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野獣の花嫁  作者: 銀ねも
14/58

14.ドルエルベニ 「出会ってしまった」

 

 ***


 ドルエルベニにとって母方の叔父にあたる軍団長ヴルグテッダは、真の勇士だった。


 武勇を謳われる万夫不当の猛者であり、歴代の軍団長のなかでも、最も勇猛果敢な部類に入るだろう。


 威風堂々として、黙々としていても眼光が鋭く、沈毅重厚。絶えず威厳をもって他を圧服する。時々見せる笑顔には、とことん強者である自負が満ちていた。


 軍団長の地位につくのは豪勇無比の戦士であるが、ヴルグテッダはその中でも頭ひとつ抜けていた。


 ドルエルベニの父もまた軍団長の地位につく優れた戦士ではあるけれど、ヴルグテッダには遠く及ばない。


 ヴルグテッダは小人の時分より将来を嘱望され、次代の首領と目されてきた。


 そんなヴルグテッダは、当然、娘たちの憧れの的だった。ヴルグテッダが求愛すれば、どの娘も喜んでと応えただろう。


 ところが、ヴルグテッダが骸竜の娘を娶ることはなかった。ヴルグテッダは娘たちの熱い眼差しを向けられながら、娘たちには見向きもせず、何処からか連れて来たひと族の女に夢中になったのだ。


 他種族の奴隷を従えることは、戦士の嗜みのひとつである。見敵必殺が骸竜の掟であり、戦士が捕虜を捕らえることはない。奴隷は、奴隷商人から調達する。骸竜が戦場から金品を持ち帰るのは、奴隷を買うためだ。


 戦士たるもの、婦女子に無体を働いてはならない。逆賊は誅され、馬の餌になる。しかし、血が滾れば戦士は情欲を募らせ、嗜虐心を掻き立てられる。それらを発散する為、戦士は奴隷を犯し、責め苛み喰らう。


 ヴルグテッダもまた、数多の奴隷を従え、虐げ、喰い殺していた。


 ところがヴルグテッダは、その女だけ、殺さなかった。


 そして、あろうことかその女との間に一子をもうけた。骸竜とひとの混血児である。


 当時、ドルエルベニは孵化して五年の小人だった。母は実弟が持たざる者(ヒウマウ)に誑かされ、狂気に陥ってしまったと嘆き悲しみ、父は悲嘆に暮れる母を慰めていた。一時の気の迷いだ。直に正気に戻り始末をつけるだろう、と。誰もが皆、口を揃えてそう言っていた。


 ところが、誰が何と言おうと、ヴルグテッダはひとの女と混血児を手放そうとしなかった。


 ヴルグテッダの行いは、骸竜の掟に背くものではない。しかし、骸竜の良識を弁えぬものであった。


 ヴルグテッダを敬愛していた者、羨望の眼差しを向けていた者、憧憬の念を抱いていた者。皆悉く幻滅し、ヴルグテッダのもとを去った。


 ドルエルベニだけが、孤立無援となったヴルグテッダを敬愛し、羨望の眼差しを向け、憧憬の念を抱き続けた。


 ドルエルベニは幼さ故、ヴルグテッダの置かれた立場を理解していなかった。


 母は、あれは一族の恥晒しだ、関わってはならぬとドルエルベニを叱責した。しかし、父は母に隠れて、ドルエルベニをヴルグテッダのもとへ送り出していた。


『ヴルグテッダは素晴らしい戦士だ。ドルエルベニはヴルグテッダに師事し、ヴルグテッダに勝る戦士となれ』


 気狂いの謗りを受けても尚、ヴルグテッダは骸竜随一の戦士であった。ヴルグテッダに師事することを望む小人は掃いて捨てるほどいた。ヴルグテッダがひとの女との間に子をもうける迄は。


 ヴルグテッダが失脚したことで、父はめきめきと頭角をあらわし、次代の首領と目されるようになり、その地位は磐石となった。


 父は腹芸に長けた男である。その戦士らしからぬ気質は、ドルエルベニにとって、嫌悪の対象だった。ドルエルベニの心は父から遠ざかり、その分、ヴルグデッタへと引き寄せられた。


 ヴルグテッダは、彼を慕う甥を決して無碍にしなかった。ヴルグデッタはひとの女を囲ってからというもの、ドルエルベニを移動式住居(ユルタル)に招き入れてくれなくなったけれど、そのかわり、遊び相手になってくれた。スモフ(骸竜の格闘技)をとってくれたり、馬に乗せてくれたりした。ドルエルベニはますますヴルグテッダを慕った。


 ある日、ドルエルベニは体術や剣術の稽古をつけて欲しいとヴルグテッダにねだった。父が入知恵したのだ。そうすれば、ドルエルベニは憧れのヴルグテッダのように、きっとなれると言い聞かせて。


 ヴルグテッダはドルエルベニに背を向けて、移動式住居に引っ込んでしまった。ドルエルベニは六歳になっていた。ある程度の分別がつく年齢である。

 ヴルグテッダは、甥の図々しさに辟易したのではないか。


 ドルエルベニがおろおろしていると、ヴルグテッダは戻ってきた。ドルエルベニはほっと胸を撫で下ろし、それから、目を剥いた。


 ヴルグテッダは柔らかな布に包まれた、得体の知れない生き物を抱えていた。それは短い手足をじたばたさせて、ふにゃふにゃと気の抜けた声で鳴いている。真雪の肌は本物の雪のようで、乱暴に揺すれば崩れてしまいそうだった。

 ヴルグテッダはその生き物をゆっくりと左右に揺らしているが、その生き物はヴルグテッダのあやし方が気に入らない様子で、身を捩ってむずがっていた。


 ヴルグテッダは苦笑している。こんなところも母に似た、と呟く。その眼差しも声色も、木漏れ日のように穏やかで優しい。


『ドルエルベニよ、紹介しよう。この子はルルヴルグ。ヴルグテッダとペルルの息子だ』


 呼応するように、その生き物はーールルヴルグは声をあげる。ヴルグテッダが笑うと、その吐息が濡れ羽色の髪を揺らした。


 ドルエルベニは直感した。


 ーー出会ってしまった。もう、後戻りは出来ない

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