中つ国の太守
旧き大きな国の太守は、南の国の姫に恋をした。その恋は許されないはずの恋であった。
「姫!一の姫様!」
侍従が探している。
当の一の姫は、高い木の上にいた。
風をまとい、見事な黒髪が揺れている。
白装束をまとうその姿は、女神のように美しい。
姫は何か遠くを見ていた。
「…白虎…?。陸奥の守さまか?」
風を読み、ふわりと侍従の前に舞い降りた。
「呼んだか?悠」
「…姫様…何度も何度も何度も申し上げておりますが、いきなり飛び降りてくるのは止めていただけますか?」
姫は聞いてるのか、聞いてないのか、にかっと笑って答えた。
「陸奥のおじじ様が来たな?土産話を聞きに行こうか。」
侍従の悠はよくお分かりで。というように、肩をすくめた。
「太守様がお呼びで、すでに皆様お揃いです。ちなみに姫様、今日のことは、またこちらに知らせはなかったですから、ご覚悟を。」
うへぇ。
姫は顔をしかめた。
いつものことだが、まあ、悪い予感しかしない。
取り急ぎ、身なりを整えると、太守の待つ大広間に急いだ。
一方大広間では…
太守の一族が勢揃いし、陸奥の守を歓迎していた。
太守は玉座に座り、陸奥の守との当たり障りのない会話を楽しんでいる。
たびたび、横に座る正室の朱姫が口を挟み、会話泥棒をしていくのはいつもの事だ。
それを咎める訳でもなく、また愛でる訳でもなく、無表情で放置している。
(…相変わらずなことよ)
陸奥の守は心の中で苦笑した。
この旧き友は、昔から妻には頭が上がらぬ。
中つ国の太守、姫の祖父は若くして太守となり、この旧き大きな王国をまとめあげた。
玉座には、太守の守護神である五爪の龍が彫られている。見える者には、太守の背後に見事な黒龍を見ることができるらしい。
太守は気高き龍に護られるだけある偉大な人物である。
しかし一度だけ、私を貫いたことがあった。
太守は昔国をまとめる際に、ある姫に恋をした。その姫は南の国の姫で、今まさに攻め入ろうとした国の姫であった。
当然周りは反対した。義に反すると。
太守も一度は納得した。
しかし、いつの間にか姫を略奪し、国を滅ぼしたあと、正室にした。
それが朱姫である。
太守が朱姫に頭が上がらないのは、愛情と故国を滅ぼした罪の意識ゆえなのである。