七十六話 フェリシアは縮めたい
幕間で申し訳ないです。(しかも数話に渡っちゃう)
「手紙をありがとう、カミル」
カーライル邸の庭の一角に座って、剪定で落とした花を束ねながらフェリシアは言った。
「ああ」
カミルはフェリシアの後ろに立ち、同じく庭師から貰ってきた花をふわふわのプラチナブロンドにぷすぷす刺して飾っている。
「あなたが手紙をくれたから、皆が協力してくれて私いまこうしていられるの。お礼を言うのが遅くなったけど、全部あなたのお陰。ありがとう」
「……どいたしまして」
カミルが照れ臭そうに答えたので、フェリシアもふふっと笑った。
父から許しを得て、カーライル邸に数日滞在出来る事になったフェリシアは幸せな時間を過ごしていた。
昨日までが嘘の様に心の中が穏やかで暖かい。何もかも元通り、いや今まで以上の事もあると思った時、遠くから名を呼ばれた。
「フェリシア」
呼び声の方へ顔を向けると、昨日は宿泊する事となった父達と話しを終えたアルベルトが、フェリシアの下へ戻って来る所だった。
「アルベルト様!」
「そんな所に座って何してた?」
芝の上に座っているフェリシアの側まで来てアルベルトが尋ねた。フェリシアは作っていた小さなブーケを見せる。
「サファルの民の結婚式では、参列者は皆ブーケを胸に刺すのですって。作ってみましたの」
「そうか、知らなかった」
アルベルトは渡された手のひらサイズのブーケを眺めている。
「取り入れてもいいな」
「そうですね。こっちもどうですか?」
フェリシアは、カミルが色も種類も様々な花で飾ってくれた髪を指差す。
「サファルの新婦は髪を花で飾るのだそうです」
『綺麗だろ。サファルの結婚式では踊るから、回るたびに花が宙を舞ってもっと綺麗だぞ』
「ああ、綺麗だな。こちらの式では踊るのは難しそうだが、舞う所も是非見てみたい」
「……踊る?」
「サファルの式では踊るそうだ。おいでフェリシア、お茶にしよう。カミル、天気が良いからガゼボまで運ぶように言ってきてくれ」
「へーい」
屋敷まで駆け戻って行くカミルを背に、差し出されたアルベルトの手を取ってフェリシアは立ち上がる。
するとすかさずアルベルトがフェリシアを抱き寄せて、ダンスでもする様にくるりと大きく一回転した。
「な、なんですかぁ⁈」
突然の事に驚くフェリシアの白金の髪は回転で揺れ、緩く刺さっていた花がふわりと周囲に舞った。
「踊ると花が舞うんだそうだ。見てみたくて。うん、綺麗だった」
「……アルベルト様ったら」
「悪かった。行こう」
頬を赤らめて拗ねた風な顔をするフェリシアに、アルベルトは朗らかに笑って改めて手を差し出し、二人は腕を組むと寄り添ってガゼボに向かった。
華やいでいるガゼボの長椅子に並んで座り、給仕を下がらせてフェリシアとアルベルトは二人だけでお茶を楽しむ。
暖かな時間に自然と顔がほころび、とりとめもなく話をしては微笑み合う中、フェリシアは気になっていた事を尋ねた。
「アルベルト様、お怪我の具合はいかがですか?」
「少し派手に血が出ただけで元々大した事はない。もう包帯も取れる」
両手に巻かれた包帯を見せてアルベルトが笑ったので、フェリシアも安堵して微笑んだ。
あの夜引き留める事も叶わず別れた時は、こんな風に笑いあえる日が来るとは思えなかった。
けれど多くの人に助けられて、いま隣にアルベルトがいる。
幸せだと感じる度に、今を迎えられている事への感謝と喜びで胸がいっぱいになる。
「良かった……本当に。全部、元に戻れて良かった」
「……ああ、良かった」
二人は同じ気持ちで、今あるこの幸せを噛みしめる様にそっと手を繋ぎ、指を絡めた。
何もかも元通り。
しかし変わった物もある。
以前はこんな風に指を絡めるなんてした事がなかった。さっきみたいに抱き寄せられる事だって。
婚姻後に訪れる物なのだと夢見ていたそれらが、今ここにある事にフェリシアは実感する。
アルベルトと恋仲なのだと。
言葉にして改めて認識すると恥ずかしくなって、フェリシアは足元へ視線を逸らした。
何度もすれ違い失くしかけて、やっと取り戻せた今、アルベルトの事を以前よりもずっと深いところで好きだと感じている。
そしてアルベルトも同じ様に好きでいてくれて、想い合う関係になれた。
叶わないと思った日から考えればそれだけでも奇跡に近い。
それなのに、アルベルトといると胸の奥の方に更に求める気持ちが湧いてきて、それが段々大きく、溢れそうになってくる為自分でも戸惑う。
もっと、もっと近づきたい。
手を繋ぐだけじゃ、足りない。
「随分沢山飾りつけたな」
「え? あ、ああ、髪……ですか? たっぷり付けた方が良いそうで……」
のぼせた様にぼーっとしてしまっていたフェリシアは、アルベルトの声にハッとして取り繕った。
もっと、だなんて欲深くはしたないと己を恥じる。
邪な雑念を振り払おうとフェリシアが深呼吸していると、アルベルトが髪に付けられた花に手を伸ばした。
「後で取るのが大変そうだ。かなり絡まっている所もある」
そう言いながら、アルベルトは花に絡まったフェリシアの髪をほどこうとする。
「そんなに酷いですか? あ、でも、踊ったら取れるので……は……」
髪をほどいていたアルベルトの手がすうっと滑って頬に当てられた為、フェリシアはアルベルトを見上げて黙った。
じっとこちらを見ている鳶色の瞳に捕まって目が離せない。
心臓が一つ短く跳ねた音が聞こえて、それがトクトクと段々速く、大きくなってきたのを感じた時、繋いだままの手がきゅっと握られ、頬を包む右手の親指がそっと唇の縁をなぞった。
「フェリシア」
名前を呼ぶアルベルトの声の優しさにフェリシアは感じとる。
今、アルベルトも同じ気持ちだったのだと。
ゆっくりとアルベルトの顔が迫って来て、二人の間に残されていた距離が縮まって行く。
前髪が、鼻先が、触れそうなくらい近づいてフェリシアは目を閉じる。
視界を塞いで蝶の羽ばたく音さえ拾えそうなほど鋭敏になった聴覚が、トクントクン鳴る心音で頭をいっぱいにする。
訪れる初めての経験に、緊張からぎゅっと結んだ唇へ微かに何かが触れる気配がした時——
ガタンッ! ガシャンッ、ガタガタッ! ガンッ!
「何だこの窓はぁっ! 開け閉めがしにくいっ! 建て付けが悪すぎるぞっ! きちんと普請しないかっ!」
庭を臨めるカーライル邸の応接間の窓を激しく叩く音。
加えて随分離れているはずなのにしっかり聞こえた父の喚く声に、雰囲気をぶち壊された二人は思わず目を開けてしまった。
結果、指一本分の隙間を残した距離で気まずく見つめ合う事となり、恥ずかしさのあまりお互い咄嗟に顔を逸らす。
「や……やだぁ……お父様ったら……ご覧になって……」
フェリシアは真っ赤な顔でアルベルトの肩越しにまだ喚き声の聞こえる屋敷を見やった。
鼓動が異常なほど早く、寸止めになった恥ずかしさでアルベルトの方へ顔を向けられない。
でもそれよりも、あと少しだったのにと思う気持ちが先に立った事が何より恥ずかしい。堪らずフェリシアは顔を覆った。
アルベルトも見られていたかと項垂れて、しばしそうして心の色々を鎮めた後に、姿勢を戻すと努めて普段通りを装った。
「……そ、そろそろ、戻ろう。お茶も冷めてしまったし」
「あ……そ、そうです、ね……はい」
「ああ、じゃあ、ここを片付けてもらうよう言って来る」
アルベルトは言うなりバッと立ち上がると、先にそそくさと屋敷へ戻って行った。
「……え? あの……」
そんなことしなくてもどうせ屋敷に戻るのだからと思ったが、恥ずかしさでこの場を去りたい気持ちは同じだったのでフェリシアは呼び止める言葉を飲み込んだ。
顔の火照りは治らず心臓は煩い。
暫く屋敷には戻れないと思っていると、監視していた事をカモフラージュするかの如く、父がまだガタガタと窓を揺らしている音が遠くに聞こえた。
その音に、急にふつふつっと怒りに似た感情が湧き上がりフェリシアはむうっと頬を膨らませる。
「……お父様の……」
つい口汚い言葉を零しそうになったフェリシアは、テーブルの上のカップを乱暴に掴むと冷めたお茶を一息に流し込み、はぁっとため息を吐いた。
冷めたお茶くらいでは、顔の火照りも胸に湧く気持ちも治める事は出来ない。
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