八十二話 蠢く蛇
今話より二部に入ります。
※ごめんなさい。終わりの方に想像しちゃうと痛い!って思うかもしれない部分あります。
灯されたシャンデリアの蝋燭により、落ち着いた明かりで照らされているパーティー会場。
グラスを片手に紳士淑女が上品な笑い声をあげて楽しげに談笑している。
隣のホールでは比較的年若い男女が優雅にダンスを踊っているのが見えた。
けれどそのどちらにも混ざる事なく、ガートルードは会場を見渡して目当ての男を探す。
銀髪に長身、利発そうな切長の目に柔和な雰囲気を湛え、穏やかに笑んでいる口許。
「……いた!」
重たそうなカーテンのかかった窓際で、談笑している数名の男女の中に目当ての男はいた。
ガートルードはブラウン系で纏めたドレスを翻し、つかつかと真っ直ぐ窓際へ向かって行った。
「こんばんは、野心家の外交官さん」
その場にいた者と話しの最中だったにも関わらず、ガートルードは気にする事なく間に割って入りそう言った。
話しかけられた銀髪の青年は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔を作った。
「……こんばんは、お嬢さん。何か御用でしょうか? 生憎と今は——」
「ええ、とっても大事な用があるの。あなたの今後に深く関わるとっても良いお話し」
青年は、不躾なガートルードの登場に戸惑いを見せている周囲をチラッと見やってから、笑顔を崩さず応対する。
「……申し訳ないのですが、私とあなたは初対面……ですよね? どういったお話しでしょうか」
追い払いたい空気を醸されているのを感じ取りながら、ガートルードは口の端を大きく持ち上げて青年にだけ聞こえる声で言った。
「そうね、初対面。でも私はあなたをよく存じ上げてましてよ。例えば、先日の蝶の夜会で可愛い小鳥を取り逃した事なんかも」
青年はビクッと肩を揺らして、咄嗟に周囲へ視線を走らせる。
整った顔からは柔和さは消え、代わりに焦りを浮かべているのを見てガートルードは微笑みかけた。
「あら、随分な焦りよう。いつも余裕があって冷静なあなたが珍しい。やっぱりあの夜会って隠さなきゃいけないくらい疚しい会なのね」
クスクスと笑うガートルードに苛立った様に一瞬眉を寄せた青年は、談笑していた者達に席を外す旨を伝えると、ガートルードの腕を些か強引に引き会場の隅まで連れて行った。
「痛いわ、優しい紳士が聞いて呆れる」
「ルール違反ではありませんか? あの夜会での事は口外厳禁の筈ですよ」
先程の柔和な笑顔が嘘の様に、銀髪の青年は険しい顔をしてガートルードを睨んだ。余程知られるのを恐れているのだとわかる。
「怒らないでオスカー卿。あなたと話したかったからつい……でも良い話は本当よ」
「……私はあなたを存じ上げない。最低限のマナーもない方の話しを聞く道理もありません。では」
足早に立ち去ろうとするオスカーをガートルードは余裕の笑みで引き留める。
「ねぇ、オスカー卿。あなた出世したくない?」
出世と聞いて野心家オスカーはピタッと足を止めた。
「歴史に名を残さない? 帝国との和平を実現した立役者、切れ者外交官として」
「……名を残す? 一体何を——」
「興味あるでしょ? 手伝って下さるならお話ししますけど、どうします?」
足を止め振り向いたオスカーはしばしガートルードを見てからまた前を向いた。
「お断りします。見ず知らずの方の訳の分からない話しに付き合う事は出来ません。では」
「未成年」
背にしたガートルードがそれまでとは違う低い声を出したので、オスカーは再び振り向いてしまった。
「未成年、でしたのよ。あなたが捕まえ損ねたあの真っ白な小鳥さん」
「……そうですか。未成年は参加しない会のはずですが、誰が誰とも分からなければそういった事もあるのでしょうね」
「そうね、私も参加出来たもの。でもねあの小鳥さん、私と違ってあれがどういった夜会かをご存知なく連れて来られてしまったみたいで」
「確かに、そのようでしたね。それにしては……随分と……」
オスカーは何かを思い出したのか口許を押さえた。
「それで、そこで出会ったお優しい方に恋してしまったんですって。毎日夢に見るくらい、本気で」
「それはそれは。楽しみ方を弁えてらっしゃらなかったのですね。初心な方だ。それでああとは……」
「お相手は、細身の長身で、暗がりでも目立つ銀髪に、柔和な笑みを浮かべた優しい紳士」
暗に自分を指し示す特徴にオスカーはふふっと笑う。
「一時の逢瀬で本気にさせてしまうなんて、随分罪作りな方ですね」
「ほんと、そうですわね」
ガートルードも微笑んで、直後、口許だけに笑みを残して鋭くオスカーを睨んだ。
「でね、その小鳥さん、どうしてもその人にもう一度会いたくてお父様に全てを話したのですって。夜会の事も、お相手がどんな方でどんな会話をしたのかも」
「そう……ですか」
「そのお父様って言うのがね、戦鬼と名高いレイフォード公爵なんだけど」
「レイフォード公爵⁈」
オスカーが大きな声を出したので、周囲の者達の視線が一気に二人に注がれた。
ハッとしたオスカーは何でもないという風に笑って、周囲が興味を失って目を逸らしたのを確認してから小声で問い詰める。
「そ、それは本当か? あの北部の騎士を束ねて防衛の枢要を成すあの……」
「そう、一人娘を碌に外にも出さずに屋敷に閉じ込めて、何よりも大事に守っているあの鬼公爵様」
オスカーはアイスブルーの瞳を見開き青ざめる。
「あ……あれが小鳥姫……何であんな場所……」
「いけない繋がりって親の目の届かないところでいつの間にか出来ているものよね、本当気をつけないと。それでね、オスカー卿。事の次第を詳らかに聞いた公爵は、今その銀髪の王子様を血眼で探してるの。大事な娘を誑かした不届き者として」
「——っ⁈」
「あのいかがわしい会に連れ出したのもきっとその方だって思ってらっしゃるみたいで、物凄い剣幕だそうよ」
「冤罪だ! 私は彼女にあの場でお会いしただけで——」
「だけ? でもお話しになったのでしょ? あられもない噂飛び交う怪しい夜会で、どんな風に声をかけて、何に何とお誘いしたのか……彼女は何と感じ、そしてそれをどうお父様にお話しになったのかしら、ね?」
「——私は……何も……」
目に見えて狼狽えているオスカーを見上げてガートルードはにやりと笑う。
「例え誤解であっても、あの夜会にあなたがいて、彼女と話した事は事実よね? 公爵閣下に殺されなくても、あんな会に出入りしているなんてもしも周囲に知れたら醜聞も良いところじゃない? 出世に響きそ」
ビクッと身体を竦ませて、動揺をもはや隠せないオスカーに、揺らいだ、とガートルードは青紫の瞳を煌めかせる。
「意外とちょろいわね、Aランク」
そしてここ数日のストレスで出来た口内炎をガブッと思い切り噛んだ。
「——ゔっ……く、ぅぃい……ぁぁあ……ぃぎぎゅ——」
口内に走った鋭過ぎる痛みに悶絶し、湧き出てきた涎と共に涙を零す。
苦痛に顔を歪ませながらガートルードは痛む口を押さえて、落ち着きなくあちこちに視線をやっているオスカーを呼んだ。
「……ねぇ、オスカー卿。相談なんだけど、彼女がいなくなれば、あなたの心配事は無くなると思わない?」
「——え?」
焦った目でこちらを見たオスカーを、赤紫に光る瞳で捕らえてガートルードは告げた。
「良い手があるの。彼女をここから消し去って、ついでにあなたの名声にも繋がるかもしれない最高の手が」
「……消す……名声……」
じっと瞳を見返しているオスカーが鸚鵡の様に繰り返したのでガートルードは微笑んだ。
「ええ、そう。とっても良い手。私とあなたが手を組めば、きっと上手くいきますわ。だから……協力、してくださいますよね?」
上目遣いでそう要請したガートルードに、濡れた赤紫の瞳を数秒じっと見つめたオスカーは、静かに微笑んだ。
「……わかりました。いいですよ、ご令嬢。あなたに協力しましょう」
「ありがとう、紳士な外交官様。早速だけど、これを託しても良いかしら」
ガートルードはドレスの胸元に手を突っ込んで、しわしわと表面が波打った手紙を数通取り出した。
「大使、外務卿、宰相、国王、なんでも良いわ。とにかく私を上に繋いで?」
二部もお付き合い頂けたら嬉しいです。
お読みいただきありがとうございました!




