16.ドルエルベニ 「無駄なことをするな」
ルルヴルグは鉤爪の小隊長アドゥザラムとの決闘を制し、小隊長に昇格した。
小隊長として臨んだ初めての戦において、ルルヴルグは小隊を率いて壮烈な強襲をかけ奮戦し、多くの首級をあげた。その働きは、前任者であるアドゥザラムに勝るものだった。
しかし、骸竜の戦士達は小隊長ルルヴルグを冷ややかな目で見ていた。
ルルヴルグは武勲を立てたものの、ルルヴルグの獅子奮迅ぶりに、小隊は続ききれなかった。ルルヴルグの号令が小隊に通じなかったことが原因だった。
ルルヴルグは要所要所で号令をかけていた。しかし、ルルヴルグの獣吼はたどたどしく、戦場の喧騒にかき消され、小隊は統率を欠いた。
号令をかけたにも関わらず、戦士達の応えを得られないことを訝しみ、振り返ったルルヴルグの顔は、見物であった。
業を煮やしたドルエルベニが、ルルヴルグに代わって号令をかけて小隊の統制をとらなければ、小隊は散り散りになっただろう。
ルルヴルグ小隊の一員に過ぎないドルエルベニが、小隊長を差し置いて号令をかける等、著しい越権行為である。しかし、それを咎める者はいない。
非難の矛先はルルヴルグに向いている。
骸竜の戦士は強さを尊ぶ。持たざる者と骸竜の雑種が骸竜の戦士として戦場に立つことは、骸竜の戦士には受け容れ難いことであった。小隊長に昇格したとなれば尚更、反発を買う。ルルヴルグに落ち度があれば、戦士達はここぞとばかりに、ルルヴルグを貶め、失脚させようとする。当然のことだ。
ドルエルベニがルルヴルグの失態の尻拭いをせず、高みの見物を決め込んでいたなら、ルルヴルグの失態は首領の耳に入ることになっただろう。ともすれば、ルルヴルグは落伍者の烙印を押され、ルルヴルグの荒唐無稽な野望は潰えたかもしれない。
ーー様は無いと、せせら笑ってやれば良かったものを
ルルヴルグのような厄介者、見捨てることが出来たならどんなに清々するだろう。
しかし、敬愛する師と交わした約束を反故にすることは出来なかった。
師から多くを学んだからこそ、ドルエルベニは、同世代の戦士達のなかで、右に出る者がいない俊傑となったのだから。
***
度を失った敵兵は、網の中の魚のように、意気地もなく殲滅された。城郭都市は戦跡と成り果て、持たざる者どもは屍と成り果てた。
戦闘と殺戮の感激は過ぎ去り、骸竜の戦士達は金品を求め戦跡を物色する。皆、奴隷を買う金が欲しいのだ。骸竜の掟は見敵必殺。見境なく敵を捕虜とすることは掟により禁じられている。
そんな中、ドルエルベニは金品に目もくれず、愛馬に跨がり、ルルヴルグを探し回った。
戦を終えて間も無く、ルルヴルグは忽然と姿を消した。
ーーあの馬鹿、何処で油を売っている!?
戦の後、戦士達は皆、昂奮している。ルルヴルグは十七歳に成長していたが、小女のように華奢で、ますます母親に似てきた。欲望の捌け口にはもってこいだろう。
ドルエルベニの目を盗みルルヴルグに手を出そうとする不届き者を、ドルエルベニは悉く打ち据えてきた。
そのことを、ルルヴルグには知らせていない。
同胞に奴隷同然の扱いを受けていると知れば、いくら楽天家のルルヴルグでも、狼狽えるに違いない。せっかくここまで育てたのだ。今更、骸竜の戦士としては生きられないなどと、尻込みされては堪らない。
だからこそ、ドルエルベニはルルヴルグを常に、己の目の届くところに置いておきたかった。
弱々しい持たざる者であったルルヴルグも、今では鉤爪の小隊長である。月並みな戦士では太刀打ち出来ない。
しかし、連隊長以上の実力者に襲われたら、今のルルヴルグでは、ひとたまりもないだろう。格下の戦士でも徒党を組めば、ルルヴルグを打ち負かすかもしれない。
ーールルヴルグは小隊長として初めて臨んだ戦で、小隊長にあるまじき失態を犯した。正攻法にこだわらず、持たざる者に傲慢を思い知らせてやらねばならぬ、などと血迷う輩がいつにもまして湧いて出ることは、想像に難くない
ドルエルベニは口を大きく開けて舌を突き出す。ドルエルベニは鼻が利くが、血と臓物の饐えたにおいが充満する中で、ルルヴルグの匂いを探すのは至難の業であった。
ドルエルベニは屹然と溜め息を吐く。
ーー心当たりをひとつひとつ、虱潰しにあたるしかあるまい
ルルヴルグは好奇心旺盛で、見慣れない物には片っ端から興味を持つ。ドルエルベニはこの地を訪れた時の、ルルヴルグの様子を順序立てて思い出してみた。
ーー堰堤。そうだ、ルルヴルグは塁壁から堰堤を見下ろして、見事だとはしゃいでいたな
いつまでも小人のような振る舞いをしていると、馬鹿にされるぞ! と叱りつけたのは昨日のことだった。
ルルヴルグが興味津々と見詰めていた堰堤は、塁壁の下に川を横切って築かれたものだ。
ドルエルベニは愛馬を駆り、堰堤へ向かった。
塁壁の外側には、夕陽に焦がされ影のように、烏の群が飛んでいた。畑には白い花が咲き麦には穂が出ているが、川を渡る風はまだ冷たい。
ルルヴルグは堰堤の上にいた。水面に淀む霧に向けて、声を張り上げている。苦悶の絶叫のようなそれは、獣吼の号令だった。
一人佇む小さな後ろ姿を見て、ドルエルベニは胸を撫で下ろす。骸竜の戦士たちに絡まれていた訳ではなさそうだ。
ドルエルベニは、ルルヴルグを一人前の骸竜の戦士として育て上げることを目標にして、ルルヴルグを鍛えた。ルルヴルグを鍛えるとき、ドルエルベニは一切の妥協をしなかった。
しかし、獣吼の習得に関しては、早々に諦めた。
獣吼とイリアネス語の両方を解するドルエルベニが間に入り、通訳してやれば良い。ルルヴルグが小隊長に昇格するとは思わなかったから、それで良いと思っていた。
そもそもルルヴルグの身体のつくりは、獣吼を流暢に話せるものではないようだった。
ドルエルベニが匙を投げた後も、ルルヴルグは獣吼を流暢に話せるようになりたいと、諦めず練習に励んでいた。
ルルヴルグの獣吼は、小人のそれよりもたどたどしい。それでも、辛うじて通じるところまで上達したのは、ルルヴルグの努力の賜物である。
それも、戦場では通用しなかったが。
ドルエルベニは下馬すると、しばらくその場に佇立し、発声練習に没頭するルルヴルグの華奢な背中を見守る。
ルルヴルグの足元に一刀両断にされた持たざる者どもの屍と剣が転がっている。肩に担いだ剣で屠ったのだろう。争った形跡がないことから、一太刀で勝負がついただろうことがうかがえる。
ドルエルベニは安堵した。一心不乱に発声練習をしている最中に持たざる者の不意打ちを食らっても遅れをとらない程度には、常在戦場が身に付いているらしい。
ーーそれでも、まだまだ鈍臭い
ドルエルベニが一歩踏み出すと、ルルヴルグは弾かれたように振り返った。
「ドルエルベニ」
ルルヴルグは目を丸くしている。ドルエルベニが動くまで、ドルエルベニの存在に気付かなかったのだろう。
ルルヴルグは屍からこぼれ出た臓腑を跨ぎ越えて、ドルエルベニに歩み寄って来る。細い首に、毛皮の襟巻きを巻き付けていた。銀狐の毛皮に持たざる者の血がべったりと付着している。死体漁りをしたようだ。何か入り用な品でもあるのだろうか。
ルルヴルグはドルエルベニの顔を見上げると、指差して笑う。
「どうした、そんな、苦虫を噛み潰したような顔をして」
「ドルエルベニが、いつからここでこうしていたと思う?」
「さあ? わからぬ。ルルヴルグは、今、気付いたからな。それより、ルルヴルグの獣吼はどうだ? 聞いていたのだろう? 少しは上達したと思うか?」
「思わぬ」
「そうか」
ルルヴルグは肩を竦めると、くるりと踵を返す。発声練習に戻ろうとしている。ドルエルベニはルルヴルグの首根っこを押さえる。頭の天辺がドルエルベニの鳩尾あたりやっと届く程度の矮躯を、仔猫を摘まむ要領で持ち上げた。ルルヴルグがじたばたして抗議する。
「なにをする、放せ」
「無駄なことをするな、やめよ」
降ろしてやると、ルルヴルグはドルエルベニを振り仰ぐ。小首を傾げて、しばらくすると、なるほどと頷いた。
「心配するな。血を吐く前に止める」
「違う。耳障りだから、やめよと言っているのだ」
「ドルエルベニは心配性だな」
「だから、違うと言っているだろうが」
聞き分けのないことを言うルルヴルグの首根っこを押さえようと伸ばした手を、ルルヴルグは紙一重で交わす。首に巻き付けていた襟巻きがはらりとほどける。
細い首が露になり、ドルエルベニは瞠目した。
「なんだ、それは」
小首を傾げるルルヴルグはすらりとしたその首に、艶々とした光沢を放つ、乳白色の珠が連なった首飾りをかけていた。




