俺さぁ、見たことあるんだよな。不動産サイトのCMに出てくる緑のあいつのこと。
一昨年に人事異動があってさ、俺は転勤になったんだよ。県を一つ跨いだ先に。
別に転勤は嫌じゃなかったよ。俺は車が趣味だから、都内に行けって言われるよりは、よっぽど良かったね。それまで住んでるところも車必須なところだったしさ。あと、独身だし。
嫌じゃないとは言っても、家探しはとにかく面倒に思えてさ、住むとこ決めるの先延ばしにしてたんだ。
住むとこ探すために二つ隣の県まで行くのに、喜んで休みを潰したいやつなんかそういないよな。「お前の好きな車で行けばいいだろ」って同僚と上司に言われたけど、趣味で走ってる時は出発から帰宅まで気持ちよくありたいから、それはやらなかったんだ。
それで、こういうときに、みんな面倒で嫌々ながらも重い腰をあげる瞬間ってのはあると思うんだよ。
ただ、俺の場合はそれがなかなかやってこなくてさ。いよいよ家探ししないとマジでヤバいって頃に家でボーッとテレビ見てたら、あの不動産サイトのCMが流れたんだよな。ほら、緑のマリモみたいなキャラの。分かるだろ? 名前は言いたくねぇよ。
「あ、これでいいじゃん」って思ったよな。
実を言うと、その時住んでた家は探すときに色々条件決めてこだわって探したんだ。それで、最終的には2DKの部屋に決めたんだ。
日当たりも気にしてみたけど、雨戸閉めたら面倒でそれっきりだし、キッチンもちょっと拘ってみたけどそんなに自炊しなくなったし、他にも色々あって、俺はあまり住環境に頓着がないって分かったんだよな。
住めば都とも言うし、ボロくなくて、周辺の道が複雑だったり細かったりしなくて、安けりゃなんでもいいやって気持ちで探し始めたんだ。うちの会社は基本給はやや高い代わりに、家賃補助がろくにないから安いってのは優先度高めの条件だったよ。
車ってやつは結構金がかかるもんだからね。スポーツカーとか高級車に乗ってるわけじゃないけど、部品には拘ってみたくなっちゃうんだよ、どうしても。あとは、高速料金とか燃料代とかが結構かかるんだ。
そんなわけで、部品や工具置きに一部屋使うつもりで、2DKか1LDKで探したんだよな。
それで、駅からは遠いけど、新興住宅街の中にあるだけあって周辺の道は整ってるし、外観も綺麗だし、間取りもいい感じなのに相場より一回り安いところを見つけたんだ。
即決だったね。一階の部屋だったけど、車のパーツとか置くなら階段の昇降がない分むしろ都合いいし。
その部屋を契約して、転勤のときに引っ越したよ。
俺は家を探すのを面倒くさがるようなタイプだから、引っ越しした後も段ボール箱は中々片付かなかったんだ。
引っ越してから十日ほど経ったその日は、気分が乗ったもんで、仕事から帰ってから家で久しぶりに飲んでたんだ。そしたら、見つけたんだよ。段ボール箱に隠れるようにこっちを見てた、あいつを。
いや、CMに出てるサイズじゃないよ。あんなデカかったら見つけた瞬間ビビりまくって家飛び出してたと思う。えっと、五センチくらい? 大福サイズ。片手に収まりそうなくらいの大きさだったよ。
見た目はCMのあれそのまんまだったよ。明るめの緑色で、フワフワした毛を纏ってて、手足がついてるやつ。
視界の端になんか動くものがあるなと思ったら、CMのあれだったんだよね。最初は酔ってるからかと思ったよ。でも、そんな泥酔って感じでもなかったから「違うよな」って思い直して、ちゃんとあいつのこと見てみたんだ。
で、小さくてフワフワしたやつだろ? 人間の本能っていうのかな、ビビるとか怖いとか驚くとかじゃなくて、可愛く感じちゃったんだよな。
だから、つまみにしてたチーズを一欠片投げてやったんだよ。食うかなって思って。
そしたら、あいつはちょっと怖かったのか、段ボールに隠れて様子見をしたあとに、恐る恐るって感じでチーズに近づいたんだ。まじまじとチーズのこと眺めて、手でつついて、それで齧った。たぶんそうだと思う。口は見えなかったから「たぶん」だな。その時も、それ以降も口は見てないわ。
で、美味かったのか、チーズを持って上下にふよふよ弾むようにしてたんだ。なんかコミカルで、喜んでるように見えたな。それから、パッとその場で消えちゃったよ。
うわ、消えたって思って、近寄ってみたけどやっぱりいなくてさ、チーズも無くなってた。
その日から、ぼちぼち部屋にあいつが出るようになったよ。近寄って手を伸ばすと消えちゃうから、適度に距離を保ってチーズを投げてやるくらいの関係だったな。
その時期から、あいつ以外にも仲良くなったのがいたんだよ。そのアパートの隣の一軒家に住んでる深田さん一家だ。
アパートの駐車場で、俺が借りてたのは深田さんちのすぐ隣の位置だったんだ。愛車を磨いてやってたときに、深田さんちの息子さんが「カッコいい車だね」って柵越しに声をかけてくれたのが最初だったな。
「おっ、車がわかる子だな」って嬉しくなって思わずニッコニコで「そうだよ」って返したんだったかな。
とにかく、その日から休みの日に車を磨いたり、洗ったり、いじったりしてるときに話すようになったんだよ。
その息子さんは「慎也」って名前で、親からは「しんちゃん」って呼ばれてるってことを自分で言ってたから、俺もしんちゃんって呼んだな。
まだ小二の人懐っこい子だったよ。
しんちゃんと話してたら彼のご両親とも話すようになってさ。しんちゃんのお父さんが「健斗」さんで、お母さんが「文」さんって分かったな。あと、完全な室内飼いで「キャンディ」って名前の白い雌の猫も飼ってるんだとさ。
一家からは俺は「藤原さん」って呼ばれてた。
健斗さんも車が趣味みたいでさ。いや、引っ越した時から深田さんちの車を見る限りそうかなとは思ってたんだけど、本人から聞いたんだよ。それで、ずいぶん仲良くしてもらった。夏には深田さんちの庭でのバーベキューにも誘われたし、健斗さんとしんちゃんとドライブ行ったり、楽しかったな。
車以外でも健斗さんとは気があったから、ドライブから帰ってそのまま酒飲みに誘われるとかもあったよ。キャンディちゃん、品があって可愛かったな。撫でたらすごい手触りがよくてさ、俺んちにいる緑のもこんなもんかなって考えたよね。
あいつらはそのうち、部屋の中だけじゃなくて、車を触って深田さんちと話してるときにも近くに姿を見せるようになったんだ。
「あっ」っていって名前呼んで指差しても、しんちゃんにも健斗さんにも見えないみたいで、ふざけて揶揄ってると思われたな。
チーズを持ってその場で消えるようなやつだから薄々察してはいたんだけど、それで初めて精霊だの妖怪の類だって分かったよ。
だから家賃が安いんだなって察したな。俺は気にならなかったけど、人によっては不気味に思うのはわかるよ。
引っ越してから半年経ったくらいで、あいつにも変化があったよ。まず、家で名前を呼んだら姿を見せるようになった。それと、気がつけばあいつが同時に二匹? 二体? 出てくるようになってさ。全く見分けがつかないから、元々二匹いたのかもしれないけどな。
その時は、投げるチーズの欠片が一つから二つになったくらいの変化だな。
で、一年とちょっと経ったくらいで二回りほど小さいのも姿を見せるようになったんだよ。子供だなって直感的に思ったね。思わずほっこりしちゃったな。
相変わらず、親の方は近寄るとすぐ消えちゃうんだけど、子供の方は結構近寄っても消えなかったんだ。
もしかしたら、もうすぐ触れるかなって思ってたら、上司から北海道へだいたい二週間の出張を命じられたよ。合間の休みに自宅へ帰るのも面倒だし、夏だったから避暑もしたいってことで、合間の休みには私的にホテルを取って観光に回したんだ。
二週間も家を空けるのは初めてだから、前日には普段よりも大きめのチーズを投げてやったよ。実際の生き物がどうかもよくわからんのと、俺が越してくる前にも上手いことやってたんだろうと思ったから、特にはあいつらの心配はしてなかったな。
案の定、仕事と観光から帰って来た日にはピンピンしてたから、問題なかったんだろうな。それどころか、むしろ小さいのが三匹も増えてたよ。
その次の日は土曜日だったから、二週間のうちに雨に降られて汚れてしまった愛車を洗ったんだ。
そしたら、庭に出てきたしんちゃんが柵越しに「藤原さん、キャンディ見なかった?」って聞くんだよ。
目を車から彼に移してびっくりしたね。めちゃくちゃしょんぼりしてるんだもん。普段から元気いっぱいって感じの子なのにさ。
「キャンディがどうかしたの?」って聞いたら「いなくなっちゃった」って泣きそうな声で言うんだよ。すごい気の毒だったな。
完全に室内飼いにしてて、深田さん一家はすごい注意してたし、キャンディ自身も屋外にそこまで興味がなさそうに見えたから、脱走したのは意外だって思ったね。でも、猫ってそんなもんなのかなとも思ったよ。
俺には子供がいないし子供の扱いに慣れてなんかないからさ、しんちゃんになんて声をかけたらいいのか分からなくなっちゃった。「見かけたら絶対教えるよ」って言って誤魔化すのが精一杯だったかな。買ってきたお土産を渡しても浮かない顔してたよ。そりゃそうだよな。
部屋ん中に戻って夜を迎えてさ。キャンディちゃんいなくなっちゃったのかぁ……って思うと俺も寂しかったよ。そんなときに、あいつらが姿を見せたんだよね。
キャンディちゃんのさらりとした撫で心地が恋しくなって、彼らにチーズを投げてやってから近づいたんだ。あいつらの撫で心地は猫に近いかなぁってさ。
親は歩いてる途中ですぐに消えちゃったし、新米の子供も手を伸ばし始めたら消えたな。でも、その頃には親と同じくらいの大きさまで育ってた、最初の子供は消えなかったんだよ。
あの緑の毛に手が触れても消えなかったから、そのままそっと掴もうとしたんだ。
空気の抜けたゴムボールって言えば伝わるかな。そんな感じに抵抗なく指が埋もれてさ。
バリッとかガサッとか……。そういう音がしたよ。
触ったことないと分からないだろうけど、蝉の羽根が擦れるとか、砕ける時と同じような音だった。
で、手の中のあいつはギギ……とかジジ……って捕まえられた時の蝉みたいに鳴くんだよ。
あいつも、もがいたんだけどさ。あのCMに出てくるキャラクターについてる手足でジタバタするんじゃなくて”中”から複数の硬い脚で暴れてるって感じの感触だった。
大きな声で「うわっ!」って叫びながら振り払うように手を離したよ。勢いが良すぎて食器棚にぶつけて、大きい音がしたな。
床に落ちたあいつも慌ててたのか、いつもはスッとその場で消えるんだけど、その時だけ床の下に沈むようにしていなくなったんだよ。
そしたらさ、床下からさっき聞いた鳴き声が聞こえてきてさ。それも、一匹分じゃなくて、今まで見てた数でも足りないくらいの音だったよ。
床下の点検とか、工事とか、そういうのに使う、床下点検口? 的なやつがキッチンについてたから、咄嗟に開けたんだ。
あいつらの大合唱が大きくなって、やっぱり床下にいるんだって確信したね。暗くて全然見えなかったから一回閉めて、車をいじる時に使ってるLEDライトを取りに行ったんだ。
その時にやっと、さっき食器棚にぶつけた右手を何かに引っ掛けてて、血がだらだら滴るくらいの結構な怪我してるって知ったよ。
人によっては先に傷の手当てをするかもしれないけど、俺はあいつらが気になって仕方なくて後回しにしたな。
もう一度床下点検口を開いて、腹這いになって、床下を照らしつつ首を突っ込んで中を覗いたよ。
ギギ、ギギって鳴く、数え切れないくらいのあいつらの目が、光を反射してた。
あいつらの中心に見覚えのある白い柔らかそうなものが横たわってたのに気がついたんだよ。
あいつらに埋もれててほとんど見えてなかったのに、なんでかは未だに分からないんだけど、それを見た瞬間に「キャンディだ」って分かった。
思わず、また大きい声出しちゃったよ。でも、あいつらもそれでビビったのか、キャンディちゃんから離れたから、穴の中に入って彼女を引っ張り出したよ。その時にあいつらの何匹かをまた触っちゃったんだけど、やっぱり”中”が虫っぽい触感なんだ。
穴から出る時に、怪我してる右手から何滴か血が落ちたんだけどさ、それに群がってきたんだよ。あいつらが。
肌が粟立つってのはああいうのを言うんだな。
真夏だってのに一瞬で鳥肌立ったよ。
それから、半狂乱になって、家にあった殺虫剤とか、パーツクリーナーとか、消毒用アルコールとか、ファブリーズとか、塩とか、とにかく効きそうな雰囲気があって散布できそうなものを床下に撒き散らしたな。
そしたら鳴き声がピタッとしなくなったから、色々なものに咽せそうになりながら中を覗いたけど、一匹もいなくなってた。
それでやっと落ち着いてきて、救出したキャンディちゃんの様子を確認したら、衰弱してたけど、まだ息はしてた。白い毛並みの至る所に赤黒くなった血が滲んでて痛々しかった。口の周りが特に酷かったな。
とりあえず息をしてる彼女を見たら、なんか安心して、そしたら右手の傷が痛みだしてさ。適当に消毒用アルコールかけて消毒して応急処置してから、キャンディちゃんを抱えて深田さんちの玄関を叩いたよ。
あいつらのことなんて言えないから、歩いてコンビニへ行こうとしたら、道沿いの生垣の下で蹲ってたことにしたよ。深田さん一家はキャンディちゃんが戻ったことに喜んでて、細かいことはあんまり気にしてなかったみたいで、それで通ったよ。
今は元通り元気だし、毛並みも艶やかで美人な猫だよ。
あぁ、そうだよ。俺はまだあの部屋に住んでるよ。引っ越すのに金かかるし。とりあえず、あの日からはあいつら見てないからいいかなって。
でも、名前を呼んだらまた出てきそうだからもう呼ばないとは決めたよ。CMで流れてもすぐにチャンネル変えるか、テレビ消してるな。
おいやめろよ、名前言うなって
あっ
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新作書きました。
少年たちはキイチゴを求めて山に登る
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