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3)アレキサンダーの戦い

数日経ってもロバートは、高熱に喘ぎ目を覚まさなかった。


 アレキサンダーは、日中、淡々と何事もなかったかのように公務にあたっていた。刺客に襲撃されようが、食事に毒が混ぜられていようが、アレキサンダーは、常と変わらずに振る舞う。

エリックも見慣れた光景だ。

 

だが、その場には、常に付き添っていたロバートが居ない。貴族達の中には、それをあえて指摘する者もいた。

「あぁ、今も私のために働いてくれている。離れていてもあれの忠義は変わらない」

 どこで何をと聞く者はいなかった。王太子の腹心、鉄仮面とも呼ばれるロバートだ。秘められた任務に当たっていると(ほの)めかされて、それ以上詮索する貴族はいなかった。


 朝夕アレキサンダーは、ロバートを見舞った。時に、国王アルフレッドも公務の合間に、ロバートの見舞いにきた。

ロバートは、(うな)され、譫言(うわごと)でアレキサンダーの名を呼び、危ない、下がれと繰り返した。アレキサンダーは、ロバートの手を握り、語りかけていた。


 早朝だった。

「ロバート」

もう何度目か。アレキサンダーがそう言った時だった。


 ロバートの目が開いた。

「ロバート」

アレキサンダーの声に、ゆっくりとロバートの瞳が、声の主を探すかのように動いた。

「ロバート、わかるか。私だ」

ロバートが数回、瞬いた。喘ぐかのように口が動いた。

「ア、レ」

掠れた声だった。


「あぁ。ロバート。私だ」

アレキサンダーが安堵の笑みを浮かべた。

ロバートが、掠れた声で何か続けた。エリックには聞き取れなかったが、アレキサンダーの笑みが消えた。


「お前は」

アレキサンダーは、真っ赤になって歯を食いしばっていた。アレキサンダーが怒りを(あらわ)にすることは稀だ。いつも、得体の知れない笑みを浮かべ、飄々(ひょうひょう)と、貴族の間を渡り歩く王太子と、同一人物とは思えない。


「少しは、自分の身を守れ!」

アレキサンダーが怒鳴ると同時に、部屋の扉が開いた。

「ロバートが目を覚ましたね。アレキサンダー様、いつもの事ではないですか、そう怒らないでも。エリック、驚かないで良いよ。どうせロバートが自分のことを棚に上げ、アレキサンダー様の心配をしただけだから」


 ハロルドは、勝手なことを言いながら、ロバートの額や手首に触れた。

「あぁ。悪くないね。悪くない。良かった。少し、薬湯を飲めるかい。飲もうか、そんな嫌そうな顔をしても無駄だよ。傷の手当もするからね」

 

 結局、アレキサンダーもエリックも、手際よくハロルドに追い出されてしまった。


「ハロルドは、いつも傷の手当の時に、私を追い出す。ロバートは秘密主義だ。ハロルドは、いつもロバートの片棒を担いでいた」

アレキサンダーは、閉ざされた扉を見ていた。

「今回、初めてだった。傷を焼くのも、縫うのも、その後の手当も、その場にいたことがなかった。いつも部屋の外で、ロバートが呻く声を聞いていた。ロバートが、あれほどの痛みに耐えているとは知らなかった」

 今頃、扉の向こうで、ロバートは薬湯を飲まされているだろう。傷を手当されているかもしれない。


「ハロルドは、あれも食えない男だ」

 ハロルドが、アレキサンダーに、重症のロバートの治療をみせた理由は推測するしか無い。

 万が一、ロバートが天の国にいるという、彼の母の元へと旅立った場合のことを考え、アレキサンダーと出来るだけ長く過ごすことが出来るようにしたのかもしれない。

 傷の治療が、決して楽なものではないことを、アレキサンダーに伝えようとしたのかも知れない。少なくとも今回は、アレキサンダーが無茶をしなければ、ロバートは、あれほどの重症を負わずに済んだ可能性もあった。

 あるいは、手当を急ぐあまり、アレキサンダーを追い出すのを失念したのだろうか。

 エリックが、様々な可能性を考えていた時だった。


「捕らえるぞ」

アレキサンダーの声は低く、呪詛のようでもあった。

「捕らえた奴らに、なんとしても吐かせる。私を襲い、ロバートに大怪我をさせた黒幕を裁いてやる。奴らが担ぎ出そうとしているリラツの第三王子は、明確に断ってきた。リラツの国王も王太子も、私を支持している。現実の見えない愚か者たちなど、この国に必要ない」

 アレキサンダーはエリックとは全く違う答えを導いていた。

「刺客等、何人仕留めても同じだ。所詮奴らは、金で雇われただけだ。黒幕を、裏で糸をひいている貴族を仕留めなければ意味がない」

 事実、アレキサンダーが立太子する直前から、次々と貴族が取り潰されていた。アレキサンダーの立太子に反対し、暗殺などの行為に手を染めた者達だ。


「新興貴族の雄の一つ、アスティングス家のグレースと、私の婚約で、多くの新興貴族の不満は防ぐ事ができるはずだ。古参貴族も賛成している。この国を纏めてみせる。王太子として、いずれ王になり、この国を統べるのは私だ。目に物見せてくれる」


 アレキサンダーが、踵を返した。エリックはその後ろに続いた。

 今日も、明日もアレキサンダーの公務は目白押しだ。


 ロバートが重症を負ったあの日も、アレキサンダーは朝から何事も無かったように、公務を果たした。貴族を相手に、いつもと変わらぬ笑みを浮かべ挨拶を交わしていた。

 

 その直前、ロバートの身を案じていたアレキサンダーとは別人のようだった。にこやかに微笑むアレキサンダーからは、ロバートの身を案じていたときの焦燥など、微塵も感じられなかった。

 明け方、ロバートの名をあれほど必死に呼んでいたというのに、なんと冷たい主なのだろうと、間近に控えていたエリックですら思った。


たった一人の乳兄弟が、腹心が、生死の境を彷徨っているというのに、なぜ、側に居ないのだろう。自分ならずっと付き添ってやるのにと、思っていた。エリックは、己の見識の狭さを恥じた。


 アレキサンダーは人の上に立つ人なのだ。

アレキサンダーは、アレキサンダーにしかできない根源を絶つ戦いをしているのだ。政治という戦いの場に身を置いているのだ。

アレキサンダーは、医者のハロルドを信頼し、ロバートの命を託した。

自分には、何が出来るのだろうか。エリックは、己に問いかけた。


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