴルグを鍛え、ルルヴルグは変わったのだ。犯され喰われるしか能のない奴隷ではなく、誇り高き骸竜の戦士として生きる道を選んだ。


「似ても似つかぬ」

「そうか。そうかもしれぬな。先刻の、あの目つき! ニヴィリューオウがルルヴルグを襲おうものなら、ルルヴルグは生首になってもニヴィリューオウに食らいつくだろう」


 ニヴィリューオウは呵々と笑う。ドルエルベニはよもやま話に飽き飽きして、溜め息をついた。


 ーー単刀直入に本題に入ってくれぬだろうか


 なんだかんだ言いながらも、残してきたルルヴルグのことが気にかかる。


 ニヴィリューオウは、そわそわするドルエルベニを見据えている。何か思案するように腕組をして首を傾げ、しばらくしてから、言った。


「では、ニヴィリューオウではなく、ドルエルベニならば、どうだ? ルルヴルグは肉になっても従順で、ドルエルベニに尽くすのではないか?」


 ドルエルベニは目をしばたかせる。


 瞼の裏に、血の巡りが青く透けて見える白肌が、流れる夜のような黒髪が浮かんだ。柔肌を切り裂いて鮮血を迸らせたら、長い髪を引き千切ったら。幼い憧憬を透かしてドルエルベニを見上げるルルヴルグの笑顔は、粉々に砕け散るのか。


ーー或いは、肉になっても微笑みを絶やさないのか。


「……何を、馬鹿なことを」


 ドルエルベニは言った。声が掠れている。わからない。瞼の裏に現れた妄想の正体も、その妄想に心乱される理由も。


 ドルエルベニは頭を振って、奇怪な妄想を振り払う。ニヴィリューオウが何か言おうとするのに先んじて、ドルエルベニは言った。


「それで? ドルエルベニに話しとは?」


 催促する声には苛立ちが滲んでいた。しかし、そんなもので動じるニヴィリューオウではない。ニヴィリューオウは尾を横薙ぎに振ってから、言った。


「ニヴィリューオウの強く美しい妹、マムナリューカのことだ」


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