六十九話 願い
見つかった、と身を竦ませたフェリシアだったが、ロドニーは笑って言った。
「大丈夫。メアリーも、というか邸内の皆協力してくれてる。露見するとまずいから、さり気なく、こっそりと」
「え?」
驚いて聞き返したフェリシアにメアリーが答えた。
「お嬢様。私どもは旦那様にお仕えする身でございます。下命あれば従うのが筋です。本来であればここでお嬢様をお止めしなければなりません」
メアリーは見返すフェリシアに近づくと手を取った。
「……この館には奥様がご存命でいらした頃から勤めている者が多うございます。奥様がお嬢様をご懐妊なさった時の旦那様のお喜びようも、奥様を亡くされた時のご憔悴具合も皆憶えております。ですから、遺されたお嬢様をお守りになりたい旦那様のお気持ちは痛いくらいにわかります。あの日側にいながら奥様をお守り出来なかった私は特に」
仕えていた母が倒れた日を思い出しているのだろう、メアリーはフェリシアの母に似て華奢な手を撫でる。
「奥様は息を引き取る間際までお嬢様の幸せを願われておいででした。最期まで側に仕えた者として、僭越ながら私が奥様のそのご遺志を継ぎ、お嬢様を立派にお育てしお守りしようと思ってきました。けれどこの様な事態となってしまって、胸を痛めると共に仕える者としてどうすべきなのか悩みました。旦那様の守ろうとするお気持ちも、お嬢様の悲嘆も良くわかりますから」
撫でていた手を止めてメアリーはぎゅっとフェリシアの手を握った。
「誰も近づけず、外へも出すなとの旦那様のお言いつけですから従うべきでしょう。ですが、このままお嬢様が閉じ込められて泣き暮らす事が奥様の望まれた幸せでしょうか。守るという事でしょうか。旦那様も本心ではこの様な事を望んではおられないでしょう。奥様同様、お嬢様の幸せを誰よりも願っておられるのですから」
メアリーはそう言うとスカートのポケットから封の開いた手紙を取り出しフェリシアに渡した。
「メアリー、これ……」
「お嬢様宛ての物は検めるよう申しつけられておりました。特にアルベルト様に関わる物であれば渡さないようにと。伏せていて申し訳ありません」
口振りから、アルベルトからの物かと裏を見ても差出人の名前は無く、フェリシアは封筒から手紙を取り出してみる。
「誰からかしら……」
「カーライル領のカミルって人から届いた手紙だよ。それをメアリーが僕に教えてくれたから、今日こうして君を連れ出すことにしたんだ」
「カミル……あ、あの男の子! ロドニー憶えてる? 異国の風貌をした可愛らしい顔立ちの兵士のこと」
「ああ! あの子か! なるほど、どうりで下手な翻訳みたいな文になってるんだ」
納得するロドニーの横で、何故彼から手紙が届くのかと疑問に思いながらもフェリシアはザッと目を通してみた。
震える手で書いた様なお世辞にも上手いとは言えない字で、所々不思議な言い回しの言葉が書き連ねられている。
〈——……はアルベルト様の事です。酷く落ち込み、顔は悪く大人しいです。それは風を無くしたからです。サファルの民の生涯は自らの風を見つけます。安寧を願う私は守るべきです〉
「……風?」
〈風はこちらで言うのは難しく、場所、命であり願い、それは生き守る、幸福が近いです。アルベルト様の風は心底にフェリシア様です。風なくば生きられません。失ったアルベルト様を大蛇が今、喰らいます。蛇は悪い風です。それは——〉
「これ……」
フェリシアが手紙から顔をあげると、メアリーは小さく首を振った。
「正確には、私も……。けれどこの方の仰る風なるものの意味する所が幸福であるならば、この手紙のお伝えになりたい事はわかります。そしてそれは私にとってもそうである物でした。ですからこの手紙を読んではっきりわかりました。お嬢様を閉じ込めておく旦那様のこのご判断は、お嬢様もアルベルト様も、旦那様ご自身をも含めて誰も望みはしないし幸福にもしないのだと」
メアリーはフェリシアに微笑んだ。
「あなたの幸せがどこにあるのか、見守って参りました私共にはわかります。旦那様も本当はおわかりです。今はまた失う恐怖から目が眩んでいるだけで、目をお覚ましになればきっとわかってくださいます。ですから、どうぞお行きになって下さい。あなたがまた笑顔でお過ごしになられる事が私共の願いであり幸せでございます」
「メアリー……」
フェリシアはメアリーに抱きついた。
生まれてからずっと側にいてくれたメアリーは、侍女としては機械的なまでに規則正しい仕事ぶりをみせ、教育係りとしては淑女の振る舞いに大変厳しい人だった。
時にはそれが窮屈に思えて反発し叱られる事も多々あった。
侍女としての彼女ならば父の命には背かない。
教育係としての彼女ならばフェリシアの身勝手を許しはしない。
けれど今、そんな彼女が協力しようとしてくれている。偏にフェリシアの幸せを願って。
フェリシアはメアリーを抱きしめる。
厳しくも母に代わり優しく見守ってくれた人の、主従を超えた愛情に涙が溢れそうだった。
「……お急ぎください。気づかれてしまいます。旦那様の事はお任せを」
「フェリシア、行こう。乗って」
ロドニーに促され、待機していた馬車に乗り込みフェリシアはメアリーへ手を振る。
「ありがとう! 協力してくれた皆にも伝えて!」
メアリーはフェリシアへ微笑み頷いてから、一緒に乗り込もうとするロドニーへそれまでとは一転厳しい表情を向けた。
「ロドニー様」
「わかってます。ごめんなさい。誓ってもうしません。伯父さんの方は頼むね。皆にも、何か問い詰められるような事があったら僕のせいで通して」
頷いたメアリーをその場に残して、馬車は館を後にした。
お読みいただきありがとうございます。
※誤字修正。お恥ずかし




