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六十八話 アルベルトのもとへ


「アルベルト様の所……?」


「そう! 行かなきゃ! 降りて来てフェリシア」


「降りるって、でも外には……あ! ここから? どうして気づかなかったのかしら!」


 名案とばかりに窓枠に乗り上げようとしたフェリシアに驚いて、ロドニーは下から慌てて止めた。


「フェリシア無茶だからやめて! 中通って! 今なら大丈夫だから」


「でも……」

「大丈夫! 気づかれないうちに急いで!」


 フェリシアは不安に思いながらも頷き、恐るおそる部屋のドアを開けてみる。

 隣の部屋にはメアリーが常駐していて、フェリシアが外に出ようとすると扉の開閉音を聞きつけてすぐにやって来る。しかし今日は現れない。


 ホッと息を吐いて数日ぶりに自分の意志で部屋を出た。自宅なのにこんなに緊張するなんて、と思いながら順調に階段脇まで来たフェリシアは、急にサッと廊下に置いてあった花瓶の影に隠れた。


「ロドニー……大丈夫って言ったじゃない」

 メアリーは不在だったが階段には使用人が立っている。

 幸い壁の絵に目をやっていてこちらを見ていない、とはいえ真横を通らねばならない。

 暫く観察していても使用人はずっとそのままなので、フェリシアは意を決して静かに階段を降り始めた。流石に視界に入るのではと思ったが、気づかないのか咎められる事はなかった。


 緊張を解いたフェリシアだったが、階段下にももう一人見張り役が立っていて思わず小さく声をあげてしまった。

 けれど下にいた者も階上にいた者と同じく階段から顔を背けて立っていて、声にも気づいていないようで、訝しむフェリシアがそぉっと脇を通っても、使用人は振り向かない。

 そのまま止められる事なく玄関ホールを抜けて外へ出られた。


「……?」

 久しぶりに足を踏み入れた庭で使用人達の振る舞いに戸惑っていると、裏庭へ回り込む道の方から呼ぶ声がした。


「フェリシアこっち! 急いで!」

「ロドニー!」


 フェリシアは急いでロドニーの下へ駆けていく。


「ねぇ、どういうこと? なんだか皆……ロドニー⁈ その顔——」


 フェリシアはロドニーの姿に絶句する。


 上から見た時はわからなかったが、ロドニーは首には包帯、右頬にはガーゼ、口の端は切れた痕があり、左目の周りには真っ黒な痣の満身創痍な状態だった。

 驚き過ぎて言葉を無くしているフェリシアを裏手へ誘導しながら、ロドニーは苦笑いする。


「驚かせたならごめん。包帯は指の痕がまだ残ってるから痣隠し。目の方も伯父さんにもらったのは強烈だったけど、眼鏡壊れたくらいで異常もないし見た目ほど酷くはないんだよ」


「……お、お父様がやったの? それ」


「……うん、まあ。殺されても仕方なかったから、一発で済ませてもらえてましだった。今日父さんもこっちに来てるから、そっちからももう一発もらう事になると思う。こっちは一発で済まないかもしれないけど……」


 ロドニーは困った顔をしてそう言いながらフェリシアを搬入口へと連れて行く。


「あの夜のことを伯父さんに全部話した。アルベルト卿に舞踏会で偶然会った所から、僕が君にした事、悪いのは僕でアルベルト卿じゃないって事まで。それで、これ」


 ロドニーは目の周りの痣を指さす。


「……ごめんなさい、お父様が……」

「なんで君が謝るの? 悪いのは僕だよ。殴られて当然の事をした。酷いことしてごめん」


「そんな、あの時の事はもういいの。私こそ……」

 ロドニーに謝られて一連の出来事をやっと思い出したフェリシアは、直前まで普段通りに接した手前なんと声をかけるべきか急に迷った。

 その様子を見てロドニーは苦笑する。


「忘れてた? 君らしい」

「……ごめんなさい。私また、無神経だった」

「いいや、そんなこと。なんていうか……救われた」


「え?」

 ロドニーが不意に足を止めたので、フェリシアも立ち止まる。


「なんか、家族なんだなって思って。ほら家族ってさ、僕も小さい頃は兄と物凄い喧嘩をすることもあったけど、その後は普通に一緒に食事して次の日には何となく元通りになってたりするでしょ? だからもうこんな風に話してもらえないかと思って本当は怖かったから、君が普段通りでいてくれて……避けられて当たり前の事したのに家族ってまだ思ってもらえてるんだってわかって、救われた」


「ロドニー……」

「そりゃ、悔しくないって言ったら嘘になるところもまだあるけど……変わらないでいてもらえて感謝してる。ありがとう」


 ロドニーはボロボロの顔で微笑んだ。

 以前と変わらないその笑顔に、崩れてしまうと危惧した関係は揺らがないものだったと、フェリシアも微笑み返した。


「ごめん、他にも謝らなきゃいけない事があるんだけど、それは後で。今、父さんと伯父さんが話してて、僕も後で同席する予定で隣室にいる事になってるから、居ないって気づかれる前に急いでここを出ないと」


 止めていた足を再び動かしてロドニーは裏手の門へ急がせる。


「ねぇ、アルベルト様の所に行くって、お会いできるならそうしたいけど……ロドニーが話してくれたのならお父様の誤解とお怒りは解けたんじゃないの? それなら一緒に行ってもらった方が、もしアルベルト様が不名誉な罪に問われていても——」


「経緯はわかってもらえたと思うし、僕の行動が原因だからアルベルト卿が不名誉な事態になる事は避けられたはず。だけど、君とアルベルト卿の婚約をはじめ諸々が元通りとはならないと思う。伯父さんの態度は軟化しないままだ」


「どうして? わかってもらえたのに?」

 フェリシアは先を行くロドニーの後を追いながら、父の態度へ疑問を呈す。

 訊かれたロドニーは苦い顔をする。


「君に危険が及んだ事で——……僕のせいなんだけど——頑なになってる。もう君を何処にもやらずに屋敷に置いておく気なんだ。アルベルト卿はもちろん、誰にも会わせずに。僕だって辛うじて追い出されなかったけど、近づくのを許されてない……まぁ、それは、当然で……もしかしたら、今日の話し次第で後継の件も……。とにかく伯父さんは君を守る為に閉じ込めておくことに決めたんだ」


「——そんな!」


 自由に外へ出ることも叶わず、毎日同じ景色を窓から眺めるだけの生活。誰とも会えず何処へも行けず、僅かな自由を許されるのはあの部屋の空間だけ。

 そんな日々を強いられるのかとフェリシアは思わず大きな声を出してしまった。

 ロドニーは申し訳なさそうな顔で、ショックを受けているフェリシアへ振り返る。


「ごめん、フェリシア。僕のせいで……あぁ、本当、僕は最低な邪魔ばかりして……」


 はぁ、とロドニーは暗い顔をして溜め息を吐くと、辿り着いた裏門に手をかけた。


「ロドニー……」

「……あ、ごめん、反省は後にする。とにかくいくら話しても今は伯父さんには届かない。時間が経てば思い直してもらえるかもしれないけど、そこまで待ってたら今度はアルベルト卿の方に届かなくなってしまう」


「アルベルト様が……何?」

「……あのね、フェリシア。実は僕と——」



「お嬢様」



 門を開けて館の外へ出た所で突然呼び止められたので、フェリシアは驚いて顔を向けた。すると門を出てすぐの所にメアリーが立っていた。


「——っ! メアリー……」

お読みいただきありがとうございます。

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