懐の姫
一の姫の姿を認めた瞬間、太守は相好を崩した。
「姫、こちらへ」
一の姫は皆の視線に一瞬戸惑ったが、言われたとおり、御前へ進んだ。
朱姫はそんな一の姫に対し、嫌悪感を隠そうともせず、睨みつけている。
痛いほどの色々な視線を感じながら、姫は陸奥の守に挨拶をした。
「陸奥の守さまお久しうございます。この度はお出迎えもせず、申し訳ございません。」
陸奥の守は、よいよい。という風に手をあげ、一の姫ににこやかに話しかけた。
「懐の姫様は息災で何より。それに相変わらず高い所がお好きと見える。」
悪戯っぽく笑い、姫の顔を覗きこんだ。
(バレたか…)
おそらく、先ほど合歓木の上で風を見ていたのを見られたのであろう。
朱姫が眦を上げて口を挟んだ。
「なんと!お客人が来るとわかっていながら、何と不作法な!」
「よさぬか」
なおもいい募ろうとした朱姫を、太守が低い声で諌めた。
「陸奥よ、場所を変えよう。姫もじゃ」
はいはい。というように陸奥の守が立ち上がった。
それに一の姫も続く。
着飾って控えていた他の姫は、太守に一顧だにされなかった。
嫉妬礼讚妬み嫉み、色んな視線を感じながら、背筋をピンと伸ばして歩いていく。
太守のいう姫。
それは溺愛する一の姫だけを指す言葉であった…
…