七十九話 カミルには密命がある ①
「諸君! ここに集まってもらったのは他でもない! 我らが主君のご子息、アルベルト様についての話しである!」
その日の午後、カーライル領の兵舎で、集まっていた数名の中から一人の兵士が声高に呼びかけた。
「知っての通り、アルベルト様はご婚約者様と無事よりを戻された!」
「喜ばしい限りであります!」
うむ、と兵士達は頷き合う。
「しかしながら! その喜ばしい事象とは裏腹に、我々の平和な日々は打ち破られた! それは何故か!」
「アルベルト様が心身共にご回復なさって、訓練を再開されたからであります!」
「その通り!」
「それも以前にもまして苛烈極まっております!」
「まったくもってその通り! 見よ! この屍の数々を!」
兵士は兵舎の床にボロボロの状態で転がっている仲間達を指し示す。
「アルベルト様は日々、見た事ないレベルで破顔されて幸せいっぱいでおられる筈だと言うのに、これは如何な事か! 答えは一つ!」
「何でありましょう!」
「実はお二人はあまり上手くいっていない!」
なんと、と兵士達がどよめく。
「私の見る限りとても仲睦まじいご様子ではあるが、お二人は今一歩付かず離れずなご関係のようである。表面上にこにこされているが内心では不満をお持ちのアルベルト様が、その憤懣を我らにぶつけているのであろうと私は導き出した」
「欲求不満という事か」
なるほどと納得する声にうむ、と頷き兵士は続ける。
「このままの状態が続けば我らの命はない。そこで、カミル! 来い!」
「さー! いえっさー!」
呼ばれて後方に控えていたカミルは兵士達の前に出た。
「仲間の命を守る為、カミル、お前に密命を下す。邸内へも自由に出入りが出来るその特異性を生かし、アルベルト様とフェリシア様の仲を取り持て!」
「さー! いえっさー!」
「さすれば、アルベルト様は我らが逆に恐怖すら感じる例の表情同様、手合わせの方もふにゃふにゃヘロヘロとなり、必ずや平和が齎される!」
おおっ! と賛同と期待の声が上がる中、棒読みで答えていたカミルがボソッと呟いた。
『……なぁ、気づいてないのかもしれないけど、あいつ浮かれてるからヤバいんだぜ?』
「なんだ? 何か意見があるのか?」
「あー……んー……さー! いえっさー!」
「よし! では行け! 一刻も早くこの地に平和を! 我らの命はお前にかかっている!」
「いえっさー」
密命を受けたカミルは緊張感のない返事をして、不思議な一体感で期待に沸いている兵舎を後にした。
しかし、仲を取り持ってどうする、と応接室でお茶の時間を過ごしている二人を窓から盗み見てカミルは思う。
兵士達は勘違いしているが、アルベルトは非常に機嫌がいいので鍛錬にも気合が入り、結果屍の山が出来上がっているのだ。
今だって、窓越しにも見えないハートが飛んで来て刺さるんじゃないかと思う程、それはそれは幸せそうである。
これ以上浮かれさせる必要はないと窓から離れかけたカミルだったが、微妙に距離をとっている様子の二人に気づきすぐに思い直す。
『……言われてみれば、確かにいまいち踏み込みの甘い感じがあるな……。今だって二人きりでいるのに抱き合わず、手も握らずだ。体裁ってやつをそんなに気にしてんのか? あいつ』
そう思ったが港町から帰る時の、喜びを抑えきれずになんなら周囲に幸せだと喧伝でもするような、アルベルトの態度を思い出し即打ち消す。
『いやいや。もうそんな物はフェリシアを手に出来た幸せの前に消し飛んでた。じゃ、なんだ? 喧嘩してんのか? でも幸せそうではあるんだよな……前と同じ、浮かれてる……』
アルベルトの今の姿はカミルの目には前と同じに映る。
婚約式までの日を嬉々として数え、定期的にフェリシアの下へいそいそと出掛けて、それ以外の日は鍛錬に猛然と励む。あの浮かれた姿だ。
『……待てよ、暴れるのは浮かれた自分を抑える為。つまり今も抑えなきゃいけない何かがあるって事か。でも今さらなんだ? 今や形を成してない体裁とフェリシアへの格好付けの為か? それこそフェリシア含めてもう皆知ってるんだから今さらだろ。でも、とにかく抑えなきゃいけない何かがあるっていうんなら、もういっそ浮かれ気分爆発で全部曝け出させてやれば……暴れる必要がなくなるんじゃないか?』
ふむ、と自分の案に納得し、カミルは窓際にかじり付き直した。
『……馬を引いて長時間歩かされた礼もまだだったもんなぁ』
そう言ってカミルはアルベルト同様幸せそうに微笑んでいるフェリシアを見てにやっと笑った。
*
「フェリシア」
翌朝、アルベルトが不在の時は彼女の定位置になっているガゼボで、一人、本を読んでいたフェリシアにカミルは近づいた。
「カミル。何かしら?」
「何読んでる?」
「これ」
フェリシアは本の表紙を見せる。
「……サファル語の本?」
「ええ。そう難しくないと聞いたから、勉強しようかと思ってお借りしたの。そうしたら、二人が何を話しているのか分かるじゃない? いつも気になるんだもの、とっても楽しそうだから」
「大体喧嘩だ」
「知ってるわ。怒ったり笑ったり、とっても楽しそうに喧嘩してるのよね」
「楽しくない」
クスクス笑うフェリシアの横にカミルは口を尖らせてピョンと座った。
「憶えた?」
「いいえ、難しいの。アルベルト様は簡単って仰るけれど、単語の意味が広いと言うか……何を指しているのかすぐ分からなくなっちゃう」
「言い換えるは難しい」
「それを簡単って仰るんだから、アルベルト様は勉強家だわ。カミルもそうね。こちらの話していることは全部理解してるもの。ここに来てから学んだのでしょう? どのくらい勉強したの?」
カミルは首を振る。
「元々少し知ってる。俺達、商人と良く話す。だから憶える。商人もこっちの言葉知ってる」
「そうなのね」
「色々教わる、こっちも教える。薬の木、歌、危険な道。交換して憶える」
「歌も? そういえば港から帰る時に歌っていたわね」
「あれは旅の歌。元は他の部族の歌。女商人から聞いた。そいつ声でかくて明るい、けど凄い歌下手くそ。だけどこの歌好き。教える? フェリシアは歌上手い。言葉も教える? 話すの本より早い」
「嬉しい、教えて! こっそり喋れる様になってアルベルト様をびっくりさせたかったの」
本を閉じ喜んで食いついてきたフェリシアに、カミルは愛らしい顔でにっこり微笑んだ。
「うん。いいよ」
*
「アルベルト様!」
午前の訓練を終え、着替えたアルベルトが廊下を移動していると後ろから声をかけられた。
「フェリシア、どうした?」
振り向くと、フェリシアがにこにこと言うかにまにまと何やら楽しそうな顔をして立っていた。
「訓練は終えられたのですよね? いま、お時間ありますか?」
ふわふわの髪を揺らし小首を傾げる仕草が可愛らしくて、もちろんと即答しそうになるがアルベルトはぐっと堪える。
あと半月もしないでフェリシアはこちらに移ってくるし、なんなら少し早い新婚生活だって始めてもいい。
だが、ここで下手を打ってレイフォード公へ万が一にも露見してしまえば、またフェリシアを失いかねない。
世界が灰色に染まるようなあんな思いはもうしたくはないので、アルベルトは胸の奥に湧きあがる衝動を何とか押し込める。
あと二週間もすれば、心置きなくフェリシアに触れられるのだから。
「……すまない、橋の補修の件で陳情が入っていて、今から視察に行かなければならないんだ」
「そうですか! わかりました。いってらっしゃい!」
「……? ああ……行って、くる」
断わられたと言うのに、予想に反してなんだか妙に嬉しそうにする様子を不思議に思いながら、アルベルトはにこにこと見送るフェリシアに背を向けた。
やはり未だに年下の女性の考えはわからない、と脳内のニコルに相談しかかった時、後ろからフェリシアに呼びかけられた。
『愛してる赤狼。キスして』
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