九十八話 揺らぐ自信
急に、王宮って皇宮ってしなきゃいけなかったかなと思ってここから表記が変わっています。いずれどちらかに直します。かも。
身長の倍ほどもある長いベールを裾の広がりが乱れぬよう気をつけながら引きずり、フェリシアはゆっくりと大聖堂の身廊中央を歩く。
脚は大きく動かさず、これまた長いトレーンの乱れに気を使うドレスの裾からは、靴の先をはみ出してはいけない。
左手に持ったブーケに見立てた一輪の白い花は傾けず垂直に胸の前で保ち、右手は差し出された腕に添えるだけで決して掴まない。
歩幅は合わせ、追い抜いても遅れてもならないのは当然ながら、立ち位置は必ず少し新郎よりも後ろになるように心がける。
一歩一歩に気を配ることが多すぎるが、新婦は俯き加減に歩くと決まっているので足元が視界に入る為まだ救いがあった。
フェリシアは今日、あと数日と迫った結婚式の予行に大聖堂までやって来ていた。
ベールは本番同様伝統の物を使っているが、婚礼衣装は急ピッチで仕上げている途中の為、似たデザインのドレスにトレーンに見立てた布を仮縫いしての予行だ。
動きづらいし踏み出すたびに神経を使って疲れるが、隣を歩くサフィールとの歩幅は不思議と合わせやすい。
フェリシアの足運びが乱れても大きくずれないことからサフィールの方が合わせてくれているとわかる。
前だけを見ているのに器用な人だなと、いつもの不機嫌そうな顔を横目で見上げて思う。
「こちらまでいらっしゃいましたら、お二人ともその場に膝をおつきになってください」
祭壇前まで来たところで司祭より指示があり、フェリシアはサフィールと共にその場に跪く。
ここで聖典が読み上げられ、フェリシアの洗礼も同時に行われるそうだ。
改宗には戸惑うが仕方がない。式が済めば帝国の人間となるのだから。
「済みましたらお立ちください。誓いの義を交わしていただきます。その後、列席者の方へお向きになってください。聖歌がうたわれます」
確認はさらりと進んでいくが、式次第も付け焼き刃で憶えたばかりの上トレーンの重いドレスで動きにくいフェリシアはついていくのに必死だ。
とにかく一つ一つの所作が細かく決められているのでただ立ち上がるのにも神経を使い、スカートを踏んでしまいそうでそちらへ注意を払うと姿勢が保てなくなる。
おぼつかないながら誓いの義を終えて向きを変える時も、新郎へ背を向けない為にはどちらの足を引くのだったかと簡単なことにも混乱してしまう。
案の定間違えて、回転に合わせてドレスの裾を持ち上げる侍従と行き違いもたついている間に、オルガンが聖歌を奏でだしたのでフェリシアは慌てて歌った。
ドーム型の大聖堂内に、オルガンの音に合わせてフェリシアの歌声が響き渡る。
初代皇帝が神託を受けた場面を描いた、フレスコの壁画が広がる高い天井に澄んだ歌声が反響し、バラ窓から差し込む鮮やかな色を透かした日差しと共に地上へと振り注ぐ。
一切の雑音を消し去り、神秘性の高い歌声が生み出した厳かな空気が聖堂内を満たしきった時、はたとフェリシアは気づいた。
その場の誰も歌ってはいないことに。
「……あ、ら……?」
「フェリシア様……なんとも……素晴らしい歌声でございます。しかし誠に申し上げにくいのですが、新郎新婦様は祝福を受ける側でございますので、一楽章お聴きになられましたら歌われる中ご退場いただく運びとなります。恐れながら、お歌いにはならずに、です」
司祭にそう指摘されて、フェリシアはかあっと耳まで赤くする。
周りはフォローしてくれたが、サフィールは無言で見下ろしてくるので居た堪れない。
本番は数日後と迫る中、不安を覚えるだけの予行となりフェリシアは深い溜め息を吐いた。
皇宮を囲む運河を隔てて南側に位置する大聖堂を後にし、予行を終えたフェリシアは馬車に乗り帰路につく。
本番同様アップスタイルに纏めた白金の後れ毛が振動にゆらゆらと揺らされる中、窓の外を流れていく漆喰の壁の街並みを眺める。
対面にはサフィールが座っているが、乗り込んでから、いやその前からずっと無言であった。
恐らく先ほどのガタガタの予行に不満があるのだろうと思えて、こちらから話しかけることは出来ずにフェリシアも無言でいる。
今朝も同乗していたが例の如く不機嫌だったので話すこともなく、歩み寄れると思った時点から関係が遠ざかった気がしてならない。
妃として相応しくなければサフィールにとってフェリシアの存在価値は式が済んだ時点でほぼ無くなる。
まずは恙無く役目を果たせなくては歩み寄るどころの話ではないだろう。
そう思うが、先程の予行や今日まで受けた指導の結果を振り返ると自信を失くして落ち込んでしまう。
気持ちが落ち込むとせっかく前向きに受け止めようとした心も揺らぐ。
サフィールの境遇に同情し、ある部分では共感し、彼を理解したいと思ったのは本心だ。
本当は優しいであろう人がどうして強硬な態度を取るのか彼の気持ちを知りたいと思うのも。
しかし結局のところサフィールに歩み寄りたいのは自分の為なのだとフェリシアは自覚していた。
単身、それも唐突に知らぬ土地に放り込まれた心細さ、親しい者が誰もいない寂しさ。
中身を失くした大義の前に感じる無力さと虚しさ、そしてもう戻れない日々へ馳せる悲哀。
それらに追いつかれる度に、叶わない願いに縋りたくなる愚かさを繰り返す。
ここで生きる以外にないのだから、いい加減現実を受け入れなければならないのに。
だから新しい理由が欲しかった。その理由をサフィールに求めた。
だがそこにも夢を見ていたのだなとフェリシアは思う。
この先を共にする者として歩み寄りたいと思ったが、サフィールはそんなことを求めていないのだろうから。
ほんの少し見せてくれた優しさに、憧れた幸せな結婚生活を夢見て少しでも近づけようとしてしまったに過ぎない。
サフィールを思いやり理解者になるふりをしながら、詰まるところ自分の為という姑息さと愚かしさに溜め息が出る。
でもせめて、生きていくうえで一番近しい人とくらい打ち解けたいと思ってしまう。
でないといつまでも、思い出す日々が遠ざからない。
そんな感傷に浸って会話もなく無言でいると、諸々の上手くいかなさも相まって情けなくなってくる。
じわっと思わず目に涙が浮かびそうになったフェリシアだったが、急に低い声に問いかけられて涙が引っ込んだ。
「——いつ憶えた」
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