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2)医者のハロルド

 医者のハロルドが止血のために傷を焼いても、ロバートは動かず、声もあげなかった。ハロルドの顔は険しさを深めていった。ハロルドの弟子の目には、気の早い涙が浮かんでいた。


 アレキサンダーは、手当の間もずっとロバートの傍を離れようとしなかった。

「アレキサンダー様。最悪の結果もありえると、お覚悟ください」

ハロルドの言葉は厳しかった。

「ロバートは若い。力もある。傷を焼けば、叫び、暴れて当然です。それも出来ないということが、どういうことか、殿下もお分かりのはずです」


アレキサンダーは、ただ黙って唇を噛んだ。

「アレキサンダー様」

アレキサンダーも解っているだろうに、わざわざ言わせようとするなど、酷な医者だとエリックは思った。

「あぁ」

ようやくの短い返事だった。

「お前の言うことは、わかっている。ハロルド」


「それだけではありませんよ、アレキサンダー様」

ハロルドと呼ばれた医者は、遠慮なくアレキサンダーの両肩に手を置いた。

「生き残りに聞きましたよ。アレキサンダー様、ロバートが下がれと行ったのに、あなた、下がりませんでしたね」

 アレキサンダーが俯いた。確かにそれは事実だ。だが、今この場でそれを指摘しなくてもいいだろうと、エリックが言おうとしたときだった。


「アレキサンダー様は、ロバートに、たっぷりきっちりお説教をされるべきです。徹底的に叱られて、絞られてください。そのためにも、俺もがんばりますから。アレキサンダー様、まず、その格好をなんとかしてきてください」

ハロルドの顔に、無理矢理貼り付けたような笑顔があった。ハロルドの言うとおり、アレキサンダーも、エリックも汗と返り血にまみれていた。


「エリックだったよね。君、アレキサンダー様をお連れして、まともな格好に替えてきてくれ。それから、食事だ。アレキサンダー様も君も食べてきなさい。もうすぐ朝だからね。私達の分も、持ってきてください。戻ってきたら手伝ってもらいますから、空腹では持ちませんよ」

 ハロルドは、妙に気軽な口調だった。アレキサンダーとエリックへの、ハロルドなりの気遣いかもしれない。


「アレキサンダー様、参りましょう」

「あぁ」

エリックの言葉に、アレキサンダーは立ち上がった。

「ちゃんと食べてきてください。でないと、俺がロバートに文句を言われる。エリック、その時は、君の責任だというから、覚悟しておくように」

偉そうにおどけた事を言うハロルドだが、目は真剣だった。

「ご心配なく」

エリックの言葉に、ハロルドは頷いてくれた。


「さぁ、ごめんな、ロバート、お前の唇を奪うのが、美女じゃなくて」

ハロルドが、おどけたことを言いながら、口移しでロバートに薬草を飲ませようとしていた。

「あの男は、いつもあのような男だから、注意するだけ無駄だ」

部屋を出たあと、閉まった扉に向かってアレキサンダーが言った。

「はい」


部屋から出た二人は、ハロルドのおどけた言葉の続きを聞かなかった。


 ハロルドは、飲ませようとしていた薬湯を器に吐いた。

「まさか」

ロバートの顔の向きを変えさせると、口の中から薬湯が流れ出た。

「ロバート」

答えるのは、微かな呼吸だけだ。

 ハロルドは、ロバートに口移しで薬湯を与えたが、ロバートの喉は動かなかった。飲み込めないのだ。

 飲み込むことの出来ない者に、薬湯を飲ませると、呼吸が止まりかねない。だが、大量に血を失い、毒に侵されたまま、薬湯も何もなしでは人は生きていけない。


「ロバート。頼む」

ハロルドは呼びかけた。

「頼む。死ぬな。生きろ。生きるんだ」

ロバートの微かな呼吸が答えるのみだった。



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