13.ドルエルベニ 「出来損ないは死ね」
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夢を見た。それは、遠い夏の日の記憶。
白くて柔らかくて小さなこどもが、高い楢の根元にぺたんと座り込んでいる。ドルエルベニが背後に立つと、こどもはドルエルベニを振り仰いだ。こどもの細指が指差す先は楢の木の上。そこに鳥の巣がある。
こどもは持たざる者の言葉でドルエルベニに問いかける。
「ねぇ、ドルエルベニ。この子、巣から落っこちちゃったのかな?」
小さなこどもが小さな両手で掬ったものは、小さな小さな雛鳥だった。柔らかくあたたかな掌に身を寄せ、ふるふると震えている。目立った外傷はないものの、このまま地面に転がっていれば、直に獣に補食されるだろう。
ドルエルベニを見つめるこどもの、潤んだ瞳がきらきら光る。この前、父が持たざる者奴隷を使い潰したとき、目玉を分けて貰ったけれど、あの濁った目玉よりもっとずっと旨そうだ。口にすることを禁じられた甘美な馳走から目を逸らし、ドルエルベニは屹然と溜め息をついた。
「放っておけ」
ドルエルベニは獣吼で返答する。持たざるモノの耳でも聞き取れるように、ゆっくりと話してやる。
「どうして?」
こどもは小首を傾げた。言葉が通じなかった訳ではあるまい。それは叔父を誑かした妖婦の仕種だ。強者の庇護を得ようとする、愛らしいばかりの弱者の仕種。
ーー媚びるな。虫酸が走る
ドルエルベニは、妖婦と同じ顔形のこどもを睥睨し、言い捨てた。
「それは巣立ちに失敗した出来損ないだ。出来損ないは、潰れて死ぬ。それが世の理だ」
「でも、かわいそうだ」
こどもはぷうと頬を膨らませて不貞腐れる。ドルエルベニが無視を決め込むと、こどもはドルエルベニに背を向けて、すっくと立ち上がった。
ドルエルベニは、己の鳩尾にさえ届かない高さにある、こどもの旋毛を見下ろす。こどもは震える雛鳥に額を寄せると、幼子を相手にするように、噛んで含めるように言った。
「怖がらないで。大丈夫だよ。ルルヴルグが巣に帰してあげるね」
こどもーールルヴルグは、雛鳥を左手で抱えて、するすると楢の木を登り始めた。
ルルヴルグに木登りを教えたのは、ドルエルベニだ。骸竜のこども達がこの高い楢に木登りをして遊ぶのを、ルルヴルグは指を咥えて見ていたから、教えてやったのだ。ルルヴルグはとても喜んで、骸竜のこども達がいない時を見計らっては、木登りをして遊んでいる。
鳥の巣は、地面から二アーダ(アーダは骸竜の戦士が両手を広げた長さを基本にした単位)程の高さにある。
この高い楢は幹が太く丈夫で、ルルヴルグでも手の届く高さに下枝が生えており、枝はしなやかに伸びている。茸が生えておらず、葉がよく茂っている。木登りに適した良い木だ。
左手が使えないからと言って、木から落ちるようなへまはしないだろう。この程度の高さならば、万が一木から落ちたとしても、大事にはなるまい。
それでも、万が一のことがあってはならない。ドルエルベニは苛立ちながらも、その場に留まった。
ルルヴルグの父はルルヴルグを溺愛している。その溺愛ぶりは常軌を逸しており、息子が傷を負うことを恐れるあまり、訓練することなく、ひとりで出歩くことさえ禁じていた。
ドルエルベニはこの叔父に、いつも傍についてルルヴルグを守ると約束した。ルルヴルグが負傷したら、叔父はドルエルベニに失望するだろう。それは耐え難い。
『愛しい子。ヴルグテッダとペルルの息子』
思い出すのは、眠るルルヴルグの髪を撫でながら、愛しいと繰り返す叔父の後ろ姿。脆く儚く弱いものに惜しみ無く愛を注ぐ叔父は、きっと、どうしようもなく狂っている。
ルルヴルグが鳥の巣を目指して登ってゆく過程を見守りながら、ドルエルベニは心の中で繰り返す。
ーー死ね。出来損ないは死ね。落ちて、潰れて、死ね
ルルヴルグの右手が目的の枝を掴む。ルルヴルグが右手に自重をかけると、枝がしなる。ドルエルベニは息を詰めた。ルルヴルグが落ちてきたら、受け止められるように、身構える。
ルルヴルグは危ういところで体制を立て直した。呼吸を整えると、前傾姿勢をとり、左手を伸ばす。雛鳥は一度ルルヴルグを振り返ってから、ぴょんと跳ねるように巣に帰って行った。
「やった! ドルエルベニ、見ててくれたか!?」
ルルヴルグは満面の笑みを浮かべ、ドルエルベニに手を振った。
口角を上げて、小さな口を大きく開いて、双眸で虹のように綺麗な弧を描いて、ルルヴルグは笑っている。あけひろげの親愛を一身に受け、ドルエルベニは込み上げる殺意を圧し殺した。




