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1)襲撃

アレキサンダーの近習の一人、ロバートが最も信頼する部下であるエリックのお話です。

 「アレキサンダー様、下がって、下ってください」

剣戟を(つんざ)きロバートの声が響いた。

「お前が下ったらな」

アレキサンダーは刺客と切り結ぶのをやめようとしない。

「あなたが下がらなくては、誰も下がれません。下って、早く」

ロバートの声には焦りが有った。全体的に押されているのだ。相手のほうが人数が多い。護衛の多くは既に倒れ伏している。どこからともなく黒尽くめの男たちも現れたが、人数の差は歴然だ。


「下って、下がれ!早く!」

ロバートの口調が変わった。

「うるさい!」

アレキサンダーは、相変わらず下がろうとしない。

「エリック、無理矢理にでも、下げろ」

ロバートの言葉に、エリックが従おうとしたときだった。アレキサンダーが、たたらを踏んだ。刺客が笑ったのが見えた。


「アレックス!」

 ロバートが叫んだ。エリックは衝撃とともにぶつかってきたアレキサンダーの体を、なんとか踏みとどまって支えた。

 アレキサンダーを襲おうとしていた刺客をロバートが仕留めていた。ロバートは、大きく体を傾げたあと、その隣に立つ別の刺客の剣を受けた。

「ほう。その傷でまだ動けるか」

「黙れ」

短く答えたロバートだが、手にした剣の切っ先が震えていた。様子がおかしいことは、一目瞭然だった。


「はぁっ」

エリックは叫ぶと、アレキサンダーを後ろに突き飛ばし、ロバートに斬りかかろうとしていた刺客に、手近に有った物を投げつけた。

「うわっ」

驚き体勢を崩した男を、エリックが仕留めた後ろで、重い、人が倒れる音がした。


 同時に、騎士たちが部屋になだれ込んできた。狼藉者たちは、仕留められ、捕らえられ、あるいは逃げていった。

「殿下、ご無事ですか」

騎士たちが口々に叫んだ。

遅い、遅すぎる。エリックはそう言いたかったが、息が切れて、声が出なかった。


 アレキサンダーは無事のはずだ。

「ロバートが、ロバートを、医者を連れてこい、今すぐだ」

アレキサンダーが、叫んでいた。ロバートの傷を止血しようとしているのだろうか、自らシャツの袖を切り、ロバートの胸の傷を押さえていた。


エリックはようやく、あのときの衝撃の理由がわかった。ロバートが身を挺して、アレキサンダーを庇ったのだ。エリックの位置が近すぎた。もう少し離れていたら、たたらを踏んだとはいえ、アレキサンダーが自力で、刺客の突きを避けられただろう。

 月明かりでも、刺客達の剣が不気味に光っていたのが見えた。あれにはなにか、毒が塗ってあったとしか思えない。


「ロバート」

アレキサンダーの呼びかけにも、ロバートは固く目を閉ざしたままだ。

「ロバート、死ぬな、ロバート」

アレキサンダーが必死にロバートの頬を(はた)くが、全く反応がない。

「ロバート、死ぬな、目を開けろ」

 アレキサンダーの声が、夜の王太子宮に響いていた。


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