10.スズリヨ 虜囚(とりこ)2
ーーえ? わたしのため、だって?
「何故?」
スズリヨが心に募るまま疑問を発すると、ルルヴルグは目をぱちくりさせる。
「何故、とは?」
「花婿は花嫁の為に盛装するものでは?」
スズリヨが疑問を重ねると、ルルヴルグはこっくりと首肯く。
「如何にも。骸竜の戦士は女に求愛するとき、強大な獲物を仕留め、その爪や牙、角、皮、鱗などをあしらった鎧を拵える。それを身に纏うことで、意中の女へ、己の武勇を示すのだ。一世一代の盛装が女のお眼鏡にかなえば、男女は晴れて番となる」
そう言い、ルルヴルグは小首を傾げる。斜め上に視線をやり、何事か思案する素振りをした後、眉間に皺を寄せた。
「我等の場合、順序があべこべになってしまった。このように派手派手しい姿で戦場に立つのは、如何なものかと思うたのだが、しかし……ううむ、ややこしい。骸竜の戦士は、何をするにしても、面目を保つだけの手順を踏まなければならぬ。迂遠であると思えてならぬ、黴臭い風習ばかりだ」
ーー困った。話が噛み合わない
スズリヨは眉をひそめる。身体の自由が利いたなら、ルルヴルグの隙をついて彼をはね飛ばし、スズリヨ自身は寝台から転がり落ちて、とりあえず、ルルヴルグから距離をとろうとしただろう。
「ならば、わたしの好むと好まざるとに関わらず、貴殿は、貴殿の花嫁を想い、盛装なさるがよろしかろう」
訝しく思うことを隠しもせずに言うと、ルルヴルグはなんとなくばつが悪そうな顔をした。
「ルルヴルグはそうした。しかし、張り切って盛装したのに、花嫁の好みに合わないと言われれば、無念であろう。お主はルルヴルグに敗れ、我等は夫婦となる。で? ルルヴルグの逆鱗甲、スズリヨは気に入ったのだな? 気に入らぬのならそう言え。新しい鎧を拵える。武勇の誉高く、妻の誇りであることが夫の甲斐性というものだ」
スズリヨは目を瞠る。
ーーなんだって!? ルルヴルグどのとわたしが、夫婦になったって!?
狼狽えるスズリヨの目は、きょときょとと落ち着きを欠いていた。ルルヴルグには、スズリヨの混乱とその原因が、手に取るようにわかったようだ。ルルヴルグは白い歯を見せて笑う。
「スズリヨよ。さては、お主……今の今まで、己の立場をわかっていなかったな? お主はルルヴルグに敗れた。ルルヴルグは言ったぞ。ルルヴルグが勝ったなら、スズリヨはルルヴルグと番えと」
あまりのことに、スズリヨは言葉もない。ルルヴルグはスズリヨの顔をまじまじと見詰め、甘い蜜を含むような微笑を浮かべた。
「お主と言う奴は……愛しくて、たまらぬわ」
咄嗟にスズリヨは、ルルヴルグから目を逸らし、糖蜜のように甘く蕩ける囁きから逃れる術をさがした。だがそこへ、伸ばされてきた手で顎を掴みとられる。鼻筋か真っ直ぐ通った、端整な顔が目睫の間に迫る。ルルヴルグが顔を傾けると、鼻尖がスズリヨのそれに触れ合った。




