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九十六話 元共犯者ども


 フロッセル領のある王国西南部から汽船に揺られ、カーライル領の端にある港街に着いた時には既に午後だった。


 そこから舟を使ってカーライル邸へほど近い市街地までやって来たガートルードは、従者に馬車を用意させる間久しぶりに足を踏み入れた街を眺めていた。


 ひと月前は足繁くこの船着き場に通った時期もあったと、女子好きのしそうな雑貨店を外から覗く。

 奮闘した日々を感慨深く思っていると、突然、店の脇の路地から腕が伸びてきて、そのまま路地裏まで引き込まれた。


「きゃあっ!」


 掴まれた腕を乱暴に引っ張られて、身体を壁にドンッと強く押し当てられたガートルードは悲鳴をあげた。

 誘拐か強盗かと思って一瞬血の気が引いたが、すぐさま降ってきた声にハッとして顔をあげると見知った顔があった。



「やっと見つけた! 必ず来ると思ってた。仕組んだのは君だな⁈」


 ガートルードを壁に押しつけて、怒りのこもった目で睨みつけていたのはロドニーだった。


「やだ、誰かと思えば元共犯者さんじゃない。ご機嫌ようロドニー卿、その後いかが? ところで乱暴はよしてくれる? 強盗かと……て、どうしたのその顔。痣だらけ」


 見ればロドニーの顔には治りかけのようだがまだはっきりと分かる痣が数箇所あった。

 特に目の周りは赤紫っぽくなっていて酷い。


「君こそ目が充血して腫れているようだけど、それは何故?」

「……素晴らしいシナリオの物語に感動しちゃって、ちょっとね」


 だがガートルードもロドニーに負けず酷い顔をしている。

 指摘された通り目は充血気味でうっすらと赤くなり腫れぼったい。


「ねぇ、痛いわ、いい加減離して。元共犯者のよしみで用があるなら聞いてあげるし、なにも逃げたりしないから」


 ロドニーはガートルードを一睨みしてから、掴んだまま壁に押しつけて拘束していた手を離した。


「やだ……この痣残らないわよね? こういうワイルドにときめく年頃はもう過ぎたのよ、ただの暴力でしかないんだからやめて欲し——」


「君だろ? このおかしなこと全部、君がやったんだろ?」


 掴まれた腕に付いた痣を気にするガートルードを無視してロドニーは詰め寄った。

 腕を摩っていたガートルードは、一拍置いてから腫れ気味の垂れ目でロドニーを見上げ、色っぽい笑みを浮かべて言った。


「……何のこと?」


「わかってるくせに。フェリシアと帝国の皇子の結婚のことだ。君が仕組んだんだろ?」


 怒りを込めて睨みつけ執拗に追及するロドニーに、ガートルードは鼻で笑うと手を振った。


「やめてよ、国の大事に介入するだなんて、そんなこと一介の伯爵令嬢が出来ると思ってるの? あなたってもっと賢いと思ってたけど」


「出来るんだろ? 君は人を操る催眠術が使えるから」


「催眠術⁈ いかがわしい呼び方しないでもらいたいわ! 魔法って呼んでよ、せっかくファンタジーなんだから」


「やっぱり使えるんだな!」


 ガートルードに怪しい力が備わっていると確信を得て、ロドニーは声を荒げる。

 その憤りを露に追及する姿に、早くもうんざりしたガートルードは嘆息を漏らすと面倒そうに口を開いた。


「ええ、そうよ。使えます、魔法。猫も杓子も私に対して無条件に絶対的な好感持っちゃう素敵な魔法」


「絶対的な好感……? そうか……それでフェリシアが君の占いを鵜呑みにしたのか。君の言葉を好意的に捉えたから」


「……察しがいいわね。やっぱりあんたを共犯に迎えて正解だったんだわ。土壇場で裏切ってくれたおかげで失敗させられたけど……ねぇ、私がカーライル領を出た時フェリシアを港に寄越したのあんたでしょ? 自分が失敗したからって私の足まで引っ張らな——」



「今すぐ魔法を解け! こんな唐突でおかしな結婚ありえない!」


 穏やかで気弱なロドニーが珍しく怒鳴った。


 それに一瞬驚いた顔を見せたガートルードだったが、すぐに口許にいやらしい笑みを浮かべる。


「解くって……何を? 聞いてた? 私が使えるのは私に好感を抱かせる魔法よ? あなたの大好きなフェリシア嬢とどっかの帝国の皇子様との婚姻にそれがどう働くっていうの?」


「……それは……でも僕は恐らく君の魔法に一度かかった事がある」


「は? いつよ? かけてな……あー……」


 否定しかけて、いつぞや魔法が知らぬ間に発動していて良い女ごっこした事を思い出したガートルードは心当たりに言い淀む。


「……んー……それが? 何?」


「その時の、目眩がして目の前の事しか頭に入らなくなる感覚がこの書簡からもした。これは君が関わった書簡だろ?」


 ロドニーはぐしゃぐしゃに握りつぶされた王城からの手紙をガートルードの顔の前に差し出した。

 その手紙を一瞥したガートルードは困ったような、しかしどこか挑発する雰囲気のある表情をして見せた。



「関わるって……どうやるの? 例えば、やり手の外交官を手駒に加えて、魔法の涙を染み込ませた手紙を方々の高官に送り帝国との和睦を進めさせ、その為の象徴的婚姻にフェリシアが選ばれるようにしたとか?」


「……魔法の涙?」


「もしくは……融和派と保守派に二分された帝国で、帝位継承争いにおいて不利な立場に置かれて喘いでる第一皇子様側に、来たる夏に王国に誕生するお姫様と弟皇子くんが結婚する事に決まるから、邪魔なあなたは戦争だなんだの責任取らされて断罪されちゃうって教えてあげちゃうとか?」


「王女が誕生? 王妃様がご懐妊なさってるなんて、そんな話し聞いたこと……」


「あの方、王子様を妊娠中に周囲からの過度な期待で何度も体調を崩されたでしょ? あの時のような恐れがあるから無事産まれるまで伏せてたって設定なのよ。王城勤めの高官達は当然知ってるでしょうけど、もしツテがおありなら確認してみたら良いんじゃなくて? 女の子かどうかまではわからないでしょうけどね」


 ふふっと笑ったガートルードに、ロドニーは訝しむ目を向ける。


「……それが本当だとして、どうして君がそんな事知ってる? 政策に関わる高官でもない、一伯爵令嬢のはずの君が」


「言ったじゃない。私ってば預言者で占い師で魔法使いなんだって。でも別に信じなくても良いのよ、魔法も予言も占いも。夏が来れば自ずとわかるでしょうから」


 クスクスと嘲るように笑うガートルードはなんとも楽しそうである。


「向こうの皇子様側にもそう言ってやったわ。信じて動くのも無視するのもそちら次第って。ただ、今のまま夏を迎えれば待っているのは破滅よってね」



 そう言ってガートルードは狭い路地で向かい合うロドニーへ、ずいっと一歩近づくと真下から見上げて睨めつけた。


「煽って煽って煽ってやった。回避したいのなら帝位継承会議の前に動くべきよって。皇帝も齢七十の大台が見えてきていよいよ新しい皇子も望めそうにない。そこへ体調不良と来てる。世代交代する未来が目前に迫っている帝国では、今後の身の振り方を考えて臣下達はさぞかし慌ただしくなってることでしょうね。サフィールと第二皇子のどちらが帝位に就き、そして自分達はどちらに付けば安泰なのかを考えて」


 この上なく楽しそうに饒舌に、ガートルードは帝国の内情を語る。


「だから言ってやったわ。これまでの戦績に加えて融和の象徴ともなれば、さして変わらぬ卑しき出生の第二皇子との差は歴然、あなたに否定的だった臣下の何割かも傾くと。そうすれば、あなたの帝位はきっと揺らがぬものになるってね。もしこの話しに乗る気なら、産まれくる姫君を弟くんに当てがわないよう便宜も計ってやるわ、ともね」


「……やっぱり君がやったんじゃないか」


 軽蔑を浮かべた濃紺の瞳には黒髪の美女が映る。それを見つめて、ガートルードはにやりと笑んだ。


「……あら? そうだったかも?」

ちょろっと顔を出してから暫く牛乳あんぱんさせられていたロドニー君ようやく再登場


お読みいただきありがとうございます。

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