六十五話 【ガートルードの暗号日記:十七歳・春】
春の第三の月中旬
やったわ。
やったのよ私。
ついにやったわ!
アルベルト様をフェリシアと婚約破棄させる事に成功したんだわ!
ぃやっっっっっっっっっっったあぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!
っしゃぁ! 見たか! おらぁっ!
あの乱痴気舞踏会でアル様がフェリシアを追いかけて行った時は、これが小説なんかで見かけた事のある噂の強制力ってやつかと焦って女神を呪いかけたけど、なんだかんだはあったみたいとはいえ、とにかく婚約破棄させられたのよぉっ!
いや、でも本当焦ったあの時は。私の努力水の泡⁈ って。
完全勝利したと思って余裕ぶっこいてたからプチパニックだったわよ。
その上知らぬ間に魔法が発動してたらしく、モブ共が払っても払っても寄ってくる寄ってくる。
追おうにも全然会場から出られないっていう。
やー、でも中々どうして、まあまあ地位の高そうな貴族な殿方に囲まれるっていうのは良い気分でしたわ。
なんか皆仮面越しとはいえ、うっとりした目でこっち見ちゃってさ。
えー、そんなに私と話したいのぉ……? でも今忙しいしぃ……まぁ、ちょっとだけなら……あ、やだもう喧嘩しないで! 私は一人しかいないんだから皆平等に、じゅ・ん・ば・ん!
なんて、前世ではあり得なかったいい女ポジションを堪能してたらまんまとアルベルト様をフェリシアの元へ行かせてしまったという。
こんなちょっぴりおドジでお茶目な私をアル様には是非好きって言ってもらいたいわ。
まぁ、そんなこんなはさておいて、何はともあれ計画通り上手くいった。
幽鬼みたいな顔して帰って来た時から確信してはいたけど、兄貴が聞き出した話とアル様のおとんおかんが落胆してる事で確証も得た。
アルベルト様とフェリシアの婚約は破棄された。それもフェリシアの親父によって正式に。
アル様は経緯については兄貴にすら多くは語らないみたいだけど、親父が破棄を言い渡す程の何かがあったのね。
両手が血だらけになる程の何かって、何があったらそうなるのか全くわかんなくってちょっと怖いけど……とにかくフェリシアを引き剥がしてやった。
狙い通り、アル様は舞踏会の日以来ずっとボーッとしてる。心の中は空っぽでズタボロね。
やっと、やっとやっと準備が整った。この日をずっと待ってた。アル様の弱った心に魔法をかけて私のものにするこの日を。
ああ……どうしよう……期待に胸が高鳴って歓喜の震えが止まらない……
うふ、うふふふ、うふふふふふ——
「——くふっ……ふふふふ……っふははは、はっははははぁははひひひひぃっふふっ……はひゃひゃひゃひゃひゃ」
込み上げる笑いが止まらなくなって、ガートルードはペンを投げ出し天を仰ぐと高らかに笑った。
「やってやったわフェリシア! 私はあんたに勝ったのよ! 私の勝ち! 完全勝利!」
高笑いを続けるガートルードだったが、じとっとした視線を急に背後から感じて、椅子の背もたれに仰反る形で後ろを確認した。
するとドアが細く開いていて、その隙間から逆さまになったカミルが片目を覗かせていた。
「……何かしら? 乙女の部屋を覗くだなんて。躾のなってない使用人ね」
『お前、不吉な風を纏ってるな。荒野の怪蛇の化身の様だ』
「は? ムブ……なんですって?」
ガートルードは姿勢を戻し、記入を中断するとカミルの下まで向かった。
「何かご用? 字幕は出ないし翻訳アイテムも持ってないから公用語使ってくれないかしら? 何言ってるかわからないわ」
『お前こそ何言ってるんだ。俺は怪蛇の言う事になんて耳は貸さない』
カミルはガートルードを無視して部族の言葉を使い続ける。
「……何なのよ。わかんないって言ってるでしょ? あんたを攻略する気ないから、用が無いなら向こう行ってくれない?」
『……人の絶望を喰らう怪蛇め。俺の目は誤魔化せないぞ。お前何かしただろう。確かに後一月足らずだって浮かれてはいたが、あいつはこんな所で自制心を切らす馬鹿じゃない。突然婚約破棄だなんておかしい。今この状況を知ってて屋敷内で喜んでるのはお前だけだ。お前、アルベルトに何かしたな?』
じっと見定める様な眼差しを向けるカミルにガートルードは露骨に嫌そうな顔をしてみせる。
「何言ってるかわかりませんけど。こっちの言ってることはわかってますのよね? わざとやってんの? それともゲーム開始前はそんな感じなの?」
『俺は庇護してくださった旦那様を守るって決めてるんだ。当然旦那様の大事な物もその範疇だ。だからアルベルトに害なすお前を許さない』
カミルは黄味がかった瞳でガートルードをギロッと睨むと、フイッと廊下を去って行った。
「何あれ、なんで絡んできたのかしら……でもなんか……ムなんとかって不吉な感じ」
部屋から顔を覗かせて、遠ざかるカミルの背を眺めながらガートルードはしばし考える。
「……舞踏会みたいなヒヤリもあるし念には念を入れましょう。アルベルト様は既に私の手の中、焦ることないわ」
そう呟いたガートルードはそのまま部屋を出ると、兄ニコルの部屋に向かった。
長かったここまで。ど頭に言わすのがセオリーと聞いたけど入れられなかった。
絶対親父に言わせてやるんだって書き始めてからこんなにかかるとは。
お読みくださってありがとうございます!




